小説「真理の微笑」

十六
「今日は、午後二時頃だと思いますが採血があり、その後レントゲンを撮ります」
 そう看護師が言って、膳を持って出ていった。
 朝食が済んだ後に、車椅子が運ばれてきて、二人がかりで車椅子に座った。
 病室から出るのは初めてだった。車椅子に乗り、六階に降り、理髪店でしてもらうように、仰向けになって頭を洗面台に付け、看護師に頭を洗って貰っていた。この二ヶ月、洗髪をしていなかったから、気持ちが良かった。シトラスの匂いが漂っていた。
 病室に戻ると真理子が来ていた。
「さっぱりしたわね」
「ああ」
「会社に寄ってきたわ」
「そうか」
「昨日みたいに混乱していなかったわ。田中さん、張り切っていたわよ」
「…………」
「指揮官がいないと駄目ね。あなたには、早く治ってもらわなければ……」
 真理子は半身を起こしている私の後ろに回って、後ろから顔を近づけてキスをした。上下逆さまのキスをすると、前に回ってディープキスをした。
 私は包帯に巻かれた手を動かして真理子の腰を触った。くびれたラインが掌に残った。
 昼食が運ばれてきた。
 食べ終わるのを見届けた真理子は、「会社に寄ったらまた来るわね」と言って病室を出て行った。