小説「僕が、警察官ですか? 5」


 午後三時には、取調も終わった。後は取調調書を作成して、中里孝司に内容を確認させて、拇印を押させるだけだった。
 それは明日行う予定だった。その時には、綿棒を使った口腔内細胞の採取の結果も出ていることだろう。中里孝司に言い逃れる余地はなかった。
「それにしても課長は凄いですね。一発で中里孝司を犯人と見抜きましたよね。どうしてですか」と沢村は訊いた。
「警察官の勘だと言ったでしょう」と僕は答えた。
「前に西森から聞いたことがあるんです。連続絞殺事件の犯人を見つけ出したのも、鏡課長だと聞いていますよ。偶然じゃなかったんですね」と沢村は言った。
 僕は何も答えなかった。答えることができなかったのだ。

 午後五時になったので、未解決事件捜査課を出て、家に帰った。
 きくときくに抱っこされた京二郎が出迎えてくれた。
「ききょうと京一郎はプリントか」と訊くと、「ええ」と答えた。
 僕はダイニングルームに入り、テーブルに鞄から出した弁当と水筒を置いた。
 それから、寝室に入り着替えた。
「お風呂を焚きますね」ときくが言った。
「ああ」と応えた。
 中里孝司が落ちた瞬間がはっきりと分かった。五年間、未解決事件だったことが信じられないくらいにあっさりと解決した。
 僕がそう思っているくらいだから、沢村はもっとだろう。

 風呂から出た後は、ビールを飲んだ。
 ききょうと京一郎がプリントをきくのところに持ってきた。
「後で採点して返すからね」ときくは言った。
 二人とも「はーい」と答えた。
 プリントは寝室の化粧台に置いた。ダイニングルームからそれが見えた。
 ききょうと京一郎はどっちが風呂に先に入るかのじゃんけんをしていた。今日は、ききょうが負けたようだ。
 ききょうは僕の隣の席に座った。そして、「パパ、お注ぎしましょうか」とホステスのような口調で言った。
「ああ、そうしてくれ」と言ってコップを差し出した。
 ききょうは慣れない手つきでビールを注いだ。
「どこで、こんなことを覚えたんだ」と訊くと、「テレビに決まっているでしょう」とききょうは答えた。
「そうだ、ききょうは小学六年だよな。中学はどうするんだ。公立に行くのか、受験するのか」と訊いた。
「わたし、お医者さんになりたいの。だから、お医者さんの学校に沢山合格している学校に入りたいの」と言った。
「と言うことは中学受験を考えているのか」と僕は言った。
「できればそうしたい」とききょうは言った。
「きくはどう思っていんだ」と訊いた。
「本人に任せるしかないと思っています」と答えた。
「五月に三者面談があるの。そこで、秋桜中学受験を希望しているって言っていいかな」とききょうは言った。
「ききょうの好きにすればいい」と僕は答えた。
「それより、秋桜中学だっけ。そこに受かるぐらいの学力はあるのか」とききょうに訊いた。
「今のところはね」とききょうは答えた。
「そうか。自信があるんだ。だったら、受ければいい」と僕は言った。
「ありがとう」とききょうは言った。その後で、「もう、一杯、お注ぎしますか」と言った。
「いや、もういい」と僕は答えた。

 次の日、午前九時に未解決事件捜査課に行った。
 沢村がやって来て、「これが中里孝司の取調調書です」と言って、デスクに置いた。
 僕はそれを読み始めた。沢村は席に帰っていった。
 鑑識から電話がかかってきた。
 中里孝司の綿棒を使った口腔内細胞の採取結果が出たので、それを報告書にしたものを取りに来てくれ、という電話だった。
 僕は沢村に鑑識に報告書を取りに行くように言った。
 沢村は喜んで席を立った。

 沢村が戻ってきた時には、取調調書は読み終えていた。
「これでいい」と僕は沢村に言った。
 沢村が「これがDNAの結果報告書です」と言って、僕に渡した。
 僕はそれを開いて読んでみた。
 『99.9%一致』という文字が目に飛び込んできた。
「これで証拠も揃ったし、午前の取調で、中里孝司が署名すれば終わりですね」と沢村は言った。
 午前十時の取調はもうすぐだった。

 取調では、取調調書の内容を沢村が読み上げた。
「これに間違いはないか」と訊いた。
「間違いありません」と答えた。
「だったら、ここに署名をするんだ」と沢村はボールペンを渡して、中里孝司に言った。
 中里孝司は素直に署名した。
 その後で、中里孝司にDNAの結果報告書を見せて、「口腔内細胞の採取によれば、九十九.九%一致だったよ」と言った。
 中里孝司は何も答えなかった。
 これで中里孝司を送検するだけになった。

 お昼前に、未解決事件捜査課に沢村と僕が戻ってくると、「未解決事件捜査課始まって以来のスピード解決ですね」と北川が言った。
 北川は沢村や横井と同じように、前から未解決事件捜査課にいた者だった。
 村瀬幸広と杉山照美が今春から転属してきた者たちだった。
「今日は事件解決祝い会をしましょう」と北川が言った。
「いいですね」と皆から声が上がった。
「幹事は、若い村瀬君に頼むよ」と北川が村瀬に言った。
 村瀬は「まいったな」とは言ったが、すぐに「任せてください」と言い直した。
 僕はきくに携帯で電話をした。
「今日は、飲んで帰るから、夕食はいらない」と伝えた。