二
三十六名に絞られた者の事情聴取ファイルは、箱の奥にあった。ファイルの背表紙が見えるように入れてあればいいのに、横向きになっていたので、見付けにくかった。
捜査記録のファイルも一応、写真に撮った。二百ページにもなっていた。
写真類も写真に撮った。
いよいよ、三十六名に絞られた者の事情聴取ファイルを開いた。
最初のページに事情聴取された者の一覧が載っていた。ここからはすべて写真に撮っていった。女性が二十四名、男性が十二名。ちょうど二対一の割合だった。
そのファイルを開いた。一人につき、約五ページ。全部で百八十ページのファイルだった。読んでいると時間がかかるので、携帯でページごとに写真を撮っていった。
事件の概要を扱った主ファイルも写真に撮った。それだけで、午前中一杯、かかった。
お昼になったので、横井に資料箱を戻しておいて欲しいと頼んでから、未解決事件捜査課の課長にお礼を言って、黒金署に戻った。
安全防犯対策課に戻ると、すぐに鞄から愛妻弁当と水筒を取り出して、屋上に行き、隅のベンチに座って食べた。
午後は撮ってきたファイルを読んでみることにした。
最初は、三十六名に絞られた者の事情聴取ファイルを撮った写真を見た。拡大して読んでいった。
それらを要約すれば、次のようになる。
一番目は、哀川辰雄 四十五歳、独身。趣味は釣りで、週末ごとに川や海に仲間と出かけている。酒好きで豪放磊落な性格。生活は普通。
二番目は、藍染節子 四十四歳、主婦。三人の子持ちで、共働きなのは三人の学費稼ぎのため。生活は普通。
三番目は、青木歌子 五十歳。三児の母親で、上の女の子二人は独立している。一人息子が引きこもりがちで苦労している。夫とはそりが合わずに、ただいま別居中。生活はやや不安定。
四番目は、秋本優子 四十二歳。夫は町工場で働いている。二児の母親。家計を助けるためと自分を活かすために仕事をしている。生活は順調。
五番目は、赤坂妙子 三十二歳、主婦。昨年結婚したばかりの新婚さん。夫の実家が資産家。生活は順調。
六番目は、赤島良子 二十八歳、独身。これといった趣味もなく、一人暮らしを楽しんでいる様子。生活は普通。
七番目は、石原知子 三十三歳、主婦。一児の母親。夫は配達員。病気の母を療養所に入れている。家計は苦しそう。生活は不安定。
八番目は、石塚賢治 三十五歳、二児の父親。仕事の後は、麻雀に良く行く。かなり負け越しているよう。生活は不安定。
九番目は、石森祐子 二十七歳、独身。生活は派手で、品川の駅近くのマンションに一人暮らしをしている。生活は不透明。
十番目は、宇喜多康夫 四十二歳、二児の父親。子煩悩。いい父親をしている。よく家族旅行に行く。生活は普通。
十一番目は、宇和島忠夫 三十二歳、独身。株をやっている。貯蓄もそこそこしていて、堅実派。生活は普通。
十二番目は、越前美奈子 二十八歳、一児の母親。最近離婚し、実家に戻り、子どもは母親が面倒を見ている。生活は普通。
十三番目は、追川杉夫 三十三歳、独身。飲むことが好きで、良く飲み歩く。生活は普通。
十四番目は、大石庫男 二十九歳、独身。賭け事にのめり込むタイプ。かなりの借金をしている様子。生活は不安定。
十五番目は、海藤竜子 二十四歳、独身。ただいま結婚相手を募集中。その手の会にも入っている。生活は普通。
十六番目は、桑田篤子 四十歳、一児の母親。夫は会社員。子どもの教育熱心な、普通の母親。教育資金稼ぎのために、仕事をしている。生活は普通。
十七番目は、小池留美子 二十五歳、独身。独身貴族という名の通り、独身を満喫している。当分、結婚の予定はない。生活は普通。
