小説「僕が、剣道ですか? 2」

三十五

 次の日はよく晴れていた。

 僕はぐっすり眠れた。中島と近藤は、よくは眠れなかったようだ。

 寝間着から着物に着替えた僕が「おはようございます」と元気に挨拶しても「おはよう」と返すのがやっとのようだった。

 僕は朝餉をすっかり平らげ、中島と近藤は半分ほど残した。

「残すんなら、もらいますよ」

 僕は中島と近藤の食べ残した分まで食べた。

「よく、それだけ食べられるな」

「これから一働きしなくちゃならないでしょう。食べておかなくちゃ」と僕は言った。

「二十人槍の怖さを知らないからですよ」と近藤が言うと、「そうだな」と中島が相槌を打った。

 食膳が片付けられると、僕は横になった。そして、つい眠ってしまっていた。

「おい、呼ばれたぞ」と中島に起こされた。

 

 起き上がると、着物を直して、藩主滝川の前に出た。

「昨夜は眠れたか」と訊かれたので、僕は「はい、ぐっすりと眠れました」と答えた。

 これには滝川も笑いをかみ殺して、「よっぽど肝が据わっているんだな」と言った。

「巳二つの刻(午前十時)に立ち合いをする。それでいいな」

「結構です」

 午前九時半頃だったので、僕は立ち合いの準備を始めた。

 袴を穿き、着物にたすき掛けをした。白い鉢巻きが渡されたので、額に巻いた。

 時間が来た。太鼓が打ち鳴らされた。

 中庭に案内された。

 右側の席に、藩主滝川の姿もあった。

 前方に真剣の付いていない棒状の槍を持った侍が二十人揃っていた。

 僕が現れると、一斉に視線が向けられた。どの視線も刺すように鋭かった。

 僕には木刀が渡された。それを持って、試合場の中央に進み出た。

 棒状の槍を持った侍が、隊列を組んで歩き出した。そして、ぐるりと僕を中心に輪になるように囲んだ。

 そして、棒状の槍を僕の方に一斉に向けた。

 この時、僕は「待ってください」と叫んだ。

「この期に及んで何だ」と滝川劍持は言った。

「止めたいとでも言うのか」と続けた。

「いや、違います」と僕は叫んだ。

「何だ」

「真剣でやりたいです」と言った。

「真剣で、だと」

「そうです」

「そっちだけ真剣と言うことか」

「いいえ、槍も本物を使ってください」

 滝川劍持は氷室隆太郎の方を見た。氷室は否定するように頭を左右に振った。

 滝川はそれを本物を使うのは、危険だという意味に受け取ったようだ。氷室は真剣の方が僕に有利になるから否定したのだ。

 木刀で棒状の槍を折るのは、一本一本なら難しくないが、二本、三本となると、同時に折るのは非常に難しい。しかし、真剣なら、柄の部分なら続けて切り落とすことができる。もちろん、本物の槍と立ち合うのは、非常に危険である。しかし、それを分かった上での判断だった。

 棒状の槍でも、同時に突き出されれば、避けるのは真剣と同じく難しい。同じ難しさなら、こっちも真剣で立ち合えるだけ有利と僕は考えたのだ。

「本物の槍で戦うと言うのだな。怪我をするだけでは済まなくなるぞ」

「構いません。こちらも真剣を使うので、怪我をさせるかも知れません」

「後で吠え面をかくな」

「それは終わった後で言ってください」

 二十人槍の隊列は戻っていき、棒状の槍から、本物の槍へと取り替えた。それらは光を反射して光り輝き、鋭かった。

 僕には、木刀からいつも使っている刀が渡された。刀を鞘から出して振ってみた。

 刀がうなりを上げながら光っていた。

 鞘を若い侍に預けて、抜き身の刀を持って、試合場の真ん中に立った。

 そして、二十人槍の隊列が、真剣の槍を持って戻ってきた。そして、僕をぐるりと囲んだ。距離は二十メートルほど離れていたろうか。

 どこにも逃げ道はなかった。

 四方八方が槍で塞がれていた。

 槍先の鋭い刃が僕に向けられていた。

 僕は正眼の構えで待っていた。隊列の乱れを見ていたが、隊列は一糸乱れぬ構えを見せていた。その構えに脅威を感じたが、どこかを崩さなければならない。しかし、その隙を隊列は見せない。じわじわと間隔を狭めてくる。

