小説「僕が、警察官ですか? 2」

三十三

 芦田勇は北府中市北府中駅から歩いて五分の所にある会社に行くために、北府中駅に十分で行ける椿ヶ丘駅の近くのマンションの三階三〇三号室を借りた。自転車は秋田から持ってきた。買物に行くのに便利だったからだ。本当は別の目的があった。獲物を見付けたときに、尾行するのに都合が良かったからだった。

 その女、水沢麗子二十八歳、OLに会ったのは、転職して間もない月曜日だった。

 午後七時まで会社で働き、駅近くの定食屋でとんかつ定食を食べて、駅に行くと、午後七時三十分だった。その電車が椿ヶ丘駅に着いたのは、午後七時四十分だった。この時間帯は、特別な意味があった。最初に絞殺した中島明子を西秋田駅で待っていた時間帯に重なっていたからだ。そんな時だったのだ、継母をどことなく思わせる美しい女性に出会ったのは。それが水沢だった。

 電車の中で彼女を見ていた。水沢は携帯を見ていた。そして、十分ほど過ぎた頃、椿ヶ丘駅に着いた。ここで、水沢も降りたのだ。駅を出た。芦田勇は自分のマンションに向かわずに、水沢をつけた。人通りの多い道を通り過ぎていくと、駅から歩いて二十分ほどの所にある北椿ヶ丘公園に入って行った。水沢は携帯で音楽を聴いていた。周りに人がいなくなると、歌ってもいた。

 時計を見ると午後八時だった。

 公園は七、八分ほどで抜けた。それほど広い公園ではなかった。通路には、一箇所木立がある場所があった。襲うとしたら、そこだろうと思わせる場所だった。

 公園内は人通りはなかった。そこを抜けると、住宅街になり、五分ほどで水沢の自宅に着いた。アパートだった。一人住まいのようだった。

 一階の端の部屋に入っていた。

 芦田のペニスはズボンを突き破らんかのように立っていた。

 芦田勇は、明日も同じ電車で会ったなら、明後日殺そうと思った。

 次の日、北府中駅に行き、午後七時三十分に新宿から来る電車に乗った。昨日と同じ位置の車両だった。果たして、水沢麗子は乗っていた。手には、レジ袋をぶら下げていた。夕食のおかずなのだろう。

 そして、椿ヶ丘駅には、午後七時四十分に電車が着いた。明日、この時間に椿ヶ丘駅で待ち伏せをしていればいいのだ。すでに興奮していた。明日、あの女を絞め殺してやる、と思うとペニスがいきり立った。

 水沢はやはり携帯で音楽を聴いていた。

 昨日と同じようにつけた。水沢の帰り道は、昨日と変わらなかった。

 やはり、公園を通って帰った。

 明日は、四月二十六日水曜日だった。この時になって、初めて芦田勇は水曜日という曜日が気になった。そういえば、前二件の絞殺も水曜日だった。そして、明日は水曜日だった。縁起を担ぐわけでもないが、何か縁というものを感じた。そして、今度も成功するような気がしてきた。

 そして、四月二十六日水曜日になった。夜のことを思うと、朝から興奮が収まらなかった。昼の休憩時間に薬局に行って、一つずつ小分けになっている紙おむつを一つ買った。この前のようにスラックスを濡らしたくはなかったからだ。

 芦田は、どう絞め殺してやろうか、考えた。一思いに殺そうか。それともじわじわと殺そうか。だが、あの公園は大して広くはなかった。時間はかけられなかった。一思いに殺すしかなかった。それでも良かった。とにかく、女一人を殺せるのだ。それで充分だった。

 退社時間が待ち遠しかった。ズボンの前ははち切れそうだった。だが、会社ではオナニーはしなかった。オナニーをするのは、女を殺してからだ。そう思った。

 退社時間が来た。芦田は会社を出ると、なるべく早くマンションに帰った。そして、水沢を殺す用意をした。長袖のシャツを着て、パンツを脱ぎ、紙おむつを穿いた。その上にスラックスを穿いた。小さなショルダーバッグに目出し帽とハンカチとロープを入れた。それを袈裟懸けに肩からかけた。

 手には新しい皮手袋をしていた。新しく買った運動靴も履いた。

 それから、駐輪場から自転車を出して、椿ヶ丘駅に向かった。椿ヶ丘駅には、午後七時半に着いた。後十分すれば、お目当ての水沢が来る。その十分が待ち遠しかった。

 やがて、午後七時四十分になった。駅から大勢の人が出て来た。芦田は人混みの中で水沢を捜した。果たして、水沢を見付けた。やはり、手にはレジ袋を提げていた。躰に痺れるような快感が走った。

