小説「僕が、警察官ですか? 2」

三十七

 僕は起きると、午前一時半だった。

 ベッドから出て、ダイニングルームに行った。食器棚を開けて、グラスとウィスキーを取り出した。冷蔵庫から氷をグラスに入れると、ウィスキーを注いだ。

 きくが起きてきた。

「何か作りましょうか」

「いや、いい」と言うと、「お酒だけでは、躰に毒ですよ。何か用意しますね」と言った。

 最初に、サラミとチーズを薄く切ったものを皿に盛り付けて出してくれた。それから、キュウリを塩もみして、切ったものを小鉢に入れて、しらすを振りかけて出してくれた。

 僕は「ありがとう」と言って、それらを箸でつまんだ。それからウィスキーを口にした。

「眠れないんですか」

「ああ、少し考え事をしてね」と言うと、「きくもつき合いますよ」と言った。

「きくは眠ればいい」

「きくは昼間眠るから大丈夫です」ときくは言った。

「そうか」

 

 僕はきくの髪を撫でながら、最後の事件の映像を浮かべた。

 芦田たちの最初のプロジェクトは大成功だった。それがきっかけで次々と同じような仕事が舞い込んできた。チーフディレクターの西村香織ばかりがもて囃された。ほとんどは、サブディレクターの芦田の才能があってこその成果だったが。だから、芦田勇は西村香織にはいい印象は持っていなかった。

 ボーナスは予想よりも多く出た。冬休みは海外旅行に行く者が多かった。西村は芸能人のようにハワイで豪遊するという話だった。みんな、羨ましがった。

 だが、芦田はマンションで過ごした。

 昨年の五月九日以来絞殺はしていなかった。すでに欲求不満は限界状態だった。

 新宿から電車に乗って、郊外に出て、行きずりの絞殺でもしてみようかとも思った。だが、そう簡単にはいかなかった。誰でもいいというわけではなかった。そして、獲物を確認してから、締め上げたかった。それができなかったのだ。

 新宿区の公園も回った。しかし、夜間でも人通りはあった。人目につかないで絞殺できる機会は、なかなかやってこなかった。

 そんな折だった。今年の二月十八日月曜日、午後九時に北園公園前を自転車で通ると、公園から出て来る女性がいた。新宿駅で降りて、歩いて北園公園まで来て、公園を通り抜けて、家に帰る途中なのだろう。その女が、上司の西村香織にそっくりだった。この女だと思った。

 自転車を止め、女の行き先を見た。女は携帯を見ていた。女が通りを歩いて、つき当たりの角を曲がった。その角まで行くと、それからしばらく歩いて、また角を曲がった。その角まで自転車を走らせ、角で止めた。女はその先のアパートに入って行った。自転車で行って見ると、二階の一番奥の部屋に入るところだった。北園公園から十二、三分ほどの所だった。

 それから北園公園に向かった。北園公園は、周囲が八階から十階ほどのオフィスビルに囲まれた二ブロックほどの公園だった。新宿南口から、公園まで十五、六分ほどの距離だった。

 公園内は木々が公園の周りを囲むように植えられていて、途中に林らしい所は一箇所しかなかった。入口は四隅にあって、通路らしいものはなかった。さっきの女性は公園の南西側の角の入口から入ってきて、ほぼ公園を斜めに横切って北東の出口から公園を出たのだ。

 明日は、公園の南西側の角の入口を見張ることにしようと思った。自転車は公園の入口には止めにくかった。どこか適当な所を探す必要があった。周りを自転車で走ってみると、すぐ先に自転車が沢山止められている通りを見付けた。そこに自転車を止めることにした。公園からは歩いて三分ほどの距離だったから、早歩きすればもっと時間は短縮できる。

 二月十九日火曜日、午後六時に退社した芦田は、そのまま自転車で自宅に帰った。途中で、牛丼を買った。そして、牛丼は溶き卵をかけて自宅で食べた。今日は午後八時四十五分に北園公園の南西側の角の入口に行くことにしていた。それまでは、あの西村香織にそっくりな女をどう絞め殺してやろうか、考えていた。都会の公園だった。ゆっくりと殺しているわけにはいかなかった。できるだけ素早く、そして、じっくりと殺したかった。その顔が見たかった。西村香織にその顔が重なった。やってやる。そして、苦しませてやる。 スポーツウェアに着替えたのは、午後八時十分だった。ここから、北園公園まで自転車で二十分ぐらいだった。だから、急ぐ必要はなかった。しかし、心は急いていた。少し早かったが、自転車に乗って、北園公園に向かった。

 北園公園には、午後八時半に着いた。予定していた時間よりも十五分も前に着いてしまった。北園公園を通り越して、昨日見付けておいた通りに自転車を止めた。そして、ゆっくりと歩いて北園公園に午後八時四十五分に戻ってきた。これで女が来るだろう八時五十五分まで十分ある。公園に入って行った。南西側の角の入口が見えるベンチを探した。

