小説「僕が、警察官ですか? 4」

二十一

 定時に黒金署の安全防犯対策課に行った。

 午前十一時に、悟堂の家に実況検分に行くことになった。

 

 ききょうがどのように連れ去られたかは、すでに検分済みだった。

 悟堂の家で、続きの実況検分は行われた。当日の様子が再現されていた。

 僕は、門から家の中に入って、家をぐるりと回って見せた。そして、窓を見て歩いた。カーテンのある隙間があったのが、居間だった。その縁側に上って中を見る仕草をした。

「ここから、ききょうが目隠しをされ、後ろ手に縛られているのを見たんです」と言った。

「それで、この窓硝子を割り、サッシの鍵を開けて、部屋の中に入ったんです」と続けた。

「窓硝子を割ったときには、結構な音がしますよね」と僕に言った後に、「お前たち、気付かなかったのか」と、居間にいる中沢喜一、井上康夫、武下紀夫に訊いた。

 三人とも「気付きませんでした」と言った。

「不思議だなあ」と立ち合いの警察官は言った。

「スタンガンはこの辺りにあったんですよね」と検分している警察官が訊いた。

「そうだと思いますが、はっきりとは覚えていません」と僕は言った。

「これを掴むには、部屋の中に入ってこなければなりませんよね」と検分の警察官が言った。

「ええ、部屋の中に入りましたよ」と僕は言った。

「お前たちは気付かなかったのか」と検分の警察官は、中沢喜一、井上康夫、武下紀夫に言った。

 三人ともさっきと同じように「気付きませんでした」と言った。

「それからどうされましたか」と検分の警察官が訊いた。

「三人の首にスタンガンを当てて気絶させました。そしてガムテープで後ろ手に縛ったのです」と答えた。

「その間にお前たちは、何も抵抗しなかったのか」と検分の警察官が三人に訊いた。

 三人は「突然のことだったので、覚えていません」と言った。

「それから、どうしました」と僕に訊いた。

「別の部屋にいた男をスタンガンで気絶させました。そして、居間に運んでガムテープで後ろ手に縛りました」と僕は答えた。

「悟堂はそっちの部屋にいたのか」と悟堂に訊いた。

「はい」と悟堂が答えた。

「何をしていたんだ」

「友達に携帯で電話をしていました」

「友達とは誰なんだ」

「村田靖史です」

「それで、異変には気付かなかったのか」と悟堂に訊いた。

「携帯をしていたので、首にカッターナイフを突きつけられるまで気付きませんでした」と悟堂は答えた。

「首にカッターナイフを突きつけられたのか」

「はい」と悟堂は言った。

「そうなんですか」と検分の警察官は僕に訊いた。

「ええ、そうするしかなかったものですから」と答えた。

「それでどうしたんですか」

「多分、『声を出すな』と言ったと思います」と僕は言った。

「そうなのか」と悟堂に訊いた。

「ええ、そう言われました」と言った。

「それから、どうしました」と僕に訊いた。

「確か『何でもないと言え。そして、こっちに来いと呼び出せ』と言ったと思います」と答えた。

「そうなのか」と検分の警察官は悟堂に訊いた。

「ええ、そうです」と悟堂は答えた。

「それで、村田とはどんな会話をしたんだ」

「『何でもない』と言いました。すると、『何かあったと思ったぜ』と言うので、『子どもが騒いだんだ』と言いました」と言った。

「村田は何て言った」

「『大人しくさせておけよ』と言いました」

「それから」

「『早く、こっちに来いよ』と言うと『わかった。すぐ行く』と言って携帯は切れました」と悟堂は言った。

「その後、この人に相沢公夫と鷹岡伸也さんも呼び出すように言われました」と続けた。

「それで三人を呼び出したんだな」

「はい」と悟堂は言った。

「あとは、それぞれ来るのを待って、玄関でスタンガンを首に押し当てて気絶させたんです。それから、居間まで引きずっていって、ガムテープで後ろ手に縛りました」と僕は言った。

「お嬢さんの紐や目隠しを取ったのはいつですか」と検分の警察官は訊いた。

「家の中にいる四人を気絶させた後だと思いますが、はっきりとは覚えていません」と答えた。

「ああ、それから家と学校に携帯で電話をしました。どんな話をしたのかは、覚えていません」

「そうですか。それでは、実況検分はこれで終わりです。お疲れさまでした」と検分の警察官は言った。

「これで終わりですか」

「ええ、後は、警察が来ていますからわかるので必要ありません。こちらでわからないところだけを実況検分したんです。報告書に書ける内容がわかれば十分なので、もう、これで終わりです」と検分の警察官は言った。

 僕はホッとした。

 時間を止めていたことを知られずに済んだからだ。辻褄が合わないことが多少あっても、この実況検分は、報告書を作るための形式的なものに過ぎないから、問題はないだろう。

 

 黒金署にはパトカーで戻った。

 安全防犯対策課に行くと、皆から「どうでした」と訊かれた。

 僕はそれには答えず、「疲れているんだ。休ませてくれ」と言った。

 時計を見ると、午後二時を過ぎていた。

 かなり遅い昼食をとることにした。

 鞄から愛妻弁当と水筒を取り出すと屋上のベンチに行った。

 そこで弁当を食べた。

 実況検分はこりごりだった。

 

 定時になったので、安全防犯対策課を出て、家に向かった。

 今日は誰もつけてこなかった。

 

 土日は、特に何もしなかった。今週はいろいろなことがあり過ぎた。僕はやはり疲れていた。

 日曜日の夜は、水炊きだった。母が主役だった。きくは母の言うように手伝っていた。

 ききょうも元気だった。

 

 月曜日は、西新宿署で剣道の稽古がある日だった。

 剣道の道具を持って、家を出た。

 黒金署の安全防犯対策課に行くと、メンバーは全員来ていた。

 防犯安全キャンペーンのキャラクター募集のポスター作りをやるらしかった。

 緑川が文案を持ってきて、「これでいいですか」と訊いた。

 僕はざっと読んでみた。

『防犯安全キャンペーンにふさわしいキャラクターを募集。これまでにない、アイデアを期待しています。ふるってご応募ください』と書いてあった。

 下の方に『すでにあるキャラクターは不可。防犯安全キャンペーンにふさわしくないキャラクターも不可。採用されたキャラクターの作者には粗品を進呈』と書かれていた。

「いいと思うけれど、これでキャラクターが応募されてくるのかな」と言った。

「それはやってみなければわからないんじゃないですか」と緑川は言った。

「それもそうだな。これで行こう」と言うと、緑川は「じゃあ、始めましょう」と言った。

 どうせ、これでやるつもりだったんじゃないか、と思った。

 

 僕はすることがなかった。

 島村勇二のことは気になったが、今のところどうすることもできない。

 ただ、漫然と時間を過ごしているうちにお昼になった。

 僕は鞄から愛妻弁当と水筒を取り出すと、屋上のベンチに向かった。