小説「僕が、警察官ですか? 5」

 午前九時に出署して未解決事件捜査課に行くと、みんなすでに来ていた。

 僕は手を叩いて、みんなをデスクに集めた。

「未解決事件を調べ直すとしても、一つ方針があることを伝えておく。この間、中里孝司の事件を解決できたのは、DNAという証拠があったからだ。確実に犯人に結びつく、指紋なりDNAなりの証拠があるものを選択して欲しい。それと比較的新しい事件から、捜査をしていくことにする。その方が関係者の記憶が、比較的残っているからだ。さあ、戻って作業を続けてくれ」と言った。

 

 デスクに戻って、しばらくすると、村瀬がファィルを持ってきて、「これなんかはどうですか」と言った。

 戒名は『北見公園女性刺殺事件』だった。

 ファィルを開けて読んだ。

 被害者は、高田真紀子、二十六歳、未婚。二〇**年五月**日、午後八時頃、胸部をナイフで刺されて、出血多量で死亡、となっていた。ナイフには、犯人のものと思われる指紋がついていた。親類・友人・知人らの関係者との指紋を照合したが、一致するものはなかった。

 二年前に起きた事件だった。

「なるほど、指紋があるのか。早速、北見公園に行ってみよう」と僕は村瀬に言った。

「今から行くんですか」

「そうに決まっているだろう」

「検討するんじゃないんですか」

「検討はもうした」と僕は言った。

「そして、採用した」と続けた。

 僕は鞄を持って、「村瀬は車で来ているよな」と訊いた。

「はい」

「じゃあ、村瀬の車で行こう」と僕は言った。

 

 北見公園は豊島区の近くにあった。

 車を降りて公園の中に入った。

 時間を止めて、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「高田真紀子の霊気を読み取ってくれ」とあやめに言った。

「わかりました」とあやめは答えた。

 時間を動かした。

「こんなところで刺殺事件が起こっていたんですね」と村瀬は言った。

「都会で人目がつかないところといえば公園ぐらいなものじゃないか」と僕は言った。

「で、ここに来てどうするんですか」と村瀬は訊いた。

「おいおい。事件現場を見ておくことは、捜査の基本中の基本だろうが」と僕は言った。

 その時、あやめから映像が送られてきた。

 真紀子は駅前のコンビニで買物をして、自宅に帰る途中だった。

 公園に入って、しばらく歩いて行くと不意に前に立ちはだかる男がいた。

 真紀子は怯えて、顔を上げると、いつも利用している駅前のコンビニの店員だった。

 少しホッとした。

「こんばんは」と言って通り過ぎようとした時だった。

 胸に痛みが走った。

 コンビニの店員は、手にナイフを持っていた。それが真紀子自身の胸に刺さっている。すぐに記憶が遠くなっていった。

 後は分からなかった。

 

 僕は辺りをただ見ているだけの村瀬の肩を叩いた。

「駅前のコンビニに行くぞ」と言った。

 車をコンビニの前に駐車するのに、村瀬は苦労していた。自転車が何台も置かれていたからだ。それらを整理して、やっと駐車して、車から降りた。

 店内に入ると、レジに向かった。近くの店員に「店長は」と訊くと、「どういったことでしょうか」と訊いた。

 僕は警察手帳を見せて、「店長に用事があるんです」と言った。

 その店員は店長を奥に呼びに行った。

 店長がやって来た。警察手帳を見せて、「ここでもいいんですが、奥で話せますか」と訊いた。

 店長は「どうぞ。こちらです」と言った。

 僕と村瀬はカウンターの奥に入っていった。

 事務室に案内された。

 店長は「用件は何でしょうか」と訊いた。

 僕は「採用時の履歴書のファイルを見せてもらえますか」と言った。

「何年からの分ですか」と訊くので、「二〇**年五月**日に働いていた人の分をお願いします」と言った。

「じゃあ、このあたりからだな」と店長は言った。そして、数冊のファィルを机の上に置いた。

「拝見させてもらいます」と僕は言った。

「一体、誰を探しているんですか」と村瀬が訊いた。

 僕は時間を止めて、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「私が話すのと同時に村瀬に高田の意識にあったコンビニの店員の顔を記憶させろ」と言った。

「はーい」とあやめは言った。

 時間を動かした。

 僕は真紀子の意識にあったコンビニの店員の顔を言葉で表現していった。今、あやめがそれを映像化しているだろう。

「ああ、わかりました。課長の言われている人を探せばいいんですね」と言った。

「そうだ」

「じゃあ、手分けして探しましょう」と村瀬は言った。

 僕と村瀬は履歴書のファイルを見始めた。

 三十分ほどして、「これじゃあ、ないですか」と言ってきた。

 村瀬が示したのは、山村良一という男だった。履歴書に貼られた顔写真を見た。あやめが送ってくれた記憶と照合した。似ていた。それだけでなく、右頬の黒子の位置が一致した。

 住所は新宿区北見町一丁目二十三番北見アパート一〇六号室だった。

 実家は板橋区羽生町三丁目四十五番六十七だった。

 僕はその履歴書を携帯で撮影して、「さぁ、いくぞ」と村瀬に言った。

 

 北見アパートには三十分ほどで着いた。

 一〇六号室に向かって行ったら、表札は秋田礼治となっていた。

 僕は時間を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「ここに住んでいた山村良一の記憶を読み取ってくれ」と言った。

「大勢の中から読み取るのは大変なんですよ」と言ったが、「わかりました」と続けた。

 時間を動かした。

「ここの人を訪ねてみるんですか」と村瀬は言った。

「いいや」

「じゃあ、大家さんを探してきましょうか」と村瀬が言った。

「そうしてくれ」と僕は言った。

 あやめから映像が送られてきた。

 山村良一のものだった。山村良一は異常に高田真紀子に執着していた。自分のものにしたくてしょうがなかった。

 ある日、店内に男と連れ立って入ってくる高田真紀子を見た。幸せそうな顔をしていた。それ以来、何度か同じ男と連れ立って入ってくるのを見かけた。

 山村良一の中で何かが崩れた。それは非常に短絡的だった。他の男に高田真紀子を渡すぐらいなら殺してしまおうと思った。

 高田真紀子の帰り道は知っていた。山村良一は自分がバイトを休んだ日に、高田真紀子の殺害を実行した。ナイフは雑貨店で購入したものだった。何も考えていなかった。高田真紀子の躰にナイフが刺さっていくのを感じる時、山村良一は真紀子を自分のものにしたと思った。

 ナイフはそのままに自宅に逃げ帰った。幸い誰にも見られずに済んだ。

 山村は血を流すべく、風呂に入った。