小説「僕が、剣道ですか? 3」

 月曜日は朝、採血があり、すぐにレントゲンが行われた。

 午前中に女医の診断があり、健康そのものと太鼓判が押された。

 看護師から退院の手続きの話があるので、母に来てもらうように言われた。

 すぐに携帯から家に電話をした。向こうは結構大変なようだった。

 午後、きくとききょうを連れて、母が病院に来た。

「この子だけを置いていくのは心配だったから」と母は言った。

 その気持ちは良く分かった。

 退院の手続きと会計を済ませると、タクシーに乗って家に帰った。

 きくは振り袖を着ていたから、タクシーを降りる時には、どこかに参拝に行ってでも来たような感じだった。

 リビングでお茶を飲んだ。僕はコーヒーだった。

「この子の言っている話は信じられないんだけれど、お昼にね、お父さんが、この子の持ってきた小判を一枚、近くの古物商に見せたそうなのよ。それで、これ未使用品ですよね、と訊かれたそうなの。よくわからないと答えたそうよ。そうしたら、この小判なら二百万円ぐらいですかね、と言ったそうよ。別の古物商では三百万円と言われたって」

「そう、全部が未使用品じゃないけれど、半分以上は未使用品だからね。親父に連絡してくれないかな。その三百万円って言われた古物商で現金に引き換えてもらってくれって」

「そうするわね」

 母は携帯でかけた。

「どうしたの」

「携帯に出ないの」

「何か、急用なんじゃないの」

「そうなのかもね」

 その時、電話が鳴った。母が出た。

「お父さん、病院だって」

「どこの」

「黒金病院だって」

 黒金病院は黒金町にある、評判の良くない病院だった。

「そう」

「わたし、行ってくるわね」

「分かった」

 母はタクシーに乗って行った。

 

「きく、大丈夫か」

「ええ、ききょうを見ているだけだから楽だわ」

「退屈じゃないか」

「そうね。それより、京介様のお部屋はこんなに狭いんですか。わたし、どこに寝たらいいんでしょう」

「そうだよな。部屋を片付けよう」

 僕の部屋は、ベッドと勉強机とちょっとした本棚があるだけで、狭いけれど空間がないわけじゃなかった。そこら中に本やら服やらゴミが散らかっていて、座る隙間もないほどだった。

「そういうことはわたしがやります」

 きくはそう言うと片付けだした。さすがに服をどう片付けていいのかわからなかったので、教えた。教える方が面倒くさかったが、次に片付けさせるときのために覚えさせたのだ。本は本棚にしまうように教えた。残ったものはほとんどがゴミだが、必要なものがあるかも知れないので、段ボールの箱の中に入れておくように言った。

 後は掃除機のかけ方を教えた。コードを引き出し、それをコンセントに繋げて、スイッチを入れて、吸い取る音がしたら、部屋を隈無く掃除するように言った。スイッチの切り方とコードのしまい方も教えた。コードはボタンを押せば自動的に巻き取られるようになっていた。

 その時、携帯が鳴った。

 出ると母だった。

「お父さんが大変なの。顔を殴られて、鼻血を出しているわ。それから、小判だけれど、若い奴らに取られてしまったわよ。今、警察の人から事情聴取を受けている」

「きくとききょうのことは言わないでよ」

「わかっているわ」

 

「どうしたの」ときくが訊いた。

「親父が、強盗にあったらしいんだ」

「何か盗まれたの」

「ああ」

「何」

「小判だって」

「小判」

「そう」

「お父上は大丈夫なのですか」

「鼻血は出しているようだけれど、大したことはないようだ」

 

 親父は母と病院から帰ってきた。

 顔を殴られたところに絆創膏の大きい物が貼られていた。

「すまん」

「いいんだよ」

「いきなり、数人に囲まれて路地に連れ込まれて、小判を取っていかれた。古物商を出た所からつけられていたようだな」

「警察には何て言ったの」

「家宝の宝永小判を鑑定してもらおうと思って、営業の途中で黒金古物商に持って行ったら、いい鑑定結果が出たので今日はいい酒でも飲もうかと思っていたら、この有様だと話した」

「どんな奴らだった」

「顔を見る余裕はなかった。歩いているところを、いきなり殴られて、路地に引きずり込まれた。そして、地面に押さえつけられて、服や鞄をあさられ、小判を見つけると引き上げていった。五、六人だったけれど、顔は見てはいない。だけど、若い連中だった。救急車とパトカーが来て、一応頭と顔のレントゲンを撮って、骨折していないことを確認すると、事情聴取が行われた。話したことは、今まで言ってきたことと同じだ。外傷が軽度だったので、病院からはすぐ帰っていいと言われたが、会社に連絡して、そのまま帰宅することにした」

 父は泥まみれだった。

 服を脱いで、風呂に入った。

「こちらにも盗賊がいるんですね」

 きくがそう言った。

「そうなんだよな」