小説「真理の微笑」

五十八

 二十二日、私は社長室から由香里に電話した。

 ハウスクリーニングは二十七日に行われる事になった。

 私が会社にいる間にすべてが済む。そして、その日は、ハウスクリーニングのために真理子は一日中、家にいなければならないはずだった。

 由香里が出た。

「明後日はクリスマスイブだね」

「そうね」

「赤ちゃんは」

「元気よ、時々お腹を蹴っている」

「そうか」

「どうしたの」

「クリスマスもクリスマスイブも一緒にいられなくてごめん」

 そう言うと由香里は「あなたらしくないわね。いつもいないじゃない。クラブのパーティーで忙しくって」と言った。

「そうか」

「そうよ」

「二十七日に行ってもいいかな」

「いいわよ、いいに決まってるじゃない。いつ来るの」

「昼間、十二時頃かな」

「わかったわ」

「少し遅いクリスマスと忘年会をささやかにしよう」

「嬉しいわ、ごちそうを作って待っている」

 最近は昼食は軽く済ませるようにしていたのを思い出した。真理子が腕によりをかけた手料理を作ってくれているからだった。でも、由香里もきっといろいろごちそうを用意していてくれる事だろう。胃薬が必要だな、と思った。

 

 由香里に電話をした後、介護タクシーを呼んだ。

 そして銀座に向かった。有名な宝石装飾店に入った。

 真理子と由香里にネックレスを買うつもりだった。

 本当は夏美にも買って送りたかったがやめた。装飾品よりも現金の方がいいだろうし、ネックレスを送ればそれを見る度、私の事を思い出すだろう。それは夏美を辛くさせるだけだと思ったからだった。

 真理子には二百五十万円するダイヤモンドのネックレスを、由香里には百三十万円のダイヤモンドをあしらったエメラルドのネックレスを選んだ。

 クレジットカードで支払いを済ませると、介護タクシーで会社に戻った。

 

 クリスマスイブは、果たして山のようなごちそうが待っていた。

 カモの丸焼きに、レタスとアボカドのサラダ、鶏の唐揚げ、皿からこぼれるほどのポテトフライ、そして、クリスマスケーキ……。

 真理子は、私の車椅子を動かして正面の席に着かせると、シャンパンを抜いた。そして私の目の前に置かれているシャンパングラスにそれを注いだ。

 私が顔を上げると、「大丈夫よ、子ども用のものだからお酒は入ってないわ」と言った。

 私は真理子にノンアルコールのシャンパンを注ぐと、シャンパングラスを取って真理子のそれにカチッと音がするくらい当てて、一口飲んだ。

 去年は、夏美と祐一とで、もっと質素にクリスマスイブを祝っていた。それで幸せだった。そして、私は新しく(株)TKシステムズが出すワープロソフトに自信を持っていた。

 …………

 私は、カモの肉を一口頬張った後、「忘れるところだった」と言いながら、ジャケットの内ポケットから細長い箱を取り出し、真理子に渡した。

 真理子は「なあに」と言いながら開けると、すぐに顔をほころばせた。

「これって……」

「ありがとう、感謝の気持ちだ」と私は言った。

 真理子は口を拭いて、立ち上がると、鏡の前に行って首に当ててみた。

「つけてみろよ」と私が言うと、「ええ」と言いながらそれを首につけた。

 振り向いた真理子の胸に光るネックレスはよく似合っていた。

「素敵だ」

「これ、高かったでしょう」

ジルコニアじゃないよ。本物のダイヤだ。真理子には本物が似合う」

 そう言うと、真理子は近づいてきてキスをした。濃厚なキスだった。そして耳元で「ありがとう、あなた。大切にするね」と言った。

 

 寝る時間になった。ベッドに先に私は上がった。

 真理子は化粧水をつけて、薄いバスローブを羽織った。

「ねえ、真理子。さっきのネックレスをつけてくれないか」

「いいわよ」

 真理子は化粧台の中からネックレスの入った箱を取り出して、首につけた。

「そのまま、立って」

「わかったわ」

 真理子は立ち上がった。

「バスローブも脱いで」

 真理子は少し躊躇したが、バスローブを足元に落とした。

 裸身にネックレスだけの真理子は美しかった。首元で、銀色と透明に輝くネックレスが真理子の美しさをより一層引き出していた。

「こっちにおいで」

 真理子はやってきた。

「そのままベッドに上がって」

「でも」

「いいから」

 真理子はベッドに上がって横たわった。私は真理子に覆い被さりキスをした。

 私の胸に当たるネックレスのダイヤがひやりと冷たかった。

「だめ、ネックレスを壊しちゃう」

 真理子は起き上がった。

「わたし、そんなに大人しい女ではいられないわ」