小説「僕が、警察官ですか? 4」

   僕が、警察官ですか? 4

                                                   麻土 翔

 

 十月になった。

 安全防犯対策課は暇だった。僕は毎日、あやめの入っているひょうたんを持ち歩くようになった。あやめの能力が便利だったからだ。

 月曜日の剣道の稽古の後に、西新宿署捜査一課一係の刑事である西森幸司郎から、西新宿署に未解決事件捜査課が設けられたことを知った。二〇一〇年の殺人など凶悪犯罪の公訴時効の廃止を受けてのものだが、その当時は捜査一課に未解決事件捜査係を作って、そこが担当していた。そこから昇格したそうで、大規模警察署では遅かったくらいだった。

 未解決事件捜査課は、殺人など凶悪犯罪事件だけを扱っているのではなく、文字通り未解決事件全般を扱っている。

 実は僕にも西新宿署の未解決事件捜査課の課長にならないかという打診があった。でも、断った。その話はそれっきりで、西新宿署の未解決事件捜査課がどうなったかは、西森に聞くまで知らなかった。

 西森から、西新宿署に未解決事件捜査課が設けられたことを聞いた時、僕には気にしていた事件があった。それは千人町交番所長をやっていた時に、解決できなかった事件だった。

 その事件というのは、NPC田端食品が販売している「飲めば頭すっきり」というドリンクに誰がどういう手段で、覚醒剤を混入したかは結局分からずじまいになったものだった。ただ、ある程度までは分かっていたのだ。

 同製品に覚醒剤の混入が分かっているのは、その製品が出荷される三日前に製造した品川工場のあるロットだけだということが判明した。そこから、混入可能な者のリストが作られたのだ。生産ラインには、五百数十名がついていたが、実際に混入可能だったと思われた者は、最終的に三十六名にまで絞られていた。しかし、その中の誰が混入したのかは、結局、突き止めることができなかった。

 その三十六名は、当然全員事情聴取を受けたが、その現場に僕がいて、あやめにその人たちの頭の中を読み取らせれば、誰が犯人なのかは分かったはずなのだ。だが、当時、品川工場を調べていたのは品川署で、そこには僕の知り合いはいなかった。

 ところが、混入可能者のリストが西新宿署にあることを最近知ったのだった。そして、その事件が西新宿署の未解決事件捜査課に眠っていることを知ったのも、同じ時だった。その事件が、品川署ではなく西新宿署の未解決事件捜査課で扱うことになったのは、NPC田端食品株式会社の本社が新宿区にあったからだ。

 これらの情報は、西森から聞いたものだった。

 

「それで、どうするつもりなんですか」と西森が言った。

「さぁ、まだ考えていません。当たって砕けろです」と僕は言った。

 

 次の日、午前九時に出署して安全防犯対策課に行くと、緑川に「ちょっと、西新宿署まで行ってくる」と言って出かけた。

 西新宿署の未解決事件捜査課は地下一階にあった。道場があるのと同じフロアだった。どうして、未解決事件捜査課がそこにあるのかというと、事件ファイルが地下に貯蔵されているためだった。膨大にあるファイルを収めた棚の奥に、その一室はあった。

 僕がドアをノックすると、「どうぞ」と言う声が聞こえてきた。年季の入った男性の声だった。

 僕は部屋の中に入り、「あのう、課長さんにお目にかかりたいんですが」と言った。

 すると、どうぞと言った人が「わたしが課長の高梨真一です」と言った。

 他の者は、デスクに座って、資料を読んでいた。課長だけが、ゆっくりとお茶を飲んでいた。机の上にはファイルらしきものはなかった。

「それで、どんな用事ですか」と高梨は訊いた。僕は「二〇**年**月に起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件を調べに来たんです。ここに資料があると聞いたものですから」と言った。

「そうですか。凶悪事件ではないんですね」と高梨は少しがっかりしたように言った。

「ええ、殺人などのような事件ではありません」と僕は言った。

 高梨は「横井、この人が知りたい事件の資料を探してやってくれ」と言った。

「で、あなたはどこの課の人ですか」と高梨が訊いた。

「あの、私、この署の者ではないんです。黒金署の安全防犯対策課の鏡と言います」と言って、警察手帳を見せた。

「ほう、黒金署の安全防犯対策課の人が何故ここに」と高梨は訊いた。

「前に関わっていた事件の資料がここにあると聞いたものですから、見せていただきたいと思いまして来ました」と答えた。

「まあ、資料を見るだけならどうぞ。持出しは駄目ですよ」と高梨は言った。

 横井という三十代ぐらいの男性は、気怠そうにやって来て、「何年何月ですか」と訊いた。

「二〇**年**月です」と答えた。

 資料箱が並んでいる棚を巡って、「この辺だな」と横井が言った。

「事件名は」と訊いた。

「事件名は分かりませんが、NPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件です」と答えた。

NPC田端食品、「飲めば頭すっきり」、覚醒剤……」と言いながら、その年月の事件の資料箱を横井は見ていった。

「あっ、これだ」と言って、脚立を持ってきて、一つの箱を上の方の棚から下ろした。

 箱には、「NPC田端食品株式会社「飲めば頭すっきり」ドリンク覚醒剤混入事件」と書かれていた。

 僕はそれを受け取り、「これをどうすればいいんですか」と横井に訊いた。

「隅のデスクで読んでください。終わったら、声をかけてください。元のところに戻しておきますから」と言った。

 何とも覇気のない課だった。

 僕は言われた隅にあるデスクに、その資料箱を持って行き、椅子に座った。箱を開けると、幾つものファイルが入っていた。

 まず、関係者リストというファイルを取り出して中を見た。関係者と思われる名前がずらりと並んでいた。一ページに二十名の名前と年齢と住所が記載されていて、それが三十ページほどあった。取りあえず、全部のページを携帯で写真に撮った。

 でも、一番見たかったのは、三十六名に絞られた者の事情聴取のことが書かれたファイルだった。