 南側の隅に適当なベンチを見付けた。そこに座った。

 午後八時五十五分になった。時間通りに彼女が現れた。その時、芦田は知らなかったが、彼女の名前は、西沢奈津子、二十八歳だった。新宿の業務用スーパーマーケットでパートタイマーをしていて、それが終わるのが、午後八時二十分だった。それから着替えて、店を出ると、今の時間に公園を通ることになる。業務スーパーで値下げした惣菜を買って帰るのも、いつものことだった。

 その後ろをついて行っても西沢は気付かなかった。携帯に夢中になっているからだった。

 明日、この女を殺してやる。芦田は心の中でそう誓った。

 そして、次の日、二月二十日水曜日、芦田は午後六時に退社し、自転車で自宅に帰った。今日はどこにも寄らなかった。部屋に入ってからの二時間は長かったが、あの女を殺すことを想像することで、時間はあっという間に過ぎていった。ペニスはもう立っていた。しごきたくて仕方なかったが、我慢した。女を殺したときの快感を高めるためだった。こうして興奮すればするほど、絞め殺したときの快感は大きかった。それは経験的に知った。以前、絞殺する前にオナニーをした時は、今ひとつ高みに行かなかった気がしたからだった。

 時間が近付いていた。今日は公園内で待ち伏せをするのだ。少し早く行く必要があった。

 今日の服装は、上は肌着に長袖シャツを着て、その上に紺の薄いセーターを着て、最後は皮の黒いジャケットにした。下は紙おむつにジーパンだった。

 ハンカチとロープと目出し帽は、小さなショルダーバッグに入れた。手には皮手袋をした。

 午後八時二十分になった。下駄箱から洗いたての運動靴を出して履いた。

 小さなショルダーバッグを袈裟懸けにすると、部屋を出て、駐輪場に降りて行った。そして、自転車に乗って北園公園に向かった。

 北園公園の手前の通りで自転車を降りると、他の自転車の間に押し込んだ。小さなショルダーバッグから、ハンカチと目出し帽とロープを取り出し、小さなショルダーバッグは前の籠に入れた。

 そこから歩いて北園公園の入口に行き、中に入って行き、午後八時四十八分に木陰に隠れた。その時に目出し帽を被った。

 西沢奈津子がここを通るのは、午後九時少し前のはずだった。十分前に待ち伏せができたことに、芦田は満足感を覚えた。今日も成功するに違いなかった。

 西沢奈津子が来るまでひたすら待った。やがて、時間になった。女が歩いてくる。携帯の光に映し出されたのは、あの女だった。

 ついに殺せる。胸が高まった。右手にハンカチを持ち、左手にロープを持った。目の前を、西沢が通っていった。芦田には全く気付いていなかった。芦田は飛び出し、背後から、まず右手のハンカチで口を塞いだ。女は暴れた。素早く左手でロープを首に巻いて、引き絞った。そして、女を木陰に引きずり込んだ。右手のハンカチをジーパンのポケットに入れると、両手でロープを握った。女の目には涙が溢れていた。そして、顔面は恐怖で引きつっていた。もの凄い興奮が全身を包んだ。ペニスがそそり立った。先走りが流れた。両手に力を入れた。女の顔が赤くなっていった。苦しむ顔は、上司の西村香織と重なった。躰を稲妻が走った。それと同時に射精していた。ロープを引っ張っている間中、射精は続いた。

 女はぐったりとした。それでもロープを引き絞った。女は失禁していた。左手の皮手袋でそれを確かめた。手袋が濡れた。女の尿の匂いがした。それが、ますますペニスを立たせた。そして、また射精した。

 顔をよく見た。この顔を覚えていて、部屋に戻ったら、風呂場でオナニーするつもりだった。

 女が死んだことを確認すると、ロープを解き、目出し帽を脱いで丸めて、公園から立ち去った。そして、自転車の置いてある場所に急いだ。

 

 僕はここで映像を見続けるのは止めた。後は、あの反吐が出そうな、興奮に包まれたオナニーを見せられるだけだったからだ。

 僕は一気にウィスキーを飲んだ。そして、ウィスキーの蓋を開けて、グラスに注ごうとした。そこで、きくは手を出した。

「飲んでもいいけれど、少しにしてね」と言った。

 僕はグラスに半分ほどもウィスキーを注いで、一気に飲もうとしていたのだ。それをきくが止めてくれた。

 僕はグラスに一口ほどのウィスキーを注ぐと、ウィスキーの蓋を閉めた。

 そして、その一口を飲み干すと、隣にいたきくを抱き寄せた。そして、強く抱き締めた。