小説「僕が、剣道ですか? 4」

三十

 翌朝、宿を早くに出ると、二里の道を急いだ。

 そして、口留番所に来た。

 僕は口留番所の手前の林で、ジーパンを穿き、安全靴を履き、着物で隠した。そして、通行する人の最後尾に並んだ。段々と順番が近付いてくる。僕はきくがおんぶしているききょうを自分がおんぶすると言った。きくは抱っこ紐を僕に渡した。僕はききょうをおんぶして、持てるだけの風呂敷包みを持った。

 僕たちの番が来た。通行手形を見せた時に、役人の顔が変わった。

 ここで時間を止めた。僕はききょうをおんぶしたまま、門を通過した。そして、林を見付けると、そこにききょうを下ろし、風呂敷包みで周りを囲った。

 時間はまだ止めたままだった。

 そのまま門を通り、今度はきくを背負った。そして、門を通って、ききょうの所に行った。ここで時間を動かした。くたくただった。長い間、時間を止めていたからだった。

 その時、定国が唸り出した。鞘から抜くと西を光が指した。僕は立ち上がり、走ろうとしたが、足が進まない。しかし、行かなければならなかった。定国の光が僕を包んだ。躰が軽くなった。

 定国の示す場所に向かった。林の中に広場があった。そこに二百人もの忍び者が集結していた。

 僕は最後の気力を絞って、時間を止めた。そして、その二百人に向かって走った。躰が定国に支配されているのが分かった。定国は定国の意志でその二百人を斬り殺していった。

    僕は傀儡人形のようだった。定国に斬られていく二百人をただ、見ていた。

 そして、終わった。

 僕はその場を離れた。そして、時間を動かした。二百人が崩れ落ちていくのを見ていた。

 きくとききょうの元に戻らなければならなかった。

 しかし、足が動かなかった。定国を鞘ごと帯から抜いて、杖のようにして歩いた。そうして、やっとの思いで、きくとききょうの元に辿り着いた。

 その場で僕は倒れた。そして眠った。

 

 きくに揺すられて僕はやっと起きた。

「もうすぐ日が沈んでしまいます。宿を見付けなければ」ときくは言った。

 僕は立ち上がり、ジーパンと安全靴を脱ぐと風呂敷包みの中に入れた。

 そして歩き、一番近い宿に泊まった。

 相部屋しかなかったが、仕方なかった。

 その日は、夕餉をとるので精一杯で、布団を敷くとすぐに眠った。

 

 次の日、朝餉の前に風呂に入り、髭を剃り顔を洗った。トランクスも替えた。

 着物を着ると、きくが髪を結ってくれた。

 そして、朝餉をとると、いよいよ城下町を目指した。

 町は賑わっていた。

 僕ときくは家老の屋敷を目指していた。

 武家屋敷が多くなり、その通りに入っていくと、家老の屋敷に出た。門の横の通り木戸を叩いた。中から門番が戸を開いた。

 僕を見ると、「鏡京介様」と言った。

「覚えていてくれたのか」

「もちろんですとも。それにおきくちゃんも」と言った。

「どうぞ、中にお入りください。奥様をお呼びしてきます。大旦那様も」

「大旦那様?」

「はい、御家老だった源之助様は今は引退されて、御嫡男の源太郎様が家老職に就かれています」

「そうでしたか」

 広い玄関に入り、定国を帯から抜いて手に持っていると、奥から源太郎の妻のあきと隠居された島田源之助が現れた。

 源之助は「おお、まことに鏡京介殿ではないか。そしておきく。おんぶしておるのは……」と言うと、きくが「ききょうです。ご無沙汰をしておりました」と言った。

 僕も「お久しぶりでございます」と言った。

 源之助は「そんな所にいないで、早う上がれ」と言った。

 女中が来て、草履を脱いだ僕の足を桶の湯で洗い、手ぬぐいで拭いた。きくもそうしてもらっていた。

「失礼します」と僕は言って、上がり口から廊下に上がった。そして座敷に招かれた。

 座布団が出された。僕は座布団に座る前にきくと並んで、畳に座り手を突いて頭を下げ、「ご無沙汰をしておりました。ようやく、今日、ここに来ることができました。お懐かしゅうございます」と挨拶をした。

 あきは「こちらこそ」と頭を下げたが、源之助は「堅苦しい挨拶はいい。早う座布団に座れ」と言った。

 僕らはその言葉に、座布団に座った。きくはおんぶしていたききょうを抱っこ紐から降ろして、抱いた。

 源之助は僕ときくに「長旅で疲れているであろう。正座はいい、足を崩せ」と言った。

 僕はその言葉に、正座からあぐらをかいた。

 源之助は「もうあれから五年経つが、ききょうとか言ったな、その子はまだ赤ん坊なのか」と訊いた。

 僕が「ええ、私たちは神隠しに遭い、こちらでは五年ほどの年月が経ち、今ここにいます」と答えた。

神隠しに遭ったというのは、本当のことだったのか。そういえば、鏡京介殿も前のままじゃな」と源之助は言った。

「そしておきくも変わっておらんな」

 きくは笑った。

 女中がお茶を出してくれた。

 僕が「いただきます」と言ってお茶を飲むと、きくも同じように言ってお茶を飲んだ。

 源之助が「おきくが抱いているのが、ききょうか。わしにも抱かせてくれ」と言うので、きくはききょうを源之助に抱かせた。

「ききょうか。いい名だ」

 源之助はしばらく抱いてから、ききょうをきくに返した。

「当分、ここに逗留していくのだろう」と源之助は訊いた。

「はい、そのつもりです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

「好きなだけ泊まっていけ」と源之助は言った。

「そのお言葉に甘えさせて頂きます」と僕は頭を下げた。

「風呂の用意はできているのか」と源之助が言うと、女中が「はい、できております」と応えた。

「旅の疲れを風呂に入って、癒やせ。話はまた夕餉の時に聞こう」と源之助は言った。

「お気遣い、ありがとうございます」と僕は言った。

「前に使っていた座敷を使うといい。手ぬぐいや浴衣も用意をさせるので持っていけよ」と言った。

「何から何までありがとうございます」と言った。

 そして、前に使っていた座敷に女中に案内された。

「風呂場はわかっとりますよね」

「はい」

「では、ごゆっくりと」と言って障子戸を閉めて出て行った。

 布団の上に、手ぬぐいと浴衣が揃えられていた。

 僕は風呂敷包みを置くと、中から洗ってあるトランクスを出して、折たたみナイフを持ち、手ぬぐいと浴衣を手に取ると、「きく、先に行っているぞ」と言った。

 きくは「はい」と応えた。

 きくに背中を流してもらいながら、「やっと帰ってきたな」と言った。

「そうですね」

「大旦那様もいいおじいさんになったな」

「はい」

「きくも懐かしいだろう」

 きくの返事は少し遅れて「はい」と言った。