小説「僕が、剣道ですか? 4」


 宿に戻ると、僕の帰りが遅いので、きくが心配していた。
 僕は番所であったことを話した。
「まぁ、そんなことになったんですか」ときくは心配そうに言った。
「やるしかないだろう。相手は私を試しているのかも知れない」と僕は答えた。
「まぁ、そうですの」
「今のところ、訳も分からない流れ者だからな。鏡京介かどうか、盗賊と戦わせてみれば分かると思っているのだろう」
「でも、無理はなさらないでくださいね」ときくは言った。
「無茶を承知で押しつけてきたんだ。やるしかないさ」と僕は言った。
 少し早い時間だったが「銭湯に行ってくる」ときくに言って、手ぬぐいとバスタオルとトランクスを持った。肌着は汗が引いてから、着ることにしていたので、持って行かなかった。
 湯船に半身浸かりながら、明日着て行く物を考えた。
 草履では戦えなかった。ここは安全靴を履いて戦うしかなかった。最初から安全靴を履いていたら、あの下っ端の役人に怪しまれるだろう。だから、安全靴は風呂敷に包んで持って行き、向こうで草履と履き替えようと思った。
 ジーパンは最初から穿いていくことにした。着物を着ていくから、その下に隠れるだろう。上は肌着に長袖シャツを着ることにした。着物は脱いで、草履と一緒に風呂敷に包んでおこうと思った。
 帯は刀を差すのに便利なので、ジーパンの上から巻いて締めようと思った。細紐は風呂敷に包むことにした。
 それから、折たたみナイフをジーパンの尻ポケッとに入れていくことにした。
 これで大体の準備が、頭の中では揃った。
 風呂から出ると、躰を拭いて、新しいトランクスを穿いた。そして、着物を着て、宿に向かった。
 部屋に戻ると、きくとききょうが銭湯に行った。
 僕は、明日着て行く物を出した。そして折たたみナイフも取り出した。それらを部屋の隅に置いた。

 夕餉は明日のこともあるので、多めに食べた。その時、竹水筒に水を入れていくことを思いついた。明日、竹水筒を洗い、中に水を詰めなければと思った。
 夜は早めに眠った。きくとは抱き合わなかった。

 朝は早くに目が覚めた。顔を洗うと、竹水筒を洗い、中に水を入れて栓をした。
 朝餉も多めに食べた。おひつに残ったご飯で、きくに大きなおにぎりを一個作ってもらった。それをビニール袋に入れ、風呂敷に入れた。風呂敷にはシューズがすでに入っていた。長袖のシャツは向こうに着いたら着ることにして、それも風呂敷に入れた。それからタオルも入れた。それらを風呂敷に入れると、風呂敷の四方の内の二方を包んだ。風呂敷が解けないように、細紐で縛った。
 上は肌着だけで、下はジーパンを穿きベルトで締めた。その上から着物を着て、帯を締めた。
 その時、下っ端の役人がやってきた。
 僕は下っ端の役人から研ぎ上がった刀を受け取り、帯に差した。そして、竹水筒も帯から紐で垂らした。
「用意は整いましたか」と訊くので、風呂敷鼓を右肩から斜めになるように腹の所で縛って持った。
「揃った」と答えると「行きましょうか」と言った。
 階下に下りていき、僕は草履を履いた。ききょうを抱いたきくが心配そうに見送りに来た。
「大丈夫だから。行ってくる」ときくに言った。
 きくは泣きそうな顔で「いってらっしゃいませ」と言った。

