二十二
金生閣に入ると、旅館の者がお辞儀をしてすぐに寄ってきた。
名前を言うと「鏡様ですね。菊の間にお連れします」と言った。
菊の間と聞いて、僕はきくと顔を見合わせて笑った。
旅館の者が「何でございましょうか」と言うので、僕は「いや、何でもない」と言った。
菊の間は、座敷が二つあり、奥の座敷にはテーブルが置かれていた。
預けておいた荷物は、部屋に運ばれていた。
テーブルに近寄っていくと、お茶の用意と、お菓子が置かれていた。
「お食事はいつお持ちしましょうか」と訊くので、時計を見た。午後六時半くらいだった。これから、風呂に入ろうと思っていたので、「そうだな、八時に用意してもらおうか」と言った。
「わかりました。八時ですね。風呂場は一階にあります。ここを出て、左に曲がると階段がございますから、そこを下りると、矢印で風呂場がわかると思います。バスタオルなどは風呂場に用意してございますから、そのままおいでください。それから、お風呂に行くときは、貴重品はこちらのセーフティボックスに入れて、鍵は持って行ってください」と言って、旅館の者は出て行った。
お茶をきくに注いでもらい、飲むと、「じゃあ、風呂に行くか」と言った。
財布などをセーフティボックスに入れると、鍵は僕が持った。
着替えを持って、廊下に出て階段を下りていった。階段を下りると、すぐに矢印で風呂場の方向が記されていた。そちらに向かった。
風呂場に着くと、当然のことだったが、女湯と男湯に分かれていた。ききょうはきくに任せて、僕は京一郎と男湯の暖簾をくぐった。
歯ブラシと安全剃刀とタオルにバスタオル、そして浴衣が備えられていた。それらを順番に取ると、上から二段目の籠に入れた。
それから、京一郎の歯ブラシとタオルにバスタオル、浴衣を取ると、隣の籠に入れた。京一郎でも手は届くところに籠はあった。
僕は半袖シャツと肌着を脱いだ。それから、ジャケットのポケットから移したひょうたんをポケットに入れたジーパンを脱いだ。ジャケットは部屋の洋服箪笥に掛けてあった。
トランクスを脱ぐと、歯ブラシと安全剃刀とタオルを持ち、京一郎の準備ができるのを待って、風呂場に入っていった。
風呂は気持ちよかった。ガラス戸の外に露天風呂もあった。躰が暖まったので、露天風呂の方に行った。
山肌に月が浮かんでいた。月は時間を超越していた。当然のように、江戸までの旅が思い出された(「僕が、剣道ですか? 5」参照)。
京一郎が隣に来て、「今日は楽しかったね」と言った。
「そうだな」と応えると、「明日はどこに行くの」と訊いてきた。
「明日は公園だ」と言うと「やったー」と京一郎は喜んだ。
露天風呂から出ると、全身シャワーを浴びて、躰をタオルで拭くと脱衣所に向かった。京一郎は少し遅れてやってきた。
籠からバスタオルを取ると、さらに全身を拭いた。京一郎が拭いているところも、それとなく見ていた。
躰を拭き終えると、ヘアトニックを取って頭に振りかけた。だが、その隣にあるヘアリキッドには触れなかった。ヘアリキッドは髪を整えるときに使うものだったからだ。
使った歯ブラシと安全剃刀をゴミ箱に捨てると、新しいトランクスを穿いた。
そして浴衣を着た。この時も江戸への旅を思い出した。
帯を締めると、使ったタオルやバスタオルは回収籠に入れた。京一郎が同じようにするのを待った。
そして、着ていたトランクス、肌着や半袖シャツやジーパンを持って、脱衣所を出ると、京一郎と一緒に部屋に戻っていった。
まだ、きくとききょうは戻っていなかった。京一郎は携帯を取り出して、ゲームをしていた。
僕は窓辺に寄って、外を見ていた。
そのうち、料理が運ばれて来た。その時、きくとききょうが戻ってきた。
「遅れて済みませんでした」ときくが言うので、「今、夕食が運ばれて来たところだ」ときくに言った。
子どもたちは、すぐに料理の方に目を奪われた。
沢山の料理が、二つ連ねた座卓の上に並んだ。
「すごーい」とききょうが言った。
「どれから食べようかな」と京一郎が言った。
「いただきます、が先でしょう」ときくが言った。
僕らが座り、箸を取ると、皆で、「いただきます」と言った。
