小説「僕が、剣道ですか? 4」

二十三
 翌朝は遅くまで眠っていた。従って、朝餉も遅くに食べた。
 朝餉を食べてから髭を剃り、顔を洗った。そして、浴衣から着物に着替えた。
 宿賃を払い、外に出たのは午前十時頃だったろう。
 山道を通り、人気が途絶えた所で、二十人の忍びの者に囲まれた。
「きく、木の陰に隠れていろ」と言うと、僕は走ってきくとききょうから遠ざかった。
 そこで一斉に手裏剣が投げられた。時間を止めて、手裏剣が飛んでくる外に出た。時間を動かし、相手が驚いている間に二人斬り、三人の腹を刺した。そのまま右にいる者二人の胴を斬り、前にいる者を袈裟切りにした。そして、振り向き、二人の腹を突いた。
 まだ十人倒しただけだった。十人はもう一度、手裏剣を投げてこようとしていたので、時間を止めて、十人の腹を定国で刺していった。
 そして、時間を動かした。手裏剣を投げる体勢のまま、十人が崩れ倒れた。
 きくとききょうの所に行った。
 その時、遠くに光る物が見えた。おそらく望遠鏡のような物でこちらの戦い方を見ていたのに違いなかった。
 次に奴らに出会うときには、易しくはないぞと思った。

昼餉にはたぬきうどんを食べた。きくはきつねうどんにした。ききょうのために、かけうどんも頼んだ。ききょうはうどんを細かく切ってやると、喜んで食べた。きくは庖厨を借りて、ききょうのミルクを作った。
 今度は街道を通ることにした。山道を通れば、次には網を落としてくるだろう。それは避けられることを承知の上でそうしてくるだろう。その後、手裏剣の雨が降ってくるのに違いない。これもかわされると思っているだろう。次の手段が思いつかなかった。
 しかし、相手の待ち構えている所で戦うのは、避けた方が賢明だった。何か、策を練ってくるのに違いない。
 ともあれ、人混みに紛れて相手が襲ってくることだけは注意していなければならなかった。これはこれで気の張ることだった。
 甘味処を見付けたので、僕はお汁粉を頼んだ。きくもお汁粉にした。ききょうには、匙で掬って冷まして飲ませた。団子はきくが口でかみ砕いたものをききょうに与えた。
 お汁粉を食べ終えると、代金を払って店を出た。出会い頭にぶつかってくる男がいた。合口を持っていた。定国の柄で腹に刺さるのは防いだ。その男が通り過ぎていこうとする時、定国を抜き、素早く腰のあたりを深く刺し、そいつの着物で刺した刀を拭って鞘に収めた。一瞬のことだった。そして、何事もなく、通りを歩いた。後ろで悲鳴が上がった。
 それから二里ばかり歩くと、宿場に出たので、今夜の宿を探した。相部屋で一泊二食付き二百文、個室で四百文だったので個室を頼んだ。
 ここも川湯だった。昨日のこともあるので、川湯に入る時、手ぬぐいに折たたみナイフを隠し持った。しかし、今夜は襲ってこなかった。
 湯から戻ると夕餉の支度ができていた。焼いたニジマスが大きくて旨かった。茄子の田楽焼きも旨かった。ご飯は二度おかわりをした。
 膳が片付けられると布団を敷いた。
 今日も時間を止めたので、疲れていた。布団に入るとすぐに眠った。

朝、宿を出ると山道が続いていた。他の旅人も山道に向かったので、僕らも山道を歩いた。しばらく歩くと人気がなくなった。不思議に思って振り返ると、浪人者が通せんぼをしていた。その浪人者は明らかに忍びの者だった。
 すると、彼らはここで待ち受けていたことになる。僕は戻って、その浪人者を斬るか、このまま先に進むか迷った。しかし、相手の術中に嵌まってみるのも、一つの賭けだと思った。きくとききょうを近くの木の陰に隠し、僕は一人で山道を歩いて行った。思った通り、頭上から網が落ちてきた。それを避けるのは簡単だった。そして、手裏剣の雨が降って来た。ここまでは予想していた通りだった。手裏剣を逃れるために、林に入った。その途端、僕は時間を止めた。動物を捕まえるための足を挟む罠が仕掛けられていた。挟まれる前にその罠から足を外すと、鋭い牙のような歯が噛み合わさった。これだったのだ、相手の狙いは。見れば、そこら中に罠が仕掛けられていた。僕は足を罠に食い込まれたと思わせて、呻いた。すると、二十人ほどの忍びの者が笑いながら、近付いてきた。僕は立ち上がると素早く定国を抜き、二十人ほどの忍びの中に切り込んでいった。
 最初の一撃で三人を斬った。そして、次に両脇の二人を刺した。さらにその脇の二人も腹を切り、後ろの二人は後ろ向きに、腹を刺した。斬った前の三人を押しどけて、その向こうにいる四人も回し斬りした。手裏剣を投げようとしていた奴には、落ちていた刀を投げて刺し殺した。
 振り向くときくとききょうの所に六人ほどの忍びの者がいた。
「これを見るんだな」と一人が刀を振り上げて、きくを斬ろうとした。その時、きくの懐剣がその物の右腕を切っていた。その者は刀を取り落とした。
 他の者がきくを斬ろうとした。僕はそこで時間を止めて、きくを斬ろうとした者の腹を裂いていった。とどめは刺さなかった。もだえ苦しんだ後に死ぬだろう。
 きくとききょうをその場から連れ出した時、時間を動かした。先程まできくとききょうがいた場所にもだえ苦しむ者の声が響いた。
 僕は網を警戒して、山道を歩いた。きくはききょうをおんぶしてついて来た。

 山道を抜けた所に、茶屋があったので休んだ。羊羹を頼んだ。
 僕らはお茶を飲み、羊羹を食べ、ききょうはミルクを飲んだ。
 きくが「まだ襲ってくるのでしょうか」と訊いた。僕は「まだまだだ。これが序の口と思った方がいい」と答えた。
 実際にそう思っていた。相手が何百人いるかは分からなかった。しかし、一旦、狙った以上、僕を仕留めるまでは止めないだろう。
 その見えない何百人と僕は戦わざるを得なかったのだ。