小説「僕が、剣道ですか? 3」

  僕が、剣道ですか? 3
麻土 翔

 僕は西日比谷高校の一年生。ある日、雷にうたれて過去に飛ぶ。そこで某藩の家老の奥方を救い、その家老の屋敷で生活するようになる。世話係としてきくが選ばれ、きくとの間にききょうという女の子を授かる。
 いろいろなことがあって、僕がまた現代に戻ろうとしたら、…………。


 僕は意識を取り戻した。病院のベッドの上だった。
 きくとききょうはどうしたのだろう。
 そう思っていると、僕の部屋に、ずぶ濡れの着物を着た女の子と赤ん坊がいる、と母に父からの携帯があった。
 名前はきくと言っているそうだ。すると、きくとききょうが僕の部屋にいるのは間違いない。
 僕は、母に「携帯を貸して」と叫んだ。
「どういうことなんだ」と言う父の言葉が飛び込んできた。
「僕がすぐ行くから待っているように言ってくれ」と父に頼んだ。
 すると、女医は「今は病室を出ることはできません」と言った。
「緊急事態なんです。どうか、退院させてください」
「だから、それはできません」
「どうしてですか」
「あなたは、今、意識を取り戻したばかりです。まだ、本調子のあなたに回復しているわけではありません。少なくとも二十四時間は様子を観察します。それから、血液やレントゲンの検査も行います」
 腕には点滴の針が刺さっていた。意識を失っている間、水分と栄養をこの点滴が補ってくれていたのだ。
「今は何曜日の何時ですか」
「土曜日の午前十時です」
「それじゃあ、明日検査が終われば退院できるんですね」
「いいえ、検査は、土日はやっていません。月曜日にならないと検査はできません」
「では早くても退院は月曜日になるっていうわけですか」
「そうです。検査結果が出て、それでOKなら退院できます」
「検査結果はすぐ出ますか」
「ええ。でも、私たちが診るのには順番があるから、退院ができるとしても、午後になりますね」と女医は言った。
 僕は携帯を耳に当てた。切れていた。
「地下のコンビニに買い物に行っては駄目ですか」と訊いた。
「今、意識を取り戻したばかりだから、駄目ですね。お母さんに頼んで買ってきてもらいなさい」と女医は言った。
 そして、「じゃあ、また何かあったら呼んでください」と言って、女医と看護師は出て行った。
 僕は携帯をかけた。
 父が出た。
「何があったんだ。どうなっている」と言った。
「親父、落ち着いて聞いてくれ。女が自分の名前をきくと言ったのは、聞いたよね。きくはびしょ濡れだと言っていたよね。何か着替える物を与えてやって欲しい。できれば、風呂を焚いて、入れてもらいたい。それから、赤ちゃんの方だけれど、ききょうと言うんだ。やっぱり、濡れているんだろう。急いで、乾いた物を着せてやってくれ。頼む」
「それはわかった。お母さんに代われ」
 僕は携帯を母に渡した。
 着替える物などの場所を聞いているのだろう。
「とにかく、赤ちゃんは早く着替えさせて。わかっているわよ。すぐ行きます」
 母は携帯を切った。
 オーバーコートを手に取って、「今から帰るけれどあなたは大丈夫」と訊いた。
「ああ。そうだ、僕の物はクローゼットの中」と訊いた。
「そうよ。ここに来た時のまんま。もっとも下着なんかは新しいのと変えたわ」
「そうか。携帯も財布もあるんだね」
「携帯と財布はセーフティボックスの中よ。あ、いやだ。鍵を持って行くところだった。これが鍵よ」
「分かった」
「様子がわかったら携帯に電話するからね」
「ああ、分かった」
「じゃあ。行くわよ」
 母は病室を出て行った。
 僕は、すぐにセーフティボックスの鍵を開けた。
 中から、財布と携帯を取り出した。
 財布の中には、一万三千五百三十二円入っていた。
 僕はベッドから出ると、起き上がって、すぐに点滴の針を抜いた。
 そして、おむつをトランクスに穿き替えた。上の肌着と厚手のシャツを着て、ジーパンを穿いた。
 オーバーを持って、皮手袋をオーバーのポケットに入れた。
 財布はジーパンの尻ポケットに入れ、携帯もオーバーのポケットにしまった。
 病室のドアを開けて、外の様子をうかがった。看護師が歩いている様子はなかった。
 病室を出ると、見舞客のような風を装って、エレベータールームに向かった。病室は十三階だった。エレベーターが上がってくるのが、もどかしかった。
 誰か知っている看護師に見られはしないかと気が気ではなかった。
 やっと、エレベーターが上がってきて、ドアが開いた。中に入った。
 ドアが閉まろうとした時、看護師が入ってきた。さっき、来た看護師だった。
 僕は他の人の陰に隠れて、壁の方を向いた。
 その看護師は六階で降りていった。
 本当に心臓が止まるかと思った。
 一階に着いた。
 オーバーを着た。
 玄関から外に出た。
 タクシー乗り場に向かった。
 僕は家の住所を言った。
 運転手はカーナビにその住所を入力していた。
 それからタクシーは動き出した。