言うやいなや、京一郎は卵焼きに箸を付けた。
「美味しい」と言った。
「ママが作るのと、どっちが美味しい」ときくは少し意地悪な質問をした。京一郎は少し考えてから、「ママの方が美味しい」と言った。京一郎は世渡り上手だ、と思った。
この後に、きりたんぽ鍋が出た。鍋の具材は旅館の人によって鍋に入れられた。鍋が一煮立ちしたら、比内鶏の肉を入れて、煮立ったところで、白滝と牛蒡が入り、それに火が通ったところで、半分に切ったきりたんぽとネギと舞茸が入れられた。最後に水菜を入れた。
そして煮立ったら、旅館の人が、取り皿にきりたんぽを取ってくれた。ききょうも京一郎も初めて食べるきりたんぽを口にした。そして、揃って「美味しい」と言った。
食事が終わると、布団が敷かれた。
子どもたちはふわふわの布団上を走って遊んだ。ききょうと京一郎は枕投げもした。
午後十時を過ぎた頃には、ききょうと京一郎は眠った。
僕が布団に入ると、きくが隣に入ってきた。
「ねっ」ときくは僕を見上げた。僕は浴衣をはだけて、きくの乳房を掴んだ。
次の日は、午前七時に目が覚めた。
すぐに朝風呂に入りに行った。京一郎は連れて行かなかった。一人で入りたかったのだ。 風呂で歯を磨き、髭も剃った。
午前八時になると、布団が畳まれた。
午前八時半に朝食が出て来た。
子どもたちは、目玉焼きにハンバーグのパン食だった。
僕ときくは和食だった。おひつのご飯が余った。きくは、それをラップで包んで握り、真ん中に漬物を入れた。それを二つ作ると用意してきていたタッパーに入れた。そういえば、来る時もそのタッパーにおにぎりを作って持ってきたのだった。
タッパーを冷蔵庫に入れた時に、朝食を片づける旅館の者が来た。
きくは帰る支度をしていた。
僕はジーパンの中のひょうたんに、今日も頑張ってくれよ、と心の中で声を掛けた。
「はい」というあやめの声が聞こえた気がした。
午前九時半頃にチェックアウトをすると、金生閣が用意したマイクロバスに乗り込んだ。僕らが最初だった。一番後ろの席に並んで座った。それからほどなくして全員が乗り込むと、バスは走り出した。
午前十時に男鹿駅に着いた。バスから降りると、男鹿駅に入っていった。午前十時十分になると改札が始まった。電車は駅に入ってきていた。その電車に乗って待っていると、ベルが鳴って走り出した。これから一時間後には秋田駅に着く。それまで僕は眠った。子どもたちは外の景色を見ていた。
午前十一時十九分に秋田駅に着くと電車を降りて、駅前のレンタカー店で車を借りることにした。
セダンだった。助手席には、京一郎が座った。自分の車ではなかったので、慎重に運転をした。
カーナビに、南秋田市の万秋公園と入力した。地図が示された。カーナビの指示に従って、運転していった。四十分ほどで万秋公園に着いた。
公園の駐車場に車を止めると、お昼を食べに行く前に、きくが作ったおにぎりをタッパーから出してもらって食べた。二個のおにぎりが簡単にお腹におさまった。
正午を少し過ぎた頃だった。自販機でお茶を買うと、それを飲んだ。きくは僕が飲み残したものを飲んだ。
「どこかでお昼にすれば良かったな」と言うと、きくは「まだお腹は空いていないわ。ここで遊んでからでも、良くない」と言った。
「一時間ほど時間がかかるけれどいいか」と訊くと、「それぐらいが丁度いいわ」と答えた。
子どもたちは手を離すと走り出していた。きくはその後を追っていった。
僕は犯行現場に向かった。ジーパンのポケットには、ひょうたんが入っていた。
犯行現場は通路のすぐ近くだった。被害者は、中島明子、二十八歳。OLだった。南秋田駅で電車を降り、それから十五分ほどのこの公園を通って、家に帰るところだった。家までは三十五分ほどかかった。この公園を迂回すれば、七分から十分ほど多く時間がかかる。だから、この公園を通ったのだろう。街灯は通路にはあったが、その他には見当たらなかった。バスに乗れば楽だろうが、バスは一時間に二本だけだった。
犯行現場のすぐ近くから林になっていた。深い林だった。
ひょうたんを叩いた。
「今、霊気を読み取っているところです」と言った。
「そうか、待っている」と答えた。