小説「僕が、警察官ですか? 4」

十二

 駅に向かって歩きながら、あやめと話した。

「考えてみれば、あやめがやったことは刑事が尋問をしていて、犯人を落とすときと同じことだな。それを直接、意識の中でやるから、効果はてきめんだったんだ」と言った。

「そうですよ。わたしだけでなく、主様もやっているじゃないですか」

「そうかな。覚えはないんだが」

「今日だって、主様が相手を追い詰めていったではありませんか。だから、相手も自供したんですよ」

「そうだったかな」

「そうですよ」

「まぁ、そういうことにしておこう」

 

 電車が来たので乗った。品川、新橋、赤坂見附と乗換えを三回して、四谷三丁目駅で降りた。

 きくに携帯で電話をした。

「今、四谷三丁目にいるんだけれど、何か買っていった方がいい物があるか」と訊いた。

「明日は、お父さんとお母さんと食事をするでしょう。鍋にしようと思っているんですけれど、すき焼きはどうですか。野菜はあるので、お肉と卵を買ってきてくれますか」と言った。

「分かった。買っていく」と答えた。

 僕は駅のそばのスーパーに入って、すき焼き用の牛肉を一.五キロ買った。六人だから、二百五十グラムずつの計算だった。それと卵を買って、スーパーを出た。家までは十分ほどだった。

 

 家に帰り着くと、何だかぐったりとしてきた。スウェットに着替えると、ベッドに倒れ込んだ。そのまま一時間ほど眠った。

 起きると午後五時を過ぎていた。

 少し早かったが、風呂に入った。

 高橋丈治がしゃべったから、島村勇二まで辿り着けるだろう。だが、NPC田端食品の「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤を混入した事件の絵図を描いた者は、島村勇二ではないだろう。彼は言わば、実動部隊で、その上に作戦を立てた者がいるはずだった。そこまで来れば、二〇**年**月、起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入され、そのために何件かの事故が起きた事件を今扱っているのは、西新宿署の未解決事件捜査課だから、僕にも活躍できる場面があるかも知れなかった。

 その前に、島村勇二の方が先決だった。

 島村勇二を任意同行できて、事情聴取の現場に立ち会えたのなら、あやめを使って、この事件の絵図を描いた者が誰かを知ることができるかも知れないが、島村勇二は簡単には任意同行には応じないだろう。となると別件で逮捕して、今回の轢き逃げ事件を指図したことを自白させなければならない。

 そこまで、品川署がやれるだろうか。かなり、怪しかった。

 

 風呂から出て、ビールを飲んだ。

 ききょうと京一郎が部屋から出て来て、プリントを持って来た。

 きくはそれを受け取って「よく頑張ったわね。後で見て返すからね」と言った。

「順番にお風呂に入ってきなさい」と続けた。

 二人は、じゃんけんをして風呂に入る順番を決めていた。じゃんけんは京一郎の方が勝った。

「じゃあ、僕から入るからね」と京一郎は言った。

 ききょうは「また、負けちゃった」と言っていた。

 きくは、プリントを寝室の化粧台の上に置きに行った。

 僕はあぶったイカを裂いたものを肴にビールを飲んだ。

 

 日曜日は僕は昼まで眠った。

 子どもたちは近くの公園に遊びに行っていた。

 夕食は、四階のダイニングルームで父母と一緒にすき焼きをした。一.五キロ買ってきた肉があっという間になくなった。

 子どもたちは肉に目がなかった。

 

 月曜日になった。

 剣道の道具を持って、家を出た。

 黒金署の安全防犯対策課に着くと、すぐに家から電話がかかってきた。

 きくからだった。

「家の前に変な形の大きな車が止まっているんです」と言った。

 僕は時間を止めた。

 誰も僕に注目していなかった。

 僕は剣道の竹刀ケースを持って、安全防犯対策課を出て、家に戻った。

 家の前には、バキュームカーが止まっていた。

 一人は運転席にいて、一人は降りて、バキュームカーのホースを解こうとしていた。

 こんな所にバキュームカーが来るはずがなかった。だから、僕の家に、糞尿をまき散らそうとしていたのは、明らかだった。

 僕は竹刀ケースから定国を取り出した。そして、まずバキュームカーの外にいる奴の両腕、両足を定国で峰打ちにして、その骨を折った。時間が止まっているから、男は倒れなかった。

 今度は、運転している奴を引きずり出して、やはり、定国でその両腕、両足の骨を折った。それから、担ぎ上げて元の運転台に戻した。

 運転席のドアを閉めると、僕は定国を竹刀ケースにしまった。

 そして、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「こいつらの頭の中を読み取れ」とあやめに言った。

「わかりました」

 しばらくして、映像が流れてきた。

 二人は、尾藤昭夫と長瀬清彦だった。どちらも関友会の構成員だった。関友会の息のかかっている、墨田区****にある、し尿処理業者の高台清掃業有限会社の高台宗男から指示を受けて、し尿を鏡マンションにまき散らして来いと命じられていた。二人はそれをやりに来たのだった。

 僕はそこまで読み取ると、黒金署の安全防犯対策課に戻った。

 竹刀ケースを元の場所に戻して、携帯を耳にした。そして時間を動かした。

「どうしたらいいんでしょう」ときくは言った。

「警察を呼べ」と僕は言った。

「わかりました」と言って電話は切れた。

 しばらくして、きくから電話がかかってきた。

「変なことが起きたんです」

「どうしたんだ」

「作業員が救急車に乗せられて行きました」

「それで」

バキュームカーは、車を引っ張って行く車でどこかに運ばれて行きました」と言った。

「警察は来たのか」

「はい。警察の人が、わたしにはわからないいろいろなことをしていました」

「何か訊かれたか」と訊くと、「ええ、お宅でバキュームカーを頼んだんじゃないんですね、と言われました。もちろん、違います、と答えました」ときくは言った。

「それから、嫌がらせを受ける心当たりはありませんか、とも訊かれました」と続けた。

「どう答えたんだ」と僕は言った。

「特に心当たりはありません、と答えました。あなたが警察官だということはしゃべりませんでした」ときくは言った。

「それでいい」と僕は応えた。

 

 緑川に「ちょっと出かけて来る」と言って、鞄を持って安全防犯対策課を出た。もちろん、高台宗男に会いに行くためだった。誰の指示で、し尿をまき散らせと二人に命じたのかを確認しに行くためだった。

 新宿駅から両国まで電車で行った。そこからは歩いた。

 高台清掃業有限会社まで、十五分かかった。

 受付で、警察手帳を見せて、「社長に会いたいので、取り次いでください」と言った。

 受付嬢は内線で社長に電話をかけていた。

「お会いになるそうです」と言った。

「そうですか」

「ご案内します」と受付嬢は言った。

 受付のボックスから出て来て、左手の建物に向かった。エレベーターで二階に上がると、奥の部屋に向かった。

 ドアの前でノックをして、ドアを開け「内川です。警察の人をお連れしました」と声をかけて、ドアを大きく開いた。

 僕は中に入った。

 立派な部屋だった。