小説「僕が、警察官ですか? 2」

二十七

 僕は呆然とする西森に言った。

「被疑者を任意同行するんですよね」

「そう聞いていますが。鏡警部もいたでしょう」
「ええ、分かっています。それで、これだけ詳細に話したのには、理由があるのです。私の警察官の勘というものを信じて欲しいという願いがあったのです」

「どういうことですか」

「被疑者を任意同行したら、事情聴取をしますよね」

「当然です」

「その場に立ち会わせていただきたいのです。もちろんミラー越しで構わないので」と言った。

「わたしの一存ではお答えできません。捜査一課長と管理官の承諾が必要かと思います」

「分かっています。だから、捜査一課長と管理官の承諾を是非、得てください」と僕は言った。

「言うだけは言ってみます」と西森は応えた。

 いつもは退署する時間を過ぎていた。

「では、私は帰ります」と言った。

「送りましょうか」と西森は言った。黒金署に帰るものと思っていたようだ。

「いや、結構です」

「そうですか。わたしは捜査本部の方に戻ります」と西森は言って、僕と一緒に会議室を出た。僕はエレベーターに向かったが、西森は階段に向かった。

 

 西新宿署を出ると、時計を見た。午後五時半を過ぎていた。携帯できくに電話をした。

「はい、あなた」ときくは言った。

「今、西新宿署を出たところだ。後三十分ほどで帰る」と言った。

「わかりました」と応えた。

 携帯を切ると、自宅まで歩いて帰った。

 帰る途中、西森から携帯に電話がかかってきた。

「芦田勇を任意で引っ張ってきたようです。これから事情聴取が始まります」と言うと切れた。

 そうか、ついに被疑者を捕まえたわけか、と呟いた。

 だが、被疑者を捕まえただけで、犯人と断定できたわけではなかった。自白と証拠がいる。それが揃ったところで、犯人と断定できるのだ。

 この事件は、裁判員裁判になるだろう。裁判員に印象づけるような証拠が必要だった。

 家に戻ると、きくとききょうと京一郎が出迎えてくれた。僕はこうして癒やされるのだ。

 

 次の日、僕は鞄に愛妻弁当と水筒の他にひょうたんを入れると、家を出た。

 定時に、安全防犯対策課に入って行くと、緑川が来て、「昨日は課長が退署した後は別に変わったことはありませんでした」と報告した。

「そうか、分かった」と僕が言うと、緑川は席に戻っていった。

 西森に携帯をかけた。

「今、忙しいんですけれど、何ですか」と言った。

「今日も、芦田勇の事情聴取をするんでしょう」と訊いた。

「十時から始めます」と答えた。

「私も立ち合いたい」と言うと、「あなたには関係がないでしょう」と言うので、「昨日はそちらの事情聴取に応じましたけれど……」と言った。

「とにかく関係者以外は立ち会えません」と言った。

「とにかく、そちらに行きます。直接、捜査一課長と管理官に談判しますよ。それならいいでしょう」と言って切った。

 僕は鞄を持つと、緑川を呼んで「これから西新宿署に行ってくる。後を頼む」と言った。

「またですか」と緑川は言ったが、「頼む」と言うと「はい」と答えた。

 僕は安全防犯対策課を出ると、署の前に止まっている覆面パトカーの近くにいた巡査に「これから西新宿署まで送ってくれないか」と言った。

 巡査は「ちょっとお待ちください」と言って、署内に入ってしばらくすると出て来た。

「はい、お送りします。車にお乗りください」と言った。

 僕は鞄を持って、助手席に座ると、シートベルトをした。覆面パトカーは動き出した。西新宿署までは十分ほどだった。そこで降りると、「ありがとう」と言って覆面パトカーを帰した。

 僕は西新宿署に入って行き、エレベーターの前に立った。

 何人かが並んだ。エレベーターに入ると、八階のボタンを押した。

 八階で降りると、捜査本部のある大会議場に向かった。

 中に入ると、本部席に向かった。

 捜査一課長と管理官が座っていた。

 僕は「おはようございます」と二人に挨拶をした。二人も返してきた。

「今日は何ですか」と捜査一課長が訊いた。

「芦田勇の事情聴取があるそうですね」と訊き返した。

「それをどこから」と捜査一課長は訊いた。

「情報源は秘密です。どうなんですか」と言った。

「もうすぐ、始まりますよ」と答えた。

「私を同席させていただきたい」と言った。

「それはできません」と捜査一課長は言った。

「ミラー越しでもいいのです。どうしても被疑者に会う必要があるのです」と言った。

 捜査一課長は考えていたようで、管理官の意見を求めた。

「じゃあ、ミラー越しということで」と捜査一課長は言った。

「ありがとうございます」と僕は頭を下げた。

 鞄からひょうたんを出して、ズボンのポケットに入れた。

 捜査一課長が刑事を呼んで、何かを言った。

 その刑事が来て、「わたしに付いて来てください」と言うので、鞄を近くの椅子に置いて、彼の後を付いていった。

 階段で一階下に下りると、ある扉の前に立ち、「こちらです」と言った。僕が中に入ると、何人かがすでにいた。

 マジックミラー越しに向こうの部屋が見えた。

 こちら側に聴取をする刑事が座っているのだろう。その頭だけが見えた。向こう側にいるのが被疑者、芦田勇なのだろう。

 事情聴取はこれから始まるところだった。