小説「僕が、剣道ですか? 5」

 島田源太郎が戻ってくるには、時間がかかった。どうせ僕の話を鵜呑みにしたわけではないだろう。きっと、部屋住みの侍を起こして、僕を襲おうと思っているのだろう。

 僕は彼らを縛るビニール紐を用意して待っていた。

 襖が開けられると、三十人ほどの侍が刀を抜いて今にも飛びかかろうとしていた。

 その中には、かつての門弟の相川や佐々木、落合、長崎、島村、沢田の顔もあった。

 彼らは一斉に「先生」と言った。

 その瞬間に時間を止めた。

 全員の刀を奪うと、ビニール紐で後ろ手に縛り、座らせた。

 そして、時間を動かした。

 全員が何が起こったのか、分からなかった。

「これはどうしたことだ」

「刀は」

 言葉は様々に飛んだが、一番驚いたのが、島田源太郎だったろう。

「こんなことをしても無駄ですよ。殺さなかったのは、かつての門弟たちだったからです。そうでなければ容赦なく斬り捨てていましたよ」

 島田源太郎は腰を抜かしていた。

「金蔵を呼んでもらいましょう。千五十二両、耳を揃えて持ってきてもらいますよ。それができなければ、どうなるか分かっているでしょう」

「ああ」と言うと、島田源太郎はもう一度部屋を出て行った。

 その時、きくが着替えてききょうと一緒にやってきた。

「おきくさん」と相沢が言った。きくは部屋の様子を見て、驚いているようだった。

「きく、これは仕方なかった。相沢たちを斬らずに済ますにはこれしか方法がなかったんだ」と僕は言った。

「ええ」ときくは言った。

「きくの方はどうだった。持ち物は持ってきたか」

「はい。懐剣もききょうに必要なものもありました。着物も着替えてきました」

「そうか。だったら、ききょうのミルクを作ってやって欲しい。ここはもう少ししたら出ることになる」

「先生、これはどういうことなんですか」と相沢が訊いた。

「知りたいだろうな。私もこんなことはしたくなかったが、幕閣にこの藩を取り潰したいと思っている者がいる。その者が私の動向を気にしているのだ。だから、白鶴藩を通して、きくとききょうを捕らえたのだろうが、そのことが私に伝わってきた。そして、現代というところからここにやってきた。このままでは、白鶴藩は潰される。幕閣にいるその首謀者を排除する以外に、白鶴藩に明日はない。きくとききょうに何を訊いても無駄なのに、それが分からない奴らなんだ。お前たちも私を追ってきてはならない。追ってくれば、今度は斬り捨てる。私はそれほど温情があるわけではないんだ。本当なら、白鶴藩がどうなろうと構わない。このまま現代に帰ってしまえば、済む話だからな。だが、業腹じゃないか、自分は高みの見物をして、白鶴藩を潰すのを見ているだけなんてのは。そんな奴には、この世から消えてもらわなければなるまい」

 僕がそう言うと、「先生の言うことだから、本当のことでしょう」と相沢は言った。縛られている他の者も「そうだ」「そうだ」と同意した。

 そのうち、島田源太郎が眠そうな金蔵を連れてきた。

「では、蔵に行きましょう」と僕は言った。

 

 蔵を開けると、金品の山だった。だが、鏡京介と書かれた札の付いた棚はなくなっていた。

「家老になった直後は何かと入り用だったので、おぬしの金に手をつけた。しかし、今ではこれほど金が唸っている。好きなだけ持っていけ」と島田源太郎は言った。

「私は自分が預けた千五十二両だけでいいのです。盗人になったつもりはありません」

「そうか。だったら、金蔵、千両箱一つと五十二両を持って、蔵を閉めろ」と言った。

 金蔵は一つの千両箱を開けると、そこから二十五両の包み金を二つ掴み、そこに二両足して、それを別の千両箱の上に載せて、その千両箱を持った。

 それを蔵の前に置き、蔵を閉めると、その五十二両の載った千両箱を屋敷に運んだ。

 島田源太郎の部屋に戻ると、きくがききょうを、縛られている侍たちに見せていた。場の空気を和ませるためだったのだろう。

「ミルクはどうした」

「お湯が沸いたら作るわ。もう少しの辛抱ね。それよりそのお金は」と言った。

「これは家老に預けていたものだ。山賊の懸賞金が七百五十二両に、黒亀藩から三百両もらった。それを家老に預けておいた」

 そう言うと、きくも思い出したようで、「そうだったわね」と言った。

「あまりにも大金だったので、どこにしまうのか困ったわね」

「そうだよ。だから、家老に預けた。それがこの金だ」

「でもどうやって持っていくの」

「布袋に詰めて、小さい方のナップサックに入れていこう」

 大小のナップサックとショルダーバッグには、風呂敷を結びつけて自然なように見せることにした。その他に溢れた荷物は、別の風呂敷に包むことにした。大小のナップサックとショルダーバッグ、それに大きな風呂敷包みが一つできた。この他にききょうをおぶっていかなければならない。

 江戸への旅は、大仙道を使うとしても、大変な旅になりそうだった。