四十二
記憶を鮮明に呼び起こす映像に、芦田勇は震えた。すでに冷静ではいられなくなっていた。机の上で頭を抱えていた。
「あなたは、二〇**年九月**日に、秋田で行われたビジネスショーで***開発株式会社の専務からスカウトされましたね。それで、西秋田市から北府中市への引っ越すことになりました。その際、今まで使っていた皮手袋はゴミとして捨ててきましたね。そして、二〇**年三月二十八日火曜日に椿ヶ丘駅の近くのマンション****の三〇三号室に引越しをしました。その週末四月一日土曜日の午後三時五分に北府中市の****雑貨店で新しい皮手袋を買いました。これも売上伝票を見れば分かることでしょう。そして、その二十分後に****靴店で****の二十七センチの運動靴を買いました。これも売上伝票を調べれば分かることです。そして、二〇**年六月二十四日月曜日に北府中駅で水沢麗子を見かけます。彼女は新宿から乗ってきました。水沢さんもあなたの継母にどこか似ていたのでしょう。その直前に、あなたは北府中駅近くの****定食屋でとんかつ定食を食べています。北府中駅で午後七時三十分の電車に乗り、その電車が椿ヶ丘駅に着いたのは、午後七時四十分でした。その間、あなたは水沢さんを見ていました。水沢さんは携帯で音楽を聴いていました。だから、あなたに気付くことはなかったのです。あなたは、水沢さんの跡をつけました。水沢さんは椿ヶ丘駅から歩いて二十分ほどのところにある北椿ヶ丘公園に入って行きました。あなたにとっては格好の標的でした。そして、襲う場所を見付けると、家までつけました。そして、明日も会うようだったら、明後日、犯行に及ぼうと思ったのです」と僕は言った。
芦田の頭はその時の映像で溢れていた。あやめが、僕の言葉に合わせて、映像を送っているからだった。
「そして四月二十六日水曜日が来ました。この日、あなたは、昼の休憩時間、正確には、十二時四十二分に****薬局に行って、一つずつ小分けになっている紙おむつを一つ買いましたね。これもレシートを調べれば分かるはずです。どうして、紙おむつが必要かは、言わなくてもあなたには分かりますよね」
芦田の手が震えていた。
「退社時間が待ち遠しかったでしょう。そして、退社時間が来て、あなたは会社を出た。なるべく早くマンションに帰るためでした。マンションに帰ったら、水沢さんを殺す用意をしました。長袖のシャツを着て、パンツを脱ぎ、紙おむつを穿き、その上にスラックスを穿きました。それから、小さなショルダーバッグに目出し帽とハンカチとロープを入れて、それを袈裟懸けにかけました。手にはこの前北府中市の****雑貨店で買った皮手袋をしました。そして、****靴店で買った****の二十七センチの運動靴を履きました。これで用意ができました。それで、駐輪場から自転車を出すと、椿ヶ丘駅に向かいました。椿ヶ丘駅には、午後七時半に着きました。そして、午後七時四十分になり、椿ヶ丘駅で大勢の人が電車から降りてきました。その中から、あなたは水沢さんを見付けました。それからは、いつものように自転車で、彼女の跡を追いました。水沢さんは携帯の音楽に夢中でした。あなたは、水沢さんに気取られないように、先回りをし彼女が来るのを確認してから、公園で待ち伏せをしました。目出し帽を被り、右手に紺色のハンカチを持ち、左手にロープを持って、木陰で水沢さんが来るのを待ちました。やがて、水沢さんが歩いてくるのが分かりました。あなたは異常に興奮していましたね。あなたの横を水沢さんが通り抜けていった直後に、あなたは飛び出し、後ろから彼女の口をハンカチで塞ぎました。そして、素早く左手でロープを首に巻き、締め上げたのです。こうして、声を出せなくしておいて、右手のハンカチをスラックスのポケットに入れて、右手でもロープを掴みました。それから、水沢さんを木陰に引きずり込むと、さらに首を締め上げました。あなにとっては最高の時だったでしょう。あなたの躰の変化はあなたがよく知っているでしょう」と言うと、その時の映像が、芦田の頭に流れ込んだ。
「堪らなかったよ」と芦田は口にした。そう言っている自分に気付くこともなかった。
「水沢さんはあなたを見ましたね。どんな風に見えたのでしょうね。あなたは目出し帽を被っているから、顔は分からなかったでしょう。しかし、その目は見たのです。あなたの冷たいガラス玉のような目を。あなたは興奮していて、分からなかったでしょう。あなたはさらにロープを引き絞った。その時も躰に変化が起きた。もの凄い快感だったのでしょう。あなたは、水沢さんが死んだことを確認して、ロープを首から外しました。その時、髪がロープに絡まったことに気付きました。しかし、そんなことは関係ないと思ったでしょう。なぜなら、ロープは捨てるのだからと思ったからです。だが、そうではなかったのです。ロープに絡まった髪の毛は、小さなショルダーバッグに入れた時に残ったのです。今、鑑定中ですから、明日になれば、はっきりするでしょう、その髪の毛が水沢さんのものだということが」と言った。
芦田は机を掴んで震え出した。今、芦田の頭には、水沢を絞殺した時の映像が繰り返し流れていた。
