小説「僕が、警察官ですか? 4」

十一

 このままでは、高橋丈治の思うとおりの方向に取調は進んでいきそうだった。

 時を止めた。

「あやめ。取調官の意識を送れ」と言った。

「わかりました」と言った。

 取調官の意識が流れてきた。

 取調官浅井は、高橋丈治がすんなりと轢き逃げを認めたことに安堵していた。これで凉城恵子の轢き逃げ事件は終わると思っていた。後は、逃走経路と逃走資金を訊き出せば終わると思っていた。

「あやめ。取調官にどうして島村勇二の北軽井沢の別荘に潜んでいたのか、それと携帯の通話の履歴も調べるように意識させろ」と言った。

「わかりました」とあやめは言った。

 時を動かした。

 取調官の浅井は頭を振った。意識が送られてきたのだ。

「それで、どうして島村勇二名義の北軽井沢の別荘に潜んでいたんだ」と訊いた。

「それはそこが開いていたからですよ」と高橋丈治は言った。

 取調官は係員に「高橋丈治の携帯の通話履歴を見せてくれ」と言った。

 係員は「これです」と言って渡した。

 浅井は通話履歴を見た。

「おいおい、あんたと島村勇二は昵懇じゃないか。任意同行前にも通話をしている」と言った。

「たまたまですよ」と高橋は言った。

 僕は時を止めた。

「あやめ。高橋丈治に自白させるにはどうしたらいいかな」と訊いた。

「そんなの簡単ですよ。しゃべらせればいいだけですもの」と言った。

「どうやってしゃべらせるんだよ」と僕は言った。

「意識の中に入り込んで、しゃべりたくさせればいいだけです」と言った。

「やれるのか」と僕は言った。

「はい、できます」とあやめはあっさりと答えた。

「じゃあ、やってくれ」と言った。

 時を動かした。

 取調官が「たまたまにしては、別荘の件も含めておかしいじゃないか」と言った。

 そう言うと、高橋丈治は頭を抱えて、デスクに額を付けた。

 そして、顔を上げると、「五十万円もらったからですよ」と言い始めた。

 取調官が驚いて「何のことだ」と言った。

「だから、島村勇二さんに五十万円もらって、凉城恵子を轢き殺してくれと頼まれたんですよ」と高橋丈治は言った。

 取調官は慌てて「それじゃあ、ただの轢き逃げじゃなかったと言うんだな」と言った。

「そうですよ。島村勇二さんに頼まれたんですよ」と言った。

 ミラー室の人たちもざわめき出した。僕も驚いた。あやめにこんな力があったなんて知らなかったからだ。

「どんなふうに頼まれたんだ」と取調官は言った。

「島村勇二さんの事務所ですよ。島村勇二さんは、何とかっていう会社のドリンクに凉城恵子を使って覚醒剤を混入させたんですよ。覚醒剤を混入した、その凉城恵子が動揺して、口を割りそうになったので、俺に始末させたんですよ」と言った。

 そう言った後、頭をデスクに付けて、再び、顔を上げた。

「俺は一体、どうしていたんだ。何をしゃべったんだ」と高橋丈治は言い出した。意識が戻ったのだ。

 取調官が「落ち着け。全てをしゃべるとそういうふうになることもあるんだ」と言った。

「教えてくれ。俺は何をしゃべったんだ」と高橋丈治は椅子から立ち上がろうとした。そこを警察官に押さえられた。

「今更、否認してもしょうがないぞ。任意で自白したんだからな。後は証拠を固めていくだけだ」と取調官は言った。

 それからは、高橋丈治は何もしゃべらなくなった。

 そうして、午前中が過ぎていった。

 ミラー室から出ていった者は皆走っていた。今、高橋丈治が話したことの裏を取る気でいた。単なる轢き逃げ事件が、依頼を受けた殺人事件に発展したのだ。そこにいた者の興奮が伝わってくるようだった。

 

