小説「僕が、警察官ですか? 5」

   僕が、警察官ですか? 5

                                                    麻土 翔

 

 四月になって、僕は黒金署の安全防犯対策課から、西新宿署の未解決事件捜査課に移動になった。

 未解決事件捜査課は西新宿署の地下一階にあった。道場がある階と同じだった。

 未解決事件捜査課が地下にあるのは、事件ファイルが地下に貯蔵されているためだった。未解決事件捜査課は、膨大にあるファイルを収めた棚の奥のこぢんまりとした部屋だった。

 

 僕が中に入っていくと、メンバーはすでに来ていて、一斉に僕を見た。

 僕よりも遥かに年がいった男性が近づいてきて、「沢村孝治です。この課の係長を命じられました。元は捜査一課にいました」と言った。

「どうも。私は鏡京介です。この課の課長になることになりました」と僕は言った。

「知っていますよ。未解決事件捜査課のメンバーを紹介しましょう」と沢村が言った。

「お願いします」と僕は言った。

「わたしは五十五歳なのですが、わたしの次に年をとっているのは、北川雄一、四十八歳です。元は捜査二課にいました」と言った。

「次は横井寺生、三十六歳です。元サイバーテロ犯罪課にいました。コンピューターには強いですよ」と続けた。

「そして、村瀬幸広、三十歳です。彼は機動隊からの転属です。最後は、紅一点の杉山照美、二十六歳です。元は交通課です」と言い終えた。

「そうすると、私を入れて六人ですか」と僕は言った。

「そうなります」と沢村が言った。

 僕は声を張り上げて、「皆さん、今日からこの未解決事件捜査課に配属になった鏡京介です。よろしくお願いします」と言った。

 ばらばらと「よろしくお願いします」と言う声が返ってきた。

「ところで、私のデスクはどこですか」と沢村に訊いた。

「あそこです」とみんなが見渡せる位置にある奥のデスクを指さした。

 僕は沢村に「今は何かの捜査をしているんですか」と訊いた。

「いいえ、横井を除けば、皆、ここに来たばかりなので、まだ何もしていません」と言った。

「そうですか。では、私が指示をします」と言った。

「お願いします」と沢村は言った。

「みんな聞いてくれ。この未解決事件の山の中から、犯人の指紋かDNAが残されているものを選び出してくれ。見つけたら、私の元に持ってきてくれ。それじゃあ、始めてくれ」と言った。

 みんなは、棚に向かった。

 

 しばらくして、沢村が資料箱を持って、僕のデスクにやって来た。

「これはわたしが関わった事件なんですが、結局、お蔵入りになってしまいました」と言った。

「どんな事件なのですか」

「強盗殺人事件です」と沢村は言った。

「概要を話してもらえますか」と言った。

「事件は二〇**年五月十七日の深夜に起きました。五年前のことです。高知長崎町四丁目****の住宅地で起きた事件でした。犯人はガラス切りのようなもので、リビングルームのサッシ窓のガラスを切り、中の錠を外して侵入しています。その時に腕をガラスで切ったのでしょう。ガラスに犯人のものと思われる血痕が付着していました。一家は四人で、坂下夫婦は寝室でナイフで刺されていました。夫の伸司さんから刺されたのでしょう。奥さんの都子さんには抵抗の様子がありましたが、両方とも肺まで達する刺し傷があり、出血多量で亡くなっています。二階で眠っていた、長男の祐司君、中学二年生もナイフで心臓に達する傷を負って亡くなっています。その隣の部屋にいた妹の清美さん小学六年生も、同じくナイフを心臓に突き立てられて亡くなっています。その後、寝室を物色した形跡がありました。伸司さんと都子さんの財布の現金が抜き取られていました。化粧台とかデスク、箪笥の引出しも引き出されていましたから、財布に入っていたお金以外にもっと多額の現金が盗まれた可能性もあります」と言った。

「それで、どうしてお蔵入りになったんですか」と訊いた。

「最初は見知らぬ者の犯行説が強かったのですが、一家全員を殺害していることから、坂下さんに強い恨みを持つ者ではないかという説に変わってきたのです。それで、坂下夫婦と知り合いの人、全員の唾液からDNAを採取したのですが、該当者が出なかったのです。それで捜査は暗礁に乗り上げました」と沢村は答えた。

「犯人像のプロファイルはされたんですか」と訊いた。

「しました。三十代から四十代前半の男で、身長百七十五センチぐらい。ゲソ痕から足のサイズは三十センチというところまではわかっています」と答えた。

「そうですか」

「捜査本部が解散した後も、わたしは独自に捜査を続けましたが、犯人像すらわかりませんでした」と言った。

「犯行現場に行ってみませんか」と僕が言った。

「いいですよ。わたしの車で行きましょう」と沢村は言った。

 僕はデスクから立ち上がって、「これから沢村さんと出かける。みんなは資料をあたっているように」と言った。

「わかりました」という返事が返ってきた。

「じゃあ、行きましょう」と僕は言った。

 

 犯行現場である高知長崎町四丁目****までは、車で二十分ほどだった。

「ここです」と沢村は、その家の前に車を止めた。まだ、空き家のままだった。門の扉を開けて、敷地内に入った。

 沢村は先頭に立って、裏庭に回った。

「ここです。ここから中に入ったんです」とガラスが取り替えられていたサッシの窓を、沢村は指さした。

 僕は時を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「あやめ。何か感じるか」と訊いた。

「はい。読み取ってみます」と言った。

 しばらくして、映像が頭の中に流れ込んできた。

 坂下伸司の映像は、簡単なものだった。気付いた時には、目出し帽を被った男に胸を刺されていた。それだけだった。

 坂下都子は逃げ出そうとしたが、足首を掴まれ、引きずり出された。そして、正面を向いた時に、目出し帽の黒い服装をした男を見た。次の瞬間、胸にナイフが突き立てられた。

 長男の坂下祐司は眠ったまま殺されていた。妹の清美も同じだった。

 犯人の意識は伝わってこなかった。これでは、あやめを使った意味がないではないか、と思った。しかし、物盗りが犯行動機ではないことは分かった。一家を全員殺すことが目的だったのだ。財布などを物色したのは、物盗りに見せかけようとしたのに過ぎなかった、と思えた。

 時を動かした。

 沢村は資料から、犯行の経緯を説明していた。大体、今、見た映像と変わらなかった。

 もう一度、あやめからもらった映像を見直していた。すると、とんでもない見落としをしていたことに気がついた。

 黒子だった。右目のすぐ横に小さいが黒子があった。目出し帽を被っていても、その黒子は見えた。犯人は、右目のすぐ横に黒子がある男だった。

「関係者の写真付きの資料はありますか」と沢村に訊いた。

「これですが」と沢村は大きなファイルを渡した。

 僕はそれを広げた。右目の横に黒子のある者を捜した。しかし、写真が小さすぎてよく分からなかった。