小説「僕が、剣道ですか? 2」

三十三

 僕は風呂敷に包まれた懸賞金を前に、家老に「こんな大金、どこにしまっておいたらいいのでしょう」と訊いた。

 家老は「うちの蔵に入れておけばいい」と言った。

「金蔵という金庫番がいてな、彼に言えば蔵を開けてもらえる」

「はぁ。でも、金が入り用になったら、きくに頼む場合が多いのですが」

「きくのことも話しておく。それでいいだろう」

「ええ、結構です」

「それにしても黒亀藩とはな」

「何かあるのですか」

「なに、大したことじゃない」

「気になるじゃないですか」

「このあたり四国一の剣術使いがいるんでな」

「ほう、誰ですか、それは」

「氷室隆太郎と言う」

「強いのですか」

「強いとの、もっぱらの噂じゃ」

「そうですか」

「四国一か、あるいは全国一かもしれん」

「そんなに強いんですか」

「ああ」

 

 屋敷に戻ると、きくが待っていた。

「どうでした」と宴会の様子を聞きたがる。僕の武勇伝で終わったと話した。

 毒きのこの一件は話さなかった。

 持ち帰った風呂敷包みを開いたきくは、口もきけなかった。

 

 次の日、風呂敷包みに入れた小判を持って、金蔵を連れて蔵に向かった。

 金蔵に蔵を開けてもらい、指定された所に風呂敷包みを置いた。金蔵には、きくが来た時も蔵を開けるように言った。

「へぃ、わかりやした」

 金蔵は律儀で頑固そうな男だった。

 

 それから六日後に、夕餉の席で家老から話があった。

「明後日、黒亀藩に出立してもらいたい。番頭の中島伊右衛門と近藤中二郎が供をする」と言った。

「そうですか」という他はなかった。

 

 きくに黒亀藩に行く話をすると、「どうして鏡様が行かなければならないんですか」と言った。

 そうなんだよな、僕もそう思っているんだ、とは言えなかった。

 翌日は、出立の支度をして、その次の日の早朝に屋敷を出た。

 屋敷の前には、中島伊右衛門と近藤中二郎が待っていた。

「随分と待たせましたか」と訊くと、「いいえ、今し方、来たところです」と答えた。

「そうですか、行きましょうか」

「籠で行きますか」と近藤が訊くので、「いや、籠は疲れます。歩いた方がよほど楽です」と答えると、二人も「私たちも籠は苦手で」と言った。

 とにかく三人で旅歩きをしようということになった。

 黒亀藩には、二泊三日かかるそうだ。

 早く行けば一泊二日で行けるのだろうが、最初から二泊三日で行くつもりのようだった。

 藩の端にある湯治場で最初の一泊目を取った。

「ああ、いい湯だ」

 中島伊右衛門が言った。

「そうですね」

 近藤中二郎が応えた。

 僕も久しぶりの温泉にゆったりと身を沈めていた。

「鏡殿」

「何ですか」

「あれほど多くの人をどうやったら斬れるんですか。一人や二人ならわかるんですが」と中島が質問した。

「そうそう、私もどうしてかな、と不思議に思っていましたよ」

「理屈じゃありません。結果的にそうなっただけです」

「でも、凄いですね。あなたはどう見ても十五、六歳にしか見えない。しかし、剣にかけては達人だ。十五、六歳の技じゃない。悪い意味じゃなく、枯れた風格さえある」

 僕は答えようがなかった。

 二人は先に上がっていった。

 僕は綺麗な夜空を見上げながら、顔を拭った。

 星が落ちてくるように光っていた。

 

 昼近くまで眠っていて、番所を通り、隣の藩に入った。

「ここは湯沢屋が有名なんですよ」

「いい温泉場らしいですよ」

 中島と近藤が話していた。

 彼らはすっかり旅気分でいる。だが、僕はそうはいかなかった。

 おそらく四国随一と言われる氷室隆太郎と立ち合うことになるだろう。それだけでも憂鬱だった。

 夕暮れ前に湯沢屋に着いた。

 早速、温泉に入った。すでに紅葉の最盛期は過ぎたが、残り紅葉が美しかった。

 中島と近藤は早々と湯から上がっていった。

 僕は残り紅葉を楽しんでいた。

 僕が風呂から出た頃には、二人はもう出来上がっていた。酒をたらふく飲んで、眠りこけていた。

 僕は一人で夕餉をとり、窓から外を見ていた。

 女中が布団を敷きに来て、二人を布団に寝かしつけると、出て行った。

 僕も障子戸を閉めて、布団に入った。