 近くの公園で弁当を食べることにした。

 ベンチに座って弁当を開けると、きくは薄焼き卵でハートマークを作っていた。

「あやめ。午後も頼むぞ。あんなふうにしゃべらせることができるなら、事件はすぐに解決できる」と言った。

「もう、あの手は使えません」

「どうしてだ」

「しゃべりたいという意識があったから、できたことなんです。彼にはそれがありました。自分だけ、轢き逃げ犯にされて、七年の刑を喰らうのは割に合わないと思っていたんです。だから、心の中で、しゃべりたくてうずうずしていたんです。それで、わたしもしゃべらせることができると思ったんです。でも、一旦、しゃべってしまうとそれが消えるんです。それどころか、しゃべったことに対して後悔をするんです。そんなところに入り込んでしゃべらせることは、わたしにはできません」と言った。

「そうか。自由にしゃべらせることができるんだと思っていた。勘違いして悪かったな」と言った。

「それと、しゃべらせることができる相手とそうじゃない相手もいます。そのことも知っておいてください」と言った。

 あやめの力が万能でないことを知って、僕は少しがっかりした。

 

 午後の取調もミラー室に行った。

 高橋丈治はだんまりを決め込んでいた。

 取調官が「午前中に任意で自白したことを読み上げる。高橋丈治被疑者は、島村勇二の事務所で島村勇二から五十万円を報酬に、凉城恵子を轢き逃げに見せて、殺すことを依頼され、それを実行したものである。凉城恵子を轢き逃げに見せて殺す動機は、二〇**年**月、起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに凉城恵子が覚醒剤を混入したことをしゃべりそうになったからである。以上だ。どこか、違いはあるか」と言った。

 高橋丈治は「俺はそんなことは言っていない」と言った。

 取調官は「この取調はすべて録画記録に撮られている。お前が自白したことも録られている。言っていないという主張は通らない」と言った。

 僕は時を止めた。

「あやめ。高橋丈治の意識を読み取ってくれ」と言った。

「まだ、必要なんですか」とあやめが言った。

「必要なんだ。思いついたことがあるから」と言った。

「わかりました」

 時を動かした。

「俺は言った覚えがない」と高橋は言った。

 取調官は「でも、しゃべった事実は消えない」と言った。

 高橋はまたしゃべらなくなった。

 時を止めた。

「読み取ってきたか」

「はい」

「それなら、流せ」と言った。

 高橋丈治の意識が流れ込んできた。

『俺は大変なことをしゃべってしまった。何故、そんなことをしゃべったんだろう。もう何も言わないぞ』

「今の高橋丈治の意識を言葉にして、しゃべらせることはできるか」とあやめに訊いた。

「わかりませんが、相当悔やんでいますから、言葉にしたくてしょうがない感じです。だから、できるかも知れません。やってみます」と言った。

 時を動かした。

 高橋丈治はデスクに額を付けた。躰がぶるっと震えた。顔を上げて、「俺は何てことをしゃべってしまったんだ。一生、秘密にしておかなければならないことをしゃべってしまった。でも、もう、何も言わないからな」と言って、またデスクに額を付けた。

 取調官は「そう。そういうもんだよ、秘密にしておかなければならないことをしゃべってしまった後は。これでしゃべったことは認めたんだな」と言った。

 高橋丈治は顔を上げると「黙秘します」と言った。

 取調官は「今更、黙秘しても同じだけれどな」と言った。

 これで、高橋丈治の発言は確定した。品川署もこの自白は無駄にはしないだろう。

 これ以上いてもしょうがないので、岸田信子に声をかけてミラー室を出た。

 岸田も出て来た。

「どうやら、単なる轢き逃げ事件じゃなかったみたいですね」と僕が言った。

 岸田は「まだわかりませんが、高橋丈治が言っていることが本当だとしたら殺人ですね。これから調べることになるでしょう。ご協力ありがとうございました」と言った。

 僕は品川署を出た。