小説「真理の微笑 真理子編」

四十一

 月曜日になった。

 真理子は病院に寄ると、すぐに会社に向かった。

 午前九時には会社の社長室にいた。内線ですぐに高木を呼び出した。

「あなたも大変よね、日曜日にまで富岡に呼び出されるなんて」

 真理子は高木にかまをかけてみた。それを聞いた高木はポケットからハンカチを出して、首筋の汗を拭った。わかりやすい男よね、と真理子は思った。

「企画会議の件はわかったわ。わたし抜きで、ちゃんと進めて頂戴」

「わかりました」

「もう、行っていいわ」

 高木が出ていくと、真理子は、富岡、いや高瀬が昨日、病室に高木を呼んで何か話を聞いたことはこれではっきりしたと思った。

 高木を呼んだ理由は、会社の内情を知りたかったのだろう。高瀬にとって、トミーソフト株式会社は、未知の会社なのだから。

 今頃はラップトップパソコンが届いている頃だろう。高瀬がパソコン通信ソフトに拘っていたのが気にかかった。しかも二つ買ってくるように言ったのだ。

 あれは何に使うのだろう、しかも二つも。

 そう考えているうちに閃くものがあった。メールだ、そう思った。高瀬は妻である夏美とメールをしようとしているのだ。だから、二つ必要だったのだ。一つは自分用、もう一つは夏美用なのだ。しかし、電話があるのだから、直接電話をすればいいのに、と思った。だが、喉を痛めている高瀬には、長電話は難しいのだろう。それに電話では伝えきれないこともあるのだろう。

 それ以上考えても仕方なかったので、家の改修の資料に目を通した。

 

 午後になると、高木が社長室に入ってきた。会社移転の契約が結べたことと、会社移転の日が来週の土日に決まったことが、高木から伝えられた。

「それじゃあ、どうしたらいいの」

「臨時取締役会を開かなければなりませんが、どうしますか」

「それじゃあ、もう日にちもないことだし、明日の午前十時から臨時取締役会を開くことにしましょう」

「そうですね」

「高木さんから、臨時取締役会のことを取締役の方たちに伝えてもらえる」と訊くと、「いいですよ」と答えた。

 

 時計を見ると、午後五時半を回っていた。真理子は慌てて帰り支度をして、会社を出た。

 病室に入ると、高瀬はちょうど夕食をとっているところだった。

 サイドテーブルにはラップトップパソコンが載っていた。

「届いたのね」と真理子が言うと、高瀬は頷いた。

「どう」

「食べ終わったら、後で欲しいものをメモする」

「わかったわ」

 高瀬は夕食を食べ終えると、メモ用紙を取り出して、何やら書き出した。書き終わると、そのメモを真理子に渡した。メモには、ずらりとソフトらしいものの名前が書かれていた。

「こんなに買ってくるの」と真理子は、驚いて言った。

 高瀬は「会社の……」と言いながら、社員名簿をめくりながら、「この内山という人に訊けばいい。これらのソフトは大抵、会社にある。ないと言われたら、買ってくるしかないが……」と言った。

「いいわ、明日、会社に行ったら訊いてみる」

「そうしてくれ。もし、分からなかったら、電話してくれ。ここの電話番号は分かっているよね」

「ええ」

 真理子はまた高瀬と長いキスをした。不思議な気がした。高瀬は富岡を、おそらく殺した男だった。しかし、自分も富岡を殺そうとした。富岡を殺したいと思った二人が今、キスをしているのだ。人には明かせない秘密が二人の間にはあるのだった。それが奇妙な親密感を生み出していた。少なくとも真理子はそうだった。

 キスを終えると、真理子は病室を出た。