小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十九-2

 三度目の指笛が鳴ったのは、次の日の昼頃だった。
 今度は大勢だった。颯爽と先頭を切っていた頭領らしき人物を岩の上から、矢で狙い撃ちした。そして、次々に矢を放った。先頭が混乱しているうちに、僕は刀で馬上の盗賊の腹を刺していった。馬は当然、暴れ、手綱を切られた山賊は馬から落ちた。その山賊たちの腹を次々と刺していった。
 山賊たちはたまらず逃げ出した。しかし、背後には網が張られていた。だが、今度の山賊たちは数が多かった。遂には、その網も破って逃げ出した。
 山賊たちを逃がすわけには、いかなかった。僕は先回りをして、逃げてくる山賊たちを斬り捨てていった。下には逃げられないと知った山賊たちは、峠を越えて村に向かった。
 そこには、網を張っていた所から回ってきていた竹槍を構えている女衆がいた。だが、網に絡みついている山賊とはわけが違って、思う存分力の発揮できる山賊たちだった。そのまま、竹槍隊とぶつかれば、竹槍隊が蹴散らされるのは、目に見えていた。
 僕は何とか後ろから追いついて、山賊たちに「相手にするのはこっちだ」と怒鳴った。振り向いた山賊たちは、僕の方に向かってきた。まだ三十人近くいた。
「へへ、たった一人で何ができるってんだ」
 中の一人が言った。誰もがそう思っていた。
 最初に三人が斬りかかってきた。その三人を簡単に斬り捨てると、彼らの顔つきも変わってきた。
 近くにいた女が人質にされた。
「おい、それ以上刃向かうと、この女を殺すぞ」とその男は怒鳴った。
 しかし、怒鳴り終えると同時に、僕の投げた刀がその男の額を貫いていた。
 山賊たちは慎重に陣形を取り出した。そして、一斉に刀を振り上げてきた。僕は、がら空きの胴を円を描くように斬っていった。
 そして最後の一人を斬った時、僕は倒れ込んでいた。

 どこかの家に運ばれて、僕は寝ていた。
 目が覚めると「私はどうしていたんですか」と、側にいた若い女性に訊いた。
「ぐうぐう、眠っていましたよ」
「そうですか。あれから山賊はどうしました」
「あなた様が全部、お斬りになられたじゃありませんか」
「そこまでは覚えているんだが、その後、どうなりました」
「どうともなりませんよ」
「もう、山賊は来なかったのですか」
「そうです」
「でも、まだ来るんじゃあ」
「あの頭領は近隣の藩の村を襲っている山賊たちと言ったんですよね」
「そうです」
「それなら、これで終わりです」
「どうしてですか」
「山賊たちにも縄張があるし、近隣の藩で、すぐにこの村に向かえるのは三藩しかありません。そのすべてをやっつけたのだから、当分、此所には山賊は来ません。それに、山賊たちも馬鹿ではありません。自分たちがやられたという話も自然に伝わるものです。飛田衆にやられたという話が伝われば、手出ししようとは思わないでしょう」
「そうですか。今は何時ですか」
「もう夜です」
「そうですか。ご主人はいないのですか」
「鏡とかいう人に殺されました」
 僕はゴクリと唾を飲んだ。
「あなたはもの凄くお強いですね」
「…………」
「まるで、鏡とか言う人のように」
 振り向いた若い女は包丁を手にしていた。
「あなたが眠っている時、こうして何度も突こうかと思いました」
「どうしてそうしなかったんですか」
「できなかったのです」
「どうしてです」
「村を救ってくれたからです」
「そんなことで私怨が晴れますか」
「いいえ」
「では、何故」
「主人は命令により、あなたのお命を狙いました。あなたはそれを避けただけなのでしょう」
「それが理由ですか」
「あなたが悪い人ではないからです」
「でも、ご主人を殺した男ですよ」
「わかっています。わかっているから苦しいんです」
 僕は起き上がり、「他の家で寝ることにします」と言った。
「それなら、どこに行っても同じですよ。あなたがみんな殺したんだから」
 僕は座った。
「なるほど、そうでした。でも、私には殺す理由はなかった。殺されそうになったから、自衛のためやむなく殺したのです」
「わかっています」
 若い女は先程と同じことを言った。
「そんな命令を出した奴が悪いんです」と僕は言った。
「そうですね」と女は言った。
 僕は布団を被り、眠った。女に殺す気がないのは、分かっていた。