十四
神田と弁護士の接見は一時間に及んだ。その結果、取調は午前十時十分から始まった。その間に、僕は、沢村孝治には埼玉の北福岡署に、村瀬幸広には、千葉の南習志野署に行かせた。もちろん、神田の毛髪のDNA鑑定書も持たせた。それぞれの署に残されている資料から、神田のDNAの鑑定結果と一致するのか確認させるためだった。それが確認できれば、神田を木元順平と根室弘の殺害容疑で再逮捕するつもりだった。
神田の取調は僕と北川で行った。
僕はマイクに向かって、取調の開始日時と取調官の名前を告げて、「これから取調を開始します」と言った。
僕は「神田、お前の髪の毛と被害者である結城寛一さんの右手の爪の間に残されていた皮膚片のDNAと一致しているんだ。もう言い逃れはできないぞ」と言った。
神田は「黙秘します」と言った。
「どうやって殺したんだ」
「黙秘します」
僕はひょうたんをズボンのポケットに入れていた。時を止めて、ひょうたんを叩いた。
「はーい」と言うあやめの声がした。
「今、目の前にいる奴に結城寛一を殺した時の映像を再生しろ」と言った。
「わかりました」と言う声がした。僕は時を動かした。
神田が頭を振った。
「どうだ。思い出したか」と僕は訊いた。
「知らねえよ」と神田は怒鳴るように言った。
「お前は結城寛一さんをだましていたんだな」
「何のことだ」
「偽の株の取引の事だよ」と僕は言った。
「黙秘する」
「黙秘してもだめだ。証拠は掴んでいる。お前のパソコンから取引のデータが見つかっているからな」
「そんなものあるはずがない」
「削除したつもりだろうが、今は削除したデータも復元できるんだよ。それによれば、架空の株取引を結城寛一さんに持ちかけて、金をまきあげているな。五百万円もまきあげたんだから、それで十分だったじゃないか。それをもう五百万円も取ろうとしたから、こんなことになったんだろう」
それからは、僕が神田の罪を言い立てても、神田はすべて黙秘した。神田は性根が据わっていた。
お昼近くになって、携帯に電話が来た。取調を中断して、僕は廊下に出て、携帯を取った。
「沢村です。当たりです。DNAが一致しました。今、鑑識に確認させました。これで、神田は木元殺しもやっていますね。これからどうしますか。北福岡署は自分たちの手でやりたいので、こっちが済んだら、神田の身柄を引き渡すように言っています」と言った。
「分かった。それは後で考える。それで、資料をもらって来られるか」と訊いた。
「捜査資料は貸し出すと言ってます」
「だったら、借りてきてくれ」と言って、携帯を切った。
それを待っていたかのように携帯が鳴った。出ると、村瀬だった。
「村瀬です。電話中だったので、待っていたのです」
「で、どうだった」
「DNAは一致しました。神田が根室弘の犯人です。今、捜査資料を預かったので、それを持って、そちらに帰るところです」
「分かった。待っている」
携帯を切ると、取調室に入った。ちょうど正午になろうとしていた。
「午前中の取調はここまでにする」
僕はマイクに午前中の取調が終わったことを告げて、録音を止めた。
「午後は一時から取り調べる」と神田に言った。
「何もしゃべらないからな」と神田は言った。
「そう行くかな。とにかく、楽しみにしていろ」と僕は言うと、係官が神田に腰縄と手錠をした。
僕と北川は取調室を出た。
僕は未解決事件捜査課に戻ると、鞄から愛妻弁当と水筒を出して、ラウンジに向かった。
隅のベンチに座ると、弁当の蓋を開けた。今日はハートマークの卵焼きだった。ケチャップでLOVEと書かれていた。僕は他人に見られないように食べた。
弁当を食べ終えると、刑事部に行った。刑事部長に、神田の取調の様子と埼玉と千葉の件を話した。
刑事部長は「そうか、埼玉と千葉でも殺しをやっていたのか。三人も殺したとなっては、しゃべらないだろうな」と言った。
「そうなんですよね。良くて、終身刑、悪くすれば死刑もあり得ますからね」と僕は応えた。
「まぁ、証拠は揃っているんだ。気長に取調をやってくれ」と肩をぽんと叩かれた。
「分かりました」と言って、刑事部長の元を離れた。
午後一時になったので、取調室に北川と入った。
僕はマイクに向かって「二〇**年**月**日。午後一時十分。これから、神田小次郎の取調を再開します」と言った。
「お前について、面白いことが分かったぞ。十年前、埼玉で殺しをやっているな。それだけじゃない。八年前、千葉でも殺しをやっている」
「そんな事知らん」と神田は言ったが、声が震えていた。
「今日、DNAの鑑識結果を照らし合わせたんだよ。そうしたら、お前の毛髪から取ったDNAと捜査資料にあるDNAの鑑識結果が一致したそうだ。これで三件も殺しをしたことになるな」
「嘘だ」
「嘘じゃない。もうじき部下が捜査資料を持ってくる。そうすれば、はっきりする」
「俺は認めんぞ」
「認めなくてもいいさ。証拠が揃っているからな。さて、本題に戻ろう。結城寛一さんを殺害したんだろう」
「黙秘する」
「じゃあ、結城寛一さんの右手の爪の間に残されていた皮膚片のDNAがお前のDNAとが一致しているのはどう説明するんだ」
「黙秘する」
「黙秘してもだめだ。これは事実なんだから」
僕は時を止めてズボンのポケットのひょうたんを叩いて、あやめに結城を殺した時の映像を神田に送るように言った。そして時を動かした。
神田はそわそわとし出した。
「結城寛一さんを殺害した時に、結城さんに腕を引っ掻かれたんだろう」
その時の映像が今、神田の頭の中を駆け巡っているはずだった。
「俺が悪いんじゃない」と神田は言った。
「それは自白と受け取っても良いのかな」と僕は言った。
「いや、違う。今のは独り言だ」と神田は否定した。
「俺が悪いんじゃない、と言っただろう。だったら、誰が悪いんだ」
「俺のせいじゃない。あいつが悪いんだ。あれは正当防衛だ」と神田は言った。
「正当防衛だと。殺しておいて、正当防衛が通用するとでも思っているのか」と僕は言った。
神田は結城が護身用に持って来たナイフでもみ合っているうちに、誤って刺してしまったと主張した。
「そうじゃないだろう。ナイフをもぎ取った後、警察に何もかもぶちまけてやる、と結城さんに言われて、逆上したんだろう。それでお前は結城さんを刺した。その時、結城さんに右腕を引っ掻かれたのだ。それが真相だ」
「違う。正当防衛だ」
「この件は正当防衛には当たらないんだよ。ナイフをもぎ取った時に捨てれば良かったんだ。後は殴るなり蹴るなりすれば済む話だったんだ。だが、そうしなかった。手にしたナイフで殺意を持って、結城さんを刺したんだ」
「殺意はなかった」と神田は呟くように言った。
「逆上していたから、覚えていないだけだ。殺意はあったんだよ」と僕は言った。
神田は黙ったままだった。