 僕と下っ端の役人は宿を出て、通りを歩いた。
 しばらく歩くと宿場町を抜けた。そして三里ほど歩くと次の宿場町に出た。
 その宿場町を出ると、周りは田んぼだらけだった。青々と育っている稲が並んでいた。
「あと、もうすぐです」と下っ端の役人が言った。
 少し歩いて行くと、山の方の道に向かった。午後一時を過ぎた頃だろうか。ようやく、遠くに古寺が見えてきた。
 古寺の近くまで来ると、下っ端の役人は「わたしはここで」と言った。
「分かった」と僕は言うと、下っ端の役人を置いて、古寺に走り寄っていった。
 下っ端の役人に見られぬように、古寺の裏手に回ると、草履を脱ぎ、安全靴に履き替えた。帯をいったん解き、長袖シャツを着て、着物と草履は風呂敷にしまった。帯を巻いて、そこに刀を差した。そして、きくが包んでくれたおにぎりを食べた。
 風呂敷はおにぎりと安全靴がなくなったので、小さくなり、帯の上の腹に巻いた。
 古寺の門は開いていたので、そこから中に入った。右手に手を洗うように水が流れ出していたので、ひしゃくで水を掬い、飲んだ。
 静まりかえっていた。盗賊たちは寺の中にいるのだろうか。
 縁側に上がり、障子戸をそっと開けた。
 中に何人もの盗賊が眠っていた。彼らは、夜、一働きをするのだろうか。刀を抜き、眠っている盗賊たちの側に寄ると、近くの者の右腕を峰打ちで折った。その音に驚いた盗賊たちは起き上がった。
「お前たちは盗賊か」と僕が訊くと、彼らは笑い出し、「だったらどうするんだ」と言った。
「成敗する」と僕は答えた。
「一人で乗り込んできたのか」と訊くので、「そうだ」と答えると、彼らはもっと笑い出した。
「俺たちを相手に一人で戦うと言うのか」と訊くので「そうだ」と答えた。
 すると、首領と見られる者が出て来て、「命知らずだな」と言った。
「私もそう思っているが、役人に頼まれ、しょうがなく引き受けた」と言った。
「その役人も酷なことを頼んだものだ。だが、成敗に来たと言うからには、生きては帰せない。覚悟することだな」と言った。
「そっちもな。今度は峰打ちではなく、本当に斬らせてもらう」
 そう言い終わらぬうちに、相手は斬りかかってきた。三人だった。薄暗かったが、目が慣れてきた。
 真ん中の者は腹を突き刺し、左右の者は胴を斬った。
「こやつ、出来るぞ」と首領が言った。
 次に鎌を持った者が襲いかかってきた。その鎌をかわして、胴を斬った。相手が体勢を立て直す前に、斬りかかり、前にいた二人の腹に次々と刀を刺していった。
 相手は僕を取り囲むようにした。首領は外にいた。十六人に取り囲まれた。
 柱を楯に、近づいてくる者から斬ろうと思った。
 柱の後ろ側から二人、刀を出した。
 その刀を弾いて、がら空きになった腹を切った。前から斬りかかってきた二人には、刀をかわしてから、その腹を突き刺した。
 右横から槍で突いてくる男がいたので、その槍を切り落として、喉のあたりを斬った。血しぶきが飛んだ。外に逃げ出そうとしていた男がいたので、背後からその背中を斬った。
 僕は「一人も逃がさん」と言った。
 首領が「一度に斬りかかれ」と命じた。首領を除く十一人が斬りかかってきた。しかし、柱があったので、それぞれに乱れが生じた。そこを突いた。
 先に斬りかかってきた三人は、横倒しになりながら、その腹を切り裂いていった。
 立ち上がると、右から来る者、二人の腹を刺した。これはリーチの差が大きかった。相手が刀を振り上げた時には、僕の刀は腹に刺さっていたのだ。
 柱を避けて、後ろから襲ってきた三人は、横っ跳びになりながら足を斬った。動けなくなったところで、背中から腹に向けて刀を刺していった。
 後の二人はびびっていた。構わず、二人とも上段から顔面を斬り落としていった。
 首領だけになった。刀を持つ手が震えていた。その刀を弾いて、腹を切った。崩れるように倒れていった。
 僕は最初に峰打ちで右腕を折った奴のところに行き、その腹に刀を刺し込んだ。
 全員をやっつけた。
 寺の中で、長袖シャツを脱ぎ、安全靴を脱ぎ、風呂敷の中の着物と交換すると、着物を着て帯を締めた。刀の血は倒れている者の着物で拭い鞘に収め、二本の刀は帯に差した。
 風呂敷に包んであった草履を履くと、身の回りをもう一度確認した。
 風呂敷は腰に巻いた。
 そして寺の外に出て、下っ端の役人を呼んだ。
 一応、中の様子を見せた。
「検視は明日行う。今日はこれで帰る」と下っ端の役人は言った。
「検視には私も立ち会うのですか」
「そうなるな」
「また、ここに来るんですか」と言うと、「そう言うな。これも手続き上、必要なことだから」と言った。

 帰り着いたのは、夕暮れ時をすっかり過ぎていた。
 僕は宿の前で、下っ端の役人と別れると、急いで二階の部屋に行った。
 きくが「よう、戻られました」と言って抱きつこうとしたので、その肩を押さえた。
 躰は血まみれだった。着物を脱ぐと、肌着からジーパンまで血に染まっていた。
 肌着とジーパンを脱ぐと、着物だけ着て、新しいトランクスとタオルとバスタオルを持って、銭湯に行った。
 銭湯で頭を洗うと、赤い血が流れた。
 新しい肌着とトランクスを穿くと、着物を着て帰る気がしなかったので、着物で腰回りを隠すようにして宿に帰った。
 きくはすぐに長袖のシャツと肌着とトランクス、そしてジーパンに着物を洗いに井戸に向かった。
 きくが洗い物をしている間に夕餉の準備ができた。
 僕はきくには悪かったが、お腹が空いていたので、先に食べ始めた。二杯目をおかわりしようとしているところにきくが上がってきた。
 きくは僕の茶碗を受け取り、ご飯を大盛りに盛った。
 僕がご飯を食べている最中に「失礼します」と言って、洗ってきた物を窓の外の竿に掛けた。
 きくはご飯を食べ終わると、ききょうと共に銭湯に行った。
 僕は食膳を廊下に出すと、布団を敷いた。
 そして、横になった。きくが戻ってくるまで眠らないようにしていたが、いつしか眠っていた。