 自転車に戻って、水沢を見失わないようにつけた。水沢は携帯の音楽を聴いていた。口ずさんでもいた。

 その白い首にロープを巻き付けてやるからな、と芦田は思った。

 水沢に気取られないように、別の通りを通って、先回りをし、水沢が来るのを確認したら、また先に進んだ。

 そうして公園に向かう一本道の手前で曲がり、別の道を通って公園の別の入口に向かった。

 そこで自転車を降り、小さなショルダーバッグから目出し帽とハンカチとロープを取り出した。

 公園の中に入って目出し帽を被った。そして、ロープの両端を引っ張り、これで首を締め上げてやる、と思った。異常に興奮していた。ペニスは完全に立っていて、先走りも出ていた。

 ハンカチを右手に、ロープを左手に持った。

 木陰で水沢の来るのを待った。すると、向こうから白い服装の女が歩いてきた。水沢だった。ペニスが腹につきそうだった。

 芦田の横を水沢が通り抜けていった。その時、芦田が飛び出し、後ろから水沢の口をハンカチで押さえた。そして、素早く左手でロープを首に巻いた。そして締め上げ、右手のハンカチをスラックスのポケットに入れると、右手でもロープを掴んだ。水沢は激しく抵抗した。抵抗されればされるほど、芦田は興奮した。そして、女を木陰に引きずり込むと、さらに首を締め上げた。水沢が涙目で目出し帽を被っている芦田を見た。美しかった女の顔が真っ赤に醜く歪んでいた。この女が今、死のうとしている。そう思うと、芦田の興奮は絶頂に達した。そして、射精をした。なおも女の首を引き絞った。また、射精した。それでもペニスは萎えなかった。

 水沢が死んだことを確認してから、ロープを首から外した。髪がロープに絡まった。そんなのは関係なかった。どうせ、このロープは捨てるのだから。

 遺体を放置すると、芦田は急いでその場を離れた。目出し帽を脱ぐと、スラックスに入れたハンカチとロープを自転車の前の籠に入れてあった小さなショルダーバッグに入れた。

 そして、自分の服装を点検すると、自転車を走らせてマンションに向かった。

 自分の部屋に入ると、皮手袋を取り、芦田は全裸になった。そして風呂場に行き、手を洗うと、ペニスをしごいた。水沢の涙目が今も目に焼き付いていた。それが芦田を興奮させた。精液が飛び散った。しかし、まだ、ペニスは衰えなかった。また、しごいた。今度は喉に食い込ませたロープの感触を思い出した。必死にロープを掴もうとする水沢が哀れだった。だが、相手が哀れであればあるほど、芦田は興奮した。真っ赤に歪んだ顔を思い出しながら、また、精液をまき散らした。それでもペニスは衰えなかった。

 翌日の朝刊に、事件の第一報が載っていた。それによって、被害者が水沢麗子二十八歳、OLだということが分かった。写真は載っていなかった。だが、夕刊には載るだろう。そうすれば、その写真を見て、またオナニーができると思った。

 

 僕はミラー越しに何て卑劣な男を見ているんだろう、と思った。

 ミラーの向こう側で、取調官の言うことに、一々「黙秘します」と言っていた。

 取調官は「それはあなたが、自分から話したことですよ」と言っても「黙秘します」と言い続けた。

 そのうちに、午後六時になった。

 弁護士が「今日はこの辺でいいんじゃあ、ありませんか」と言った。

 取調官は「まだ六時ですよ」と言った。

 弁護士は「被疑者にも人権がありますよ。午前十時から午後六時まで、一時間の休憩はあったものの実質七時間も拘束されているんですよ」と言った。

 取調官は「それでは、明日も事情聴取に応じてもらえますか」と芦田に訊いた。

 芦田は弁護士に何か言った。

「その必要があるのですか。もう充分じゃありませんか」と弁護士は言った。

 取調官は「今のままでは、不十分だから申し上げています。明日の事情聴取に応じてもらえるなら、今日はこれでお帰り願ってもいいですよ」と言った。

 芦田は弁護士に何か言った。

「取りあえず帰してもらえるなら、それでいい、と言っています」と弁護士は言った。

「そうですか。では、これで今日**月**日、午後六時十分。事情聴取を終えます」とマイクに言った。

 取調官は「内藤先生、これはおわかりだと思いますが、芦田勇氏の居所は後で連絡してください。逃げられでもしたら大変ですから」と言った。

「承知しました」と弁護士は答えた。

 芦田は弁護士に付き添われて、取調室から出て行った。