 二十メートルほど離れていたのが、十五メートルほどに近付いてきた。たった五メートル近付いただけなのに、巨大な壁が立ち塞がったかのような感覚に囚われた。

 槍の先の刃の間隔が狭くなった。二十本の槍がずらりと周りを取り囲んでいる。槍の先だけを上から見れば、銀色の輪のように見えただろう。

 そのまま隊列が突き進めば、槍はこの身を突き刺すだろう。隊列はまた一歩、近付いてきた。

 もう動くしかなかった。右に動いた。しかし、右の者は下がることなく、一歩踏み込むように槍を突き出してきた。そして、その左右からも槍は突き出された。槍は僕の躰すれすれの所で止まった。というより、そこが槍の突く一番先だった。もう一度、突くには槍を引いて、突き出すほかはなかった。そのタイミングで、僕は、一度地面に屈み、そして上空に飛び上がった。

 槍を引いた方に向けて、飛び上がり、慌てて繰り出してくる槍を刀で受けた。そして、刀で受けた右側の槍部隊の中程に着地した。槍は長い。相手はすぐに体勢を立て直そうとしたが、その槍の長さが邪魔をした。槍を引いて刺そうとしたが、その前にその槍の柄の部分を真剣で叩き切っていった。最初に三本切り、次の槍が伸びてくると、その槍先を避けながら、その柄を切り落としていった。そして、切り落とした槍を取って、刃の部分ではない方、つまり切り落とした方で、右側の侍の胸を強く突いた。その一人が倒れると、それにつられて二人ほど足を取られた。槍が上に上がり、胴ががら空きになった。その者を峰打ちにした。

 右側の一角が空いた。しかし、倒れた者が邪魔になって、すぐには突いてこられなかった。僕は刀を振り上げて前に向かって走った。前の槍部隊は刃先をしっかりと揃えた。そこにジャンプして、槍の上に乗り、乗った槍の柄を次々と切り落としていった。そして、そのまま彼らの背後に回り、槍を持っているのですぐに振り向けないうちに、刀の峰でその首の後ろの部分を強く叩いていった。叩かれた者は足から崩れ落ちていった。

 そして、一人の槍を取るとぐるぐる回して、敵を攪乱し、散り散りにさせた。そうなると二十人槍は見る影もなかった。バラバラになった一人一人を、槍を突いてきた者は、その槍を捕まえて、僕は刀の峰でその肩を思い切り叩き、また、別の者は槍をかわしてその腹を叩いた。叩かれた者はもだえるように蹲った。

 二十人槍の隊列は、もう数人を残すだけとなった。

 槍を突き出してくればかわして、その胴を叩き、あるいは槍を捕まえて、引っ張りその肩を叩いた。

 最後の一人が倒れると、僕は刀を振って、若い侍から渡された鞘に収めた。

 僕の後ろには、地面に苦悶の表情を浮かべている侍たちが転がっていた。

 

 僕は藩主の前に行き、片膝をついた。

「そちの勝ちじゃ」と藩主は言った。

「ははー」

 僕は立ち、中島や近藤の元に歩いて行った。

「やった、やった」と近藤が騒いでいた。

「もう一晩泊まっていけ」と滝川劍持は言った。

 まだ昼前だったから、帰れると思っていた中島や近藤は意外な顔をした。

 僕は「もう一人いるでしょう」と二人に言った。

 御指南役、氷室隆太郎のことだった。

 彼もまた二十人槍を破ったことがある者と聞かされていた。二人の剣豪が出会う機会はめったにない。その機会を滝川劍持が逃すはずがないと思っていた。