小説「僕が、警察官ですか? 5」

十六

 これで、まだ未解決事件を解決していないのは、横井寺生だけになった。

「横井、何かあるか」と訊くと、彼は机から立ち上がってファイルを持ってきた。

「これなんかどうですか」と言って、開いて見せたのは、六年前に黒金町で起きた、一家四人の惨殺事件だった。

 それは黒金署がまだ継続捜査している事案だった。西新宿署の管轄ではなかった。

「こんなファイルどこから持ってきたんだ」

「黒金署の友人から借りたんです」

「管轄が違うだろう」

「そうなんですけれど、興味があったんで」

「返してこい」

「同じ警察でしょ。向こうには、未解決事件捜査課なんてないんです。継続捜査と言っても名ばかりで何もしてませんよ。手伝ってもいいんじゃあ、ありませんか」と言った。

「貸してみろ」と言って、僕は中身を読んだ。

 事件は六年前の六月**日に、黒金町福山一丁目**番地****で、一家四人惨殺事件が起きていた。殺害されたのは、向山徹四十二歳、俊子三十六歳、長男浩太郎十四歳、次男浩二郎十二歳だった。犯人は殺害後も同所に留まり、冷蔵庫の中のものを飲み食いした跡があった。殺害方法は鋭利なナイフと包丁で、一階に寝ていた向山徹と俊子をまず刺し殺した後、二階に向かい、浩太郎と浩二郎を刺し殺したものと思われた。ナイフには、犯人の血も混じっており、また冷蔵庫の中の飲み食いしたもののうちから唾液を採取して、DNAは判明している。しかし、関係者全員のDNAと較べた結果、一致するものがなかった、という事件であった。犯人が残した手がかりはDNAだけでなく、ナイフや包丁に付いた指紋もあって、当然、指紋照合が行われ、当初は簡単に犯人が捕まるものと思われたが、未だに容疑者すら浮かんでこない状態だった。

 僕は一読して、難しい事件だなと思った。

 犯人はあまたの手がかりを残している。にもかかわらず、捜査は難航している。こういう事件がやっかいなのだ。

 やっかいなだけに面白い事件だった。ただ、他人の庭を荒らすみたいで、気が引けたのだ。この事件は明らかに黒金署のものだった。

「確かに面白そうだが、黒金署の案件だ。この所轄のものを選べ」と僕は言った。

「そうですか。わかりました」と横井は言って、ファイルを手にした。そして、自分の席に戻っていった。

 だが、気になった。黒金町福山一丁目**番地****に行ってみたくてしょうがなくなった。

「ちょっと出てくる」と沢村に言って、未解決事件捜査課から出た。

 西新宿署の前で、タクシーを捕まえると、「黒金町福山一丁目**番地****に行ってくれ」と言っていた。もちろん、ズボンのポケットにはひょうたんを入れてきた。十分ほどで着いた。千円ちょっとだった。

 黒金町福山一丁目**番地****に建っている家は売出し中だったが、事故物件を買う者はそうそういないだろう。

 家の前に立ち、ひょうたんを叩いた。

「あやめ、この家に霊気を感じるか」と訊いた。

「もの凄く感じます」と応えた。

「だったら、それを読み取ってきてくれ」と言った。

「はーい」と言う声がして、あやめは家の中に入っていった。

 周りは住宅街で、僕は通りに立っていた。いつまでも、そこにいるのも変だし、かといって離れるわけにもいかず、あやめが帰ってくるのが待ち遠しかった。

 遠くから警官が二人してやってくるのが分かった。逃げるわけにもいかず、そのまま警官が来るのを待った。

 警官が近くまで来ると、一人が「あなたはここで何をしているんですか」と訊いた。

「ちょっとこの家を見ていただけですよ」と僕は応えた。

「身分証のようなものをお持ちですか」と訊くので、警察手帳を見せた。すると、もう一人が「あっ、あなたは鏡警部じゃありませんか。昔、うちにいましたよね」と言った。

「安全防犯対策課ですが」と応えると、「あっ、そうそう。鏡警部のために作られた課でしたよね」と言った。

「今はどうなっています」と訊くと、「ありません。鏡警部のために作られた課ですから」と答えた。

「そうですか」と僕は少し寂しい気持ちがした。

 彼が「鏡警部は今は確か西新宿署に行っていますよね。そんな人がここで何をしているんですか」と訊いた。

「ちょっと確認しに来ただけです。かまわないでください」と言った。

「わかりました」と言って、二人は去って行った。

 それからしばらくしてだった、あやめがひょうたんに戻り、振動が来たのは。

「遅かったな。随分と待たされたぞ」

「済みません。いろいろな霊気が漂っていたものですから」と珍しく言い訳をした。

「もう、いいのか」

「大丈夫です。全部、読み取ってきましたから」と言った。

「そうか。じゃあ、帰るぞ」と僕は大通りに向かって歩き出した。タクシーを捕まえるためだった。