小説「僕が、警察官ですか? 2」

 安全防犯対策課に入ると、皆、すでに来ていた。

 もうすぐ六月になる。そうすれば防犯キャンペーンを黒金幼稚園と保育所でしなければならなくなる。すでに、花村幼稚園でやっているから、それと同じようにやればいいだけのことだった。

 今、安全防犯対策課が抱えている案件はそれだけだった。暇といえば、暇だった。

 滝岡順平を呼んだ。彼は、コンピューターのエキスパートだった。

「何でしょうか」

「全国の未解決事件というのは、コンピュータで検索できるのか」と言った。

「入力されていないものは駄目ですが、そうでなければ検索できます」

「二十代から三十代の女性絞殺事件で、かつ連続犯らしきもので、未解決のものをリストアップできるか」

「できますが、わたしの権限では無理です」

「だが、調べたいんだ」

「課長の権限なら調べられますが」と滝岡は言った。

「なら、私の権限で調べてくれ」と言った。

「課長のパソコンを使わせてもらえますか」と滝岡は言った。

「どうぞ。私はソファに座っている」と言った。

「では、使わせていただきます。どれくらい過去に遡りますか」と訊いたので、「最近、五年間ぐらいでいい。それとロープを使った絞殺体に絞ってくれ」と僕は答えた。

「わかりました」

 三十分ほど経った頃、「八件ありました」と滝岡は言った。

「そうか」と僕は言った。

 僕がデスクに行くと、滝岡は椅子から立ち上がって、ディスプレイを見せた。

「これを打ち出してくれないか」と言うと、「わかりました」と言って、マウスを動かして、クリックした。

 数分後、プリンターが用紙を吐き出してきた。僕が要求したリストをプリントアウトしたのだった。

 僕はプリントアウトされたリストを見ていた。被害者は二十四人だった。

 事件数としては、北海道に始まって、青森、秋田、埼玉、千葉、東京、大阪、京都の八つだった。

 この中で、夜に絞殺されているものを選んでいくと、秋田、千葉、東京、大阪の四つに絞られた。秋田と大阪はロープ状のものという表現であって、用意されていたロープという感じが伝わってこなかった。

 千葉は六件の連続絞殺殺人事件として扱われていたが、範囲が広く、車が使われた公算が高かった。

 問題は東京だった。事件は多摩地区で三件起きていた。地図で調べると、いずれも歩いて行ける範囲だった。

 最初の事件が起きたのは、一昨年、四月二十六日水曜日だった。犯行現場は、椿ヶ丘駅から歩いて二十分ほどのところにある北椿ヶ丘公園だった。時刻は午後八時から十時の間。

 そして、次はやはり椿ヶ丘駅から歩いて十五分ほどのところにある南椿ヶ丘公園だった。時刻は午後九時から十一時の間。犯行日は、一昨年の八月二日水曜日。

 最後は、椿ヶ丘駅から歩いて十五分ほどのところにある東椿ヶ丘公園だった。時刻は午後八時から十時の間。犯行日は、一昨年の十二月二十日水曜日。

 それを最後に犯行はぴたりと止んだ。

 重要参考人としてリストアップされたものが十名いた。しかし、いずれもアリバイが成立していた。

 この犯人は、水曜日を犯行日と決めている。西新宿公園と北園公園で起こった絞殺事件も水曜日だ。

 場所的には、椿ヶ丘駅だから北府中市にあり、新宿とは離れているが、時系列で追ってみると、最初の犯行は北府中市で、一昨年四月二十六日水曜日、第二の犯行は同じく北府中市で一昨年の八月二日水曜日。そして、第三の犯行は、同じく北府中市で一昨年の十二月二十日水曜日。

