小説「僕が、警察官ですか? 5」

十八
 一週間が過ぎた。誰も僕のデスクにはやってこなかった。それもそのはずだった。犯人の指紋かDNAが残されているものであれば、もうとっくに逮捕されているからだった。
 未解決事件は、そういった証拠が残されていないものが多かった。

 そうしているうちに、「これなんかどうですかね」と北川が分厚い書類を持ってデスクに来た。
「いわゆるオレオレ詐欺です。被害者は受け子の顔を見ています。ただ、年齢が当時八十二歳で、三年前の事件ですから今は八十五歳になっています」
「なるほど。年齢がネックか。記憶が確かならいいんだがな。でも、余罪も多そうだな」
「そうなんですよ」
「貸してみろ。読んでみる」と僕は言った。
 二〇**年三月**日午後二時頃から午後四時半頃までの間に、新宿区南浦瀬で詐欺事件が発生した。被害者は八十二歳の鈴木清子という一人暮らしの女性。
 その女性は、息子である鈴木誠次を名乗る男から、「電車を降りる時に鞄を置き忘れてしまった。その中には、今日入金するはずの二百万円が入っていた。来月には返すから、すぐに二百万円用意して欲しい」という嘘の電話を受けた。その電話を信用した女性は、すぐに銀行に行って預金から二百万円を下ろし、息子の知人になりすまして自宅を訪ねてきた受け子に、その二百万円を渡してしまった。
 概ね、そのようなことが書かれていた。
 被害者の住所は、新宿区南浦瀬二丁目**番地****だった。電話番号は、03-****-****だった。
 僕は電話をかけてみた。
 長い呼び出し音の後に、少ししゃがれた声で「もしもし」と聞こえてきた。
 僕は大きな声で「鈴木清子さんですか」と言った。
「はい、わたしです。どちら様ですか」
「西新宿署の鏡京介といいます」
「警察の方ですか」
「そうです」
「本当に警察の方ですか」
「疑っているようですから、かけ直してもらってもいいですよ」と言った。
「それなら、大丈夫ね。お金が戻ってきたんですか」
「いえ、違います。以前詐欺にあわれていますよね」
「ええ、そうです。悔しくてたまりません」
「その事でご自宅まで伺ってもいいですか」
「…………」
「これから伺いますのでよろしくお願いします」
「わかりました」
「では、ごめんください」と言って電話を切った。
 僕は北川を呼んだ。
「これから被害者の自宅まで行ってくる。誰か似顔絵を描くのが上手い奴を知っているか」と訊いた。
「それなら交通課の遠藤孝司が一番です」
「今、いるか訊いてくれ」
「わかりました」
 北川は自分のデスクに戻ると交通課に電話をかけているようだ。そして、指でOKサインを作って僕に見せた。
「じゃあ、行くぞ」と僕は言って鞄を持った。鞄の中にはひょうたんが入っていた。
 北川の車で、交通課の遠藤孝司と一緒に被害者宅まで行くことになった。
 鈴木清子の家まで、三十分ほどだった。玄関前の門の脇に車を止めて、僕らは玄関のブザーを押した。しばらくして、鈴木清子が玄関ドアを開けた。
 僕たちは中に入った。
 日本家屋だった。
「そのまま、お上がりください」と清子は言った。年齢の割にはしっかりとしていた。
 卓袱台の後ろに座布団を三つ出してくれた。僕らはそこに座った。僕が真ん中だった。
 湯飲み茶碗を取り出し、そこに急須からお茶を注いで、出してくれた。
「さっそくですが、三年前にオレオレ詐欺に引っかかっていますよね」と僕が切り出した。
「そうなんです。それ以来、電話が鳴るたびにビクッとしちゃって」と清子は言った。
「お金を渡した犯人の顔は覚えていますか」と訊いた。
「ええ、年を取っていますが、忘れはしません。今でも憎くて憎くてしょうがありません」
 僕は時間を止めた。鞄からひょうたんを出し叩いた。
「あやめ、今この人の頭に浮かんでいる映像を読み取ってきてくれ」と言った。
「はーい」と言う声がして、すぐに「読み取ってきました」と言って帰ってきた。
「流せ」
 目眩は一瞬だった。短い映像だった。
 玄関ドアを開けるところから、始まっていた。そこに二十代後半の眼鏡をかけた青年がスーツを着て入ってきた。
「わたしは山田と言います。息子さんである鈴木誠次さんの使いで参りました」と言った。
 この時、滝沢俊一という言葉が頭に閃いた。おそらくこれが本名なのだろう。
「そうですか」と清子が言った。
「二百万円はありますか」
「ええ、ここに」と封筒に入れた二百万円をその男に見せた。
「では、預からせていただきます」と言って、男は二百万円を受け取った。
「急いでいますので、わたしはこれで帰ります」と言って男は玄関を出て行った。
 僕は時間を動かした。
 僕はお茶を一口飲んで、「これから、この人にその犯人の似顔絵を描いてもらいます。できるだけ思い出してください」と言った。
「わかりました」と言って、清子は目を閉じた。遠藤孝司はスケッチブックを取り出して、専用の鉛筆を手にした。
「年は二十代後半。髪は七、三に分けていました。それに眼鏡をかけていました。顔は細おもてで……」
 清子がしゃべっている間に時間を止めて、清子が思い浮かべている映像を遠藤孝司にも流すようにあやめに言った。時間を動かした。
 遠藤孝司は滑らかにスケッチブックに似顔絵を描いていった。清子がしゃべっていることと頭に浮かんでいる映像が一致しているのだから、描くのは簡単だった。黒子の位置まで一緒だった。
 書き上げるまでに四十分ほどかかった。書き上げた絵を清子に見せると、「ええ、この通りですわ。そっくりです。凄いですね」と言った。
「眼鏡はだて眼鏡かも知れないので、後で眼鏡を外した絵も描きますね」と遠藤孝司は言った。
「署に帰ったら、すぐに手配書に載せますから、犯人が見つかるかも知れません」と続けた。
「では、私たちはこれで帰ります」と僕が言って立ち上がった。
「何もお構いできませんで済みませんでした」と清子は言った。
「いやいや、お気になさらないでください」と僕が言うと玄関から出た。
 北川の車に乗るとホッとした。