小説「僕が、警察官ですか? 2」

二十六

 安全防犯対策課に戻ると、緑川に「これから、西新宿署に行くことになった。そのまま自宅に帰ることになるかも知れないので、後のことはよろしく。それから、交通安全課に今日が水曜日だから、パトロールを強化して欲しいと申し入れてくれ」と言った。

「それは課長から言ってください。他のことは承知しました」と言った。

 僕はジャケットをハンガーから取り、愛妻弁当の入った鞄を掴むと、安全防犯対策課を出た。

 交通安全課の前を通ると、課長に直に、今日の夜の黒金公園のパトロールを強化してくれるように頼んだ。

「水曜日の絞殺魔でしょう。わかっていますよ」と課長は答えた。僕は会釈して、交通安全課を出た。

 署を出ると、近くの巡査を呼んで、「西新宿署まで送ってくれる人を呼んでくれ」と言った。彼は近くにいた他の巡査に声をかけ、僕の所に戻ってくると、「わたしが送ります」と言った。

 覆面パトカーに乗ると、シートベルトをした。すぐに覆面パトカーは走り出した。

 黒金署から西新宿署までは車で十分余りの所だった。僕は巡査に礼を言ってから、覆面パトカーから降り、西新宿署に入って行った。

 受付で「北府中市及び新宿区、女性連続絞殺事件の捜査本部はどこですか」と訊くと、八階の大会議場だと言う。

 僕は八階に向かった。

 八階は大会議場からは、絶えず人が出入りしていた。僕は戒名の横を通って、会議場の中に入った。そして西森を捜した。

「西森さん」と声を上げると、顔を上げて手を振った。僕はそっちの方に向かって歩いて行った。

 何人もの人とすれ違った。

 西森の所に行くと、本部席に連れて行かれた。そこには、二人座っていた。

 僕が行くと立ち上がった。

「こちらが、お話しした黒金署安全防犯対策課課長の鏡警部です」と言った後、「こちらが捜査一課課長の元木警部です。今回の事件の指揮をとっています。それから、そちらにいるのが、警視庁から来ている管理官の菊池警視です」と言った。

 僕らは互いに名刺を交換した。

 元木が「今度の二つの連続事件を結びつけたのは、鏡警部だと聞いていますが、それでいいですか」と訊いた。

「はい」

「西秋田市の絞殺事件も今回の連続事件と同じ犯人(ほし)が起こしたと言うんですね」

「ええ」

「西森に話を聞いたのですが、情報が詳しい上に正確です。ぜひとも情報源をお明かし願いたい」と言った。

「それは警察官の勘です」と僕は言った。

「勘ですか。勘だけで、この三つの連続絞殺事件を結びつけられますか。西森の話では、鏡警部が話した内容はとてもリアルだったそうですね。もし、警部にアリバイがなければ、警部が犯人と疑われても仕方がないくらいに」と元木は言った。

 その時、「三つの住民票の解析が終わったぞ。該当者は三名だ。だが、そのうち、二名は七十歳を超えた夫婦だ。だから、対象者は一名に絞られた。氏名と住所を言うぞ。芦田勇、三十六歳。住所は渋谷区佐々木三丁目**-***だ。佐々木第二マンションの三階に住んでいる」と言う声が上がった。

「どうやら、被疑者が見つかったようですね」と僕が言うと、元木は「芦田を任意で引っ張ってこい」と叫んだ。そして、本部席から出て行った。

 管理官の菊池警視と西森が残った。西森も芦田を捕まえに向かいたかっただろうが、我慢をしていた。

 菊池警視は「犯行の手口や状況について、西森君にもう一度話してもらいたい」と僕に言った。

「いいですよ。答えられることは答えます」

「では西森君、別室で話を聞いてくれ」と菊池警視は言った。

「わかりました」と西森は渋々言った。

 僕は「芦田を引っ張って来るのは数人で行けば十分でしょう。私たちは事件の核心に迫っていけばいいのです」と言った。

「ではこちらへ」と西森が捜査本部から出て、一つ上の階の小さな会議室に僕を招き入れた。

「お昼になったので、弁当を食べてもいいですか」と訊くと、「どうぞ」と言った。

 僕は鞄から愛妻弁当と水筒を出すと、水筒からお茶を水筒のコップに注ぎ、西森に見られないように、愛妻弁当の蓋を開けた。

 炒り卵と鶏の挽肉の二色弁当だった。例の如く、挽肉はハートマークになっていた。

「奥様に愛されているんですね」と、いつの間にか後ろに回り込んでいた西森が言った。

「これは見られたくなかったんですけれどね」と言うと「いいじゃないですか。そんな弁当、なかなか作ってもらえませんよ」と言った。

「何か食べないんですか」と僕が言ったら、「いや、わたしは後で牛丼でも食べますから」と言った。

「そうですか。ちゃんと食べないと躰によくありませんよ」と言ったら、「早く、食べていただけませんか」と言われた。

 僕が食べ終えて、水筒のお茶を飲むと、聴取が始まった。

 僕と西森の間にはICレコーダーが置かれた。しゃべり出すと録音を始めるタイプの物だった。

「じゃあ、最初の絞殺事件から話しましょうか」と言い、僕は四年前、五月十三日水曜日、西秋田市万秋公園で起きた、中島明子、二十八歳、OLの絞殺事件から話し始めた。ICレコーダーが録音を始めた。

 しゃべり終わると、「犯行時間はどのくらいでしたか」と訊かれた。西森はまるで僕が犯人かのように言った。

「四分三十秒です」と答えた。西森は僕の顔を見た。どうして分かるんですか、と訊きたそうだった。しかし、西森は堪えた。

「では、次の事件に移りましょうか」と言った。

  次の事件は、三年前の六月二十二日水曜日、やはり西秋田市の三つ森公園で起きた。被害者は子鹿幸子、二十三歳、OLだった。この絞殺事件の様子も詳しく話した。

「で、犯行時間は」と訊くので、即座に「一分十五秒」と答えた。

 西森は「今、二件の絞殺事件を聞いていると、犯人しか知り得ない秘密の暴露がありましたが、ご存じでしたか」と訊いた。

「分かっています。一つは凶器の鈴蘭テープとロープでしょう。もう一つは犯行の手口。最初は左手で口を塞ぎ、右手で鈴蘭テープを巻いています。次の時は右手で口を塞ぎ、左手でロープを巻いています。このことは公表されてはいないのでしょう」と言った。

「その通りです。わからないのは、犯行に要した時間までも何故正確に言えたかです。もちろん、その犯行に要した時間が正しいのかどうかは、まだわかりませんが、警部の言うことですから間違いないのでしょう。どうして、そこまでわかるんですか」と訊いた。

「だから、警察官の勘だと言ったでしょう」と僕は答えた。

「警察官の勘で、ここまでリアルに犯行を再現できますか。わたしには無理です」と西森は言った。

「それは剣道と同じです。竹刀を合わせた時に、弾かれたでしょう。それをビデオに撮って見もしましたよね、でも、どうして弾かれたのか。分かりましたか。分からなかったでしょう。それと同じです。分からないものは分からないのです。でも、私には見える。これは警察官の勘としか言いようがないじゃないですか」と僕は言った。

「言われることはわかるんですが、釈然としません」

「それはそうでしょう。ただの勘なんですから。さあ、次に行きましょう」と僕は言った。

 こうして、その後の五件の絞殺事件についても話した。そして、犯行に要した時間も答えた。

 西森は聞き終えて、呆然としていた。