小説「僕が、警察官ですか? 4」

十三

 高台宗男は椅子にどっしりと座っていた。

 僕はデスクの前に進んで、警察手帳を見せた。

「警察の方が何の用ですか」と高台は言った。

「私の家にお宅の従業員がし尿をまき散らそうとしたので、注意しに来たんですよ」と言った。

 ここで時間を止めた。

 ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「あやめ。奴の頭の中を読み取れ」と言った。

「はーい」とあやめは言った。

 すぐに「読み取りました」と言って戻ってきた。

 高台の意識が流れ込んできた。

『こんな所にまで警察が来るなんて早過ぎやしないか。さっき、わたしの家に……と言ったな。すると、こいつは鏡京介なのか。島村勇二さんにやってくれって頼まれたから、仕方なく引き受けたが、割に合わないぜ』

 時間を動かした。

「お宅にし尿をまき散らすなんてこと指示した覚えはないんですけれどね」と高台は言った。

「そうですか。島村勇二に言われてやったことじゃないんですか」と言った。

「し、島村勇二って誰ですか」と高台は言った。

「よくご存じのはずじゃないですか」

 時を止めた。

 あやめから次の意識が流れてきた。その時に高台宗男の住まいも知った。

『こいつ、なんで島村さんのことを知っているんだ。何者なんだ、こいつは』

 時を動かした。

「関友会のお仲間ですよね。島村勇二に頼まれれば、嫌とは言えませんものね」と僕は言った。

「何を言っているんだ。関友会なんて知らないぞ」と高台は言った。

「警察を嘗めてもらっては困りますよ。こちらが関友会の息のかかった会社であることは分かっていますから」と言った。

「どんな情報かは知らないが、うちは堅気で仕事をしているんだ。とやかく言われる筋合いはない」と高台は言った。

「そうですか。うちにし尿をまき散らしに来てもですか」と言った。

「だから、そんなことを命じた覚えはない」

「そうですか。うちにし尿をまき散らしに来たお二人は大変な怪我をされましたよね。天罰でしょうかね」と僕は言った。

「あれは、お前がやったのか」と高台は言った。

 僕は笑った。

「僕にできるわけがないじゃないですか。黒金署にいたんですから」と言った。

「でもね、あの程度で今回は済みましたが、二度目はないですよ」と続けた。

「警察が脅す気か」と高台は言った。声が震えていた。

「脅しているんじゃありませんよ。同じことをしたら、今度はわっぱをかけると言っているんですよ」と僕は言った。

「…………」

「もう一度、言っておきますよ。二度目はありませんよ」と念を押した。これで高台が同じことをしないことは顔を見ていればよく分かった。

 時間を止めた。

「あやめ。こいつの意識を流してくれ」と言った。

「今、流します」と言った。

 すぐに意識は流れてきた。

『どうやったかは知らないが、尾藤昭夫と長瀬清彦をやったのはこいつだ。この目は真剣だ。二度目はないと言っているのは、次に俺が何かをしたら、俺をどうにかするつもりなんだな。そんなのはご免だ。いくら島村勇二さんの頼みでも、こっちの命を危険にさらすことはできない』

 時間を動かした。

「これで帰ります。今、あなたが思っているように、いくら島村勇二の頼みでも聞けないことはあるんですよ」と言った。

 僕は高台宗男に背を向けて、エレベーターに向かった。ボタンを押した。背後で高台が椅子からずり落ちそうになっている音がした。それほど緊張していたのだろう。

 エレベーターのドアが開いた。僕はエレベータに乗り、振り向いた。高台宗男ににっこりと笑いかけて、ドアが閉まった。

 

 お昼になっていた。

 ここに来る途中で見かけた公園に向かった。

 公園に入るとベンチに座った。鞄から愛妻弁当と水筒を出した。

 弁当を食べながら、思った。島村勇二は相当追い込まれている。今後も何かしてくる可能性が高い。奴にとっては、僕は目の上の瘤なんだろうな、と思った。

 