「もう、やめろ、やめてくれ」と芦田は言った。
「いいえ、取調は続けます。では、次の犯行について、聞いてもらいましょう」と僕は言った。
「あなたは、次の被害者である渋谷恵子さんに、二〇**年七月三十一日月曜日、北府中駅から椿ヶ丘駅に向かう途中で会いましたね。その日、あなたは午後七時まで会社で働き、北府中駅近くの居酒屋****で、午後七時十五分から午後八時三十五分まで、同僚である****さんと水割りを飲みましたね。これは、居酒屋****の売上伝票を見れば分かることです。また、同僚の****さんからも証言が得られるかも知れません。ともかく、飲んだ後、同僚と別れて北府中駅に着いたのは、午後八時四十五分でした。そして新宿から五十分に来た電車に乗りました。その同じ電車に渋谷恵子さんは乗っていたのでした。当然、あなたは渋谷さんに気付きました。そして見続けました。やはり、どこか継母に似ていたからです。電車が椿ヶ丘駅に着いたのは、午後九時でした。次の日、あなたは、昨日と同じ電車に乗り、椿ヶ丘駅で午後九時に降りた渋谷さんの後をつけました。渋谷さんも携帯を見ていて、あなたには気付きませんでした。渋谷さんは、椿ヶ丘駅から歩いて十五分ほどのところにある南椿ヶ丘公園に入って行きました。またしても公園です。襲うには格好の場所です。渋谷さんは公園を抜けて、住宅街に入り、そこからさらに十分ほど歩いたところにある****アパートの二〇二号室に入って行きました。あなたはそれを確認すると、公園に戻り襲う場所を探したはずです。南椿ヶ丘公園内で通路に木立が近い所は二箇所あります。あなたは、そのどちらがいいのか迷ったでしょう。そして自転車を止めやすい方を選びました」と言った。
「どうしてそんなことがわかるんだ」と芦田は叫んだ。
僕は芦田の言葉を無視して続けた。
「二〇**年八月二日水曜日。あなたは午後七時に退社すると、すぐに自宅のマンションに帰りましたね。これは、渋谷恵子さんを殺す準備をするためでした。部屋に入ると、ズボンとパンツを脱ぎ、紙おむつを穿き、その上にスラックスを穿きました。長袖シャツを着て、目出し帽とハンカチとロープを小さなショルダーバッグに入れて袈裟懸けにしましたね。そして皮手袋をし、洗って乾かしておいた運動靴を履き、部屋を出て、自転車で、椿ヶ丘駅に向かいました。椿ヶ丘駅には、午後八時五十分に着いています。十分前に着くのが、あなたの癖ですよね」と言った。
「そんなこと、どうでもいいじゃないか」と芦田は言った。芦田は自分の癖まで知っている僕を気味悪がった。
「そうですか。では続けましょう。午後九時になり、電車が椿ヶ丘駅に到着しました。駅から出て来た沢山の人の中から、あなたは、渋谷恵子さんを見付けました。彼女は、携帯を見ていました。そんな彼女の後を自転車でつけたんですね。そして、先回りをし公園に行って、小さなショルダーバッグから目出し帽とハンカチとロープを取り出し、目出し帽は被り、ハンカチを右手にロープを左手に持って、木陰で待ち伏せをしました。そのうちに、渋谷さんが歩いてきたんですね。あなたの横を渋谷さんが通り過ぎようとした時、あなたは飛び出し、渋谷さんの口を右手に持ったハンカチで押さえ、左手でロープを首に巻きました。そして締め上げました。それから、右手に持ったハンカチをスラックスのポケットに入れると、両手でロープを掴み、さらに締め上げたのですね。その時、渋谷さんは抵抗した。しかし、渋谷さんが抵抗すればするほどあなたは快感を感じたはずです。渋谷さんが抵抗しなくなった時、今まであなたはしなかったことをしていますね。目出し帽越しに渋谷さんの髪の匂いを嗅いだのです。いい香りがしたでしょう。この時、渋谷さんの髪の毛があなたの目出し帽に付いたはずです。これは鑑定が出れば分かることでしょう。それから、あなたは、渋谷さんをさらに木陰に引きずり込み、首を締め上げました。渋谷さんはあなたを見ましたね。あなたは、彼女が死んでいくのを冷たい目で見ていた。いや、熱い目だったかも知れません。もの凄く興奮しましたね」と言うと、あやめに映像を流すように指示した。
「そうだよ。凄く興奮したよ」と芦田がふと、小さな声で呟いた。
「それは自白と捉えていいですか」と僕は聞いた。
「どうとでも捉えろ。俺はもの凄く興奮したんだ」と大声で、ついに言った。
係官の記録を取る音が高くなった。ミラーの向こう側でも、喝采が起きていることだろう。
僕は淡々と、続けた。
「あなたは興奮したんですね。また一人、女を手に入れたという思いが躰中を駆け巡りましたね。そして、もう一度、快感を味わうために締め上げましたね」
「そうだよ。俺は、この手に女を手にしたんだ」と決壊した堤防のように芦田は言った。
「そうですか。では、続けます。あなたは、渋谷さんが死んだことを確認すると、首からロープを外しました。渋谷さんの死体をそこに横たえると、あなたはその場を離れ、目出し帽を脱ぎ、ハンカチとロープを小さなショルダーバッグの中に入れると、自転車を走らせて、自宅まで戻りました。このときには、満足感でいっぱいでした」
芦田はその時の気持ちをまざまざと思い出していた。顔に恍惚感が出ていた。