 仮にここで犯人が新宿区に転居したとしたらどうなるのだろう。

 第四の犯行が新宿区の西新宿公園で、去年の五月九日水曜日。そして、最新の犯行は、同じく新宿区の北園公園で、今年の二月二十日水曜日に起こっている。

 この五件の絞殺事件が同一犯だとしたら、辻褄が合う。だが、今のところ、北府中市で起こった連続絞殺事件と新宿区で起こった二件の絞殺事件とは関連性がないと見られている。新宿区で起こった二件の絞殺事件ですら、まだ連続事件なのか、単独事件なのかはっきりしていないのだ。それなのに、北府中市で起こった連続絞殺事件と新宿区で起こった二件の絞殺事件とを関連付けて考える方がおかしいというより、行きすぎている。似ている点は、いずれも水曜日に事件が起こっていることだけだ。

 『水曜日の絞殺魔事件』というタイトルが浮かんできそうだ。

 『水曜日の絞殺魔事件』というのは、実際にあった事件である。それは、一九七五年から一九八九年までの佐賀女性七人連続殺人事件の別称だった。

 一九七五年から一九八九年の間に、佐賀県で七人の女性が殺された。その内、六人が水曜日に失踪していた。そして五人の死因が絞殺であったことから『水曜日の絞殺魔事件』とも呼ばれるようになったのだった。残りの二人は、白骨化しており、そのため死因が不明だった。この事件は結果的に未解決事件となっている。

 今度の事件が、第二の『水曜日の絞殺魔事件』にならなければいいがと思う。

 

 そんなことを考えていると、並木京子が、「黒金幼稚園と保育所の防犯キャンペーンのパンフレットですが、この前使った花村幼稚園のものをそのまま使ってもよろしいですか」と訊いてきた。

「それは構わないが、この前の花村幼稚園での寸劇は、棒読みだったぞ」と言った。

「あれ、課長はどこかで見ていたんですか」と言われた。

 やぶ蛇だった。僕は仕方なく、頷いた。

 すると並木は「それでいいんですよ」と言った。

「どういうこと」

「あれは、わざと棒読みにセリフを言っていたんですよ」と並木は言った。

「分からないな」と僕が言うと、「今の子どもは、上手く演じてしまうと、何も残らないんですよ、記憶に」と言った。

「…………」

「だから、わざと下手に演じたんです」と並木は言った。

「そうなの」

「ええ。だから、課長は棒読みだったと思ったんですね。つまり、それだけ、記憶に残ったということです」と並木は得意そうに言った。

「そういうものなのか」と僕が言うと、「そういうものなんですよ。下手だなぁ、と思われるくらいが丁度いいんです」と並木は言った。

「分かった。覚えておくよ」と言った後、「と言うことは、黒金幼稚園と保育所の寸劇も棒読みでいくっていうこと」と訊くと、「もちろんですとも」と並木は自信たっぷりに答えた。

 

 お昼が来た。

 僕は屋上のいつものベンチに座った。当然のように、周りに人がいないことを確認してから、お弁当の蓋を開けた。のり弁だった。海苔の真ん中がハートマークになっていた。僕は慌てて、それを崩すと、ゆっくりと食べ始めた。

「ここいいですか」と交通安全課の滝沢あゆみが、隣に座った。

 彼女も弁当を持参していた。

「いつもは湯島亜由子と食べているんですけれど、今日体調を崩したので休むって連絡が来たんですよ」と言った。

「で、一人で食べるのも何だし、課長はいつも一人で食べているので、ご一緒しようかなーと思いまして」と続けた。

 僕は崩したのり弁を頬張っていたので、何も言えなかった。

「いつも愛妻弁当なんですね」と滝沢は言った。

 心の中で、どうしてそれを知っている、と言っていた。

「誰にも見られないように、こっそり食べていますよね。それ、丸わかりですよ」と滝沢は言った。

 えっ、そうなの、と僕は思った。

 そのうち「あゆみ、こっち」と言う声が聞こえてきた。

「あっ、済みません。呼ばれましたので向こうに行きます。お邪魔しました」と滝沢は言って、呼ばれた方に向かって行った。

「どうだった」という声が風に乗って流れてきた。滝沢は偵察隊だったのだ。

 一人、ベンチの隅で食べている僕のことが知りたかったのに過ぎなかった。知りたいことは、あれで分かったのだろうか。僕には謎だった。