 弁当を食べ終えると、黒金署の安全防犯対策課に戻った。

 そこに品川署の岸田信子から電話がかかってきた。

「はい、鏡京介です」と言った。

「岸田です。今日、島村勇二に任意同行を求めたところ拒絶されました。その後、島村勇二を見張っていたんですが、まかれました。車に乗ってどこかに行ったまま帰ってきません」と言った。

「高橋丈治の方はどうですか」と言った。

「あれっきり、何もしゃべりません。でも、自白しているので、轢き逃げ殺人で送検できそうです」

「そうですか。ありがとうございました」と言った。

「では、これで失礼します」と岸田が言って電話は切れた。

 

 島村勇二は逃げているのか。逃げながら、僕に打撃を喰らわそうとしているんだな。島村勇二自身が逃げ出さなければならない原因を作ったのは、僕だと知っているからだろう。

 

 そう考えていると、緑川が書類の束を持ってきた。

「これに判をお願いします」と言って戻っていった。

 最初の書類は、防犯安全キャンペーンのキャラクター募集の件だった。

 来春からは、年末までに募集したキャラクターの中で採用されたものを使って、各種キャンペーンを行ったり、防犯グッズを作るようだった。今まで、キャラクターがなかったのが、不思議なくらいだった。募集期間が短いのが、気になったが、僕は判を押して、済みの箱にその書類を入れた。

 午後は書類に判を押す仕事だけで終わってしまった。

 

 午後五時になったので、剣道の道具と鞄を持って、安全防犯対策課を出た。そして、西新宿署に向かった。

 西新宿署の更衣室で剣道着に着替えると、竹刀ケースから一本竹刀を出して、後はロッカーにしまい、道場に向かった。

 道場では西森が稽古をしていた。僕が行くと、「じゃあ、始めますか」と言った。

 今日は試合形式ではなく、普通の打合いの稽古をした。三十分も打ち合うとびっしょりと汗が出た。

「これくらいにしませんか」と西森が言うので「いいでしょう」と僕も応えた。

 

 シャワーを浴びて着替えると、剣道の道具と鞄を持って、ラウンジに西森と上がって行った。

「午前中は大変でしたね」と西森は言った。

「どうして知っているんですか」と僕は訊いた。

「交通課の重森っていう奴から聞きました。バキュームカーが道路を塞いでいるっていうんで大変だったらしいですよ。それも鏡邸の前でね」と西森は言った。

「そうらしいですね」

「あれ、家に戻られたんじゃないんですか」と西森は言った。

「いいえ」

「そうですか。運転手と助手がひどい怪我を負ったそうなんですよ。てっきり、行かれたのかと思いましたよ」

「そんなわけないじゃないですか」

「そうですよね。警察官ですからね」

「当然です」と僕は言った。

「品川署からも一つ面白い話を聞きましたよ」

「何ですか、それは」

「凉城恵子を轢き逃げした犯人を見つけたそうじゃないですか」と西森は言った。

「どこでそんな話を聞いたんですか」と僕は言った。

「いろいろと知合いはいるんですよ」と西森は言った。

「そうですか」

「島村勇二が絡んでいるらしいですね」と西森は言った。

「そこまで知っているんですか」

「ええ。知合いはおしゃべりなんですよ。それはさておき、相手が島村勇二だとなると気をつけた方がいいですよ」と西森は言った。

「それはどういうことですか」と僕は訊いた。

「島村勇二は関友会でも武闘派の首領格なんですよ。自分に刃向かう奴は容赦しない、というタイプです。たとえ、相手が警察官だとしても」と西森は言った。

「そうですか」

「今日のバキュームカー騒ぎは、島村勇二にすれば、ほんの挨拶程度かも知れません。気をつけてくださいよ」と西森は言った。

「肝に銘じておきますよ」と僕は言った。

 その時、ふと思いついて、西森に訊いてみた。

「島村勇二の自宅がどこにあるか知っていますか」

「ええ」

「どこですか」

「世田谷区****です。そんなことを訊いてどうするんですか」

「いや、ちょっと興味が湧いたものですから」と言った。