十八番目は、坂本亮子 三十歳、独身。去年、結婚寸前までいっていた相手と破局。今は、傷心した躰を休めている状態。生活は普通。
十九番目は、凉城恵子 三十四歳、主婦、二人の子持ち。夫は会社員。認知症の母親を施設に預けている。生活は不安定。
二十番目は、関口時雄 四十歳、独身。結婚する気はあまりなさそうで、趣味はゲームと言っている。生活は普通。
二十一番目は、副田宗男 三十四歳、一児の父親。妻が教育熱心で、子どもの教育費に困っている。生活は不安定。
二十二番目は、高城明子 二十六歳。来年の春に結婚予定。有名なホテルで披露宴をする。相手は資産家の長男。マンションを借りて暮らす予定。結婚資金は、二人で貯めたお金。生活は普通。
二十三番目は、塚本英二 二十五歳、独身。株で大損したらしい。町金融に手を出している様子。生活は不安定。
二十四番目は、手塚美菜子 二十三歳、独身。特に結婚に拘っている気配はない。独身貴族を満喫している。生活は普通。
二十五番目は、時沢靖史 三十五歳、独身。去年、結婚詐欺に引っ掛かって、貯めていた貯金を全部取られている。今もそのトラウマを引きずっている。生活は不安定。
二十六番目は、中橋知子 三十歳、未婚。株に手を出して、大損をしている。結婚資金を失ったと噂されている。生活は不安定。
二十七番目は、新垣朝子 四十一歳、二児の母親。自分の実家で夫と暮らしている。子どもは自分の両親が面倒を見ている。生活は普通。
二十八番目は、新潟静夫 四十二歳、一児の父親。酒癖が悪く、かっとなると何をやるかわからなくなる性分。生活は不安定。
二十九番目は、沼田敬子 二十八歳、一児の母親。三年前に離婚し、今は実家で母に子どもを預けて、仕事をしている。付き合っている男性がいる。生活は普通。
三十番目は、根本麻子 二十六歳、独身。何人かのボーイフレンドがいるが、これといった恋人はいない。結婚願望も薄い。生活は普通。
三十一番目は、野上涼子 三十三歳、一児の母親。夫の両親と同居。子どもは姑が面倒を見ている。生活は普通。
三十二番目は、野島忠夫 二十九歳、一児の父親。仕事熱心な若者。これといった趣味はなく、仕事が終わればすぐ帰宅する。生活は普通。
三十三番目は、拝島梨紗子 二十五歳、結婚一年目。新婚生活を楽しんでいる。旅行に行くのが趣味。生活は順調。
三十四番目は、灰原貴子 二十六歳、独身。休日はブランド品を身につけて街を歩くのが趣味。男性に良く声をかけられる。但し、お金持ちが好き。生活は不安定。
三十五番目は、氷室明美 二十四歳、独身。実家で両親と一緒に暮らしている。生活は普通。
三十六番目は、向井康子 三十六歳、二児の母親。夫の両親と暮らしている。生活は堅実で、夫の両親とも上手くやっているよう。生活は普通。
この中で怪しそうだとしてリストアップされているのが、三番目の青木歌子、七番目の石原知子、八番目の石塚賢治、九番目の石森祐子、十四番目の大石庫男、十九番目の凉城恵子、二十一番目の副田宗男、二十五番目の時沢靖史、二十六番目の中橋知子、二十八番目の新潟静夫、三十四番目の灰原貴子の十一名だった。
怪しそうだとしてリストアップされているということは、事情聴取している時に、刑事にそう思わせる何かがあったからだろう。そればかりは、ファイルをいくら読んでいても分からないことだった。
読み終わると、目がチカチカしてきた。
取りあえず、この十一名から、自分なりにリストを絞り込んで一人一人当たっていくことにした。
その日は、携帯に撮ったファイルを読んでいるだけで、退署時間が来た。
僕はさっさと帰る主義なので、一番先に安全防犯対策課を出た。