小説「僕が、警察官ですか? 4」

二十

 定時になったので、鞄を取って安全防犯対策課を出た。

 家に向かっていつものように歩いていた。

 すると、ズボンのポケットのひょうたんが震えた。

「どうした」と僕は言った。

「誰か主様をつけてきています。邪念を持っています」と言った。

「そうか、ありがとう」と言った。

 つけられているのは、分かっていた。今は五人ほどだろう。僕は人通りの少ない道を選んで歩いた。もう少し先に行けば公園がある。つけてきているものは十二人に増えた。

 公園に入っていった。向こう側にも十人ほど人が待っていた。

 公園内は、一般の人はいなかった。奴らが追い出したか、入れなかったからだろう。

 僕は公園の広場で二十二人に囲まれた。

「道を空けろ」と僕は言った。

 奴らはゲラゲラと笑った。

「悪いことは言わない。素直に道を空けろ」と言った。

「鏡京介だな」

「呼び捨てにされる覚えはないぞ。様を付けろ、様を」と言った。

「お前のことは知っている。剣道の達人だってな」と一人が言った。

「そうだ。だから、引いた方が身のためだぞ」と言った。

「剣道で強くても、喧嘩に強いかな」と別の奴が言った。

「どっちも強いよ。試してみるか」と僕は言った。

 相手は武器を出してきた。ナイフを持っている者が十四人。鉄パイプを持っている者が五人。チェーンを持っているのが一人。鉄バットを持っているのが二人だった。

「やれ」と誰かが言った。その瞬間に時間を止めた。

 僕は、ハンカチを出して、鉄パイプを持っている奴から鉄パイプをもぎ取った。ハンカチをまいた鉄パイプを剣を持つように持って、まず鉄パイプを持っていた男の両足の骨を打って折り、それから両腕の骨も折った。その隣の男はナイフを持っていた。その腕を鉄パイプで折り、もう片方の手も鉄パイプで折った。それから、両足の骨も折った。こうして、二十二人の両腕と両足の骨を折った。それから、胸を強く打って気絶させた。

 ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「あやめ。これで全部か」と訊いた。

「いいえ、もう一人います」と言った。

「どこだ」

「公園の外です。車に乗っています」と言った。

 歩いて来た方には車は見当たらなかったから、向こう側なのだろう。

 僕は歩いて公園の外に出た。車が止まっていた。中に男が乗っていた。こちらを見ていた。

「あやめ。こいつか」

「そうです」

 僕は車に近付いて、ドアに手をかけた。ロックはされていなかった。車のドアは開いた。運転席に座っていた男を引きずり出して、公園まで連れて行った。

 そこで両手、両足の骨を折った。そして、ハンカチを鉄パイプから解くと、鉄パイプを遠くに放った。

「あやめ。こいつの頭の中を読め」と言った。

「わかりました」と答えた。

 しばらくして、男の意識が流れてきた。

 男は北村守男、三十歳だった。島村勇二に僕を襲うように言われていた。

 時を動かした。

「いてえ」と情けない声で北村は言った。北村の懐を探って携帯を取り出した。

「痛いだろうな。両手、両足の骨を折られているんだからな」と僕は言った。

「お前、鏡か」と言った。

「呼び捨てにするな。様を付けろ、様を」と言った。

 するとすぐに「鏡様ですか」と言い直した。強い奴には媚びへつらう奴だった。

「そうだ。ちゃんと言えるじゃないか」と僕は言った。

「島村勇二に電話をしろ」と続けた。

「できません」と北村は言った。

「するんだ」と言って、折れた足を捻った。

「うぉー」と呻いた。

「できるよな」ともう一度言った。

「します」と言った。

 北村に携帯を渡した。北村は携帯で島村勇二に電話をした。

 電話が繋がった。

「北村です」と言った時に、僕は彼から携帯を取り上げた。

「やったか」という島村の声が聞こえてきた。

「やったよ」と言った。

「そうか、やったか……」と言いかけて、島村勇二は黙った。

「お前は誰だ。まさか……」と島村は言った。

「そのまさかだよ」と僕は言った。

「たった二十二人送り込んできて、私を倒せるとでも思ったのか」と続けた。

「くそっ」と言って、電話は切れた。島村とはもう少し話したかったが、仕方がなかった。

 北村に携帯を渡して、「救急車を呼べ。その後はなんとかするんだな」と言った。

 それから「警察官を襲った罪は見逃してやるよ。その代わり、何もしゃべるなよ。しゃべったら、警察官を襲った罪を背負うことになるからな。そんなことになったら、どんな目に遭うか、分かっているだろう」と言った。

「わかっています」

「そうだ。それでいい。仲間にもそのことは徹底させるんだぞ」と言った。

「はい」と北村は言った。

「じゃあ、救急車を呼べ。私は家に帰る」と言って、彼の元を離れた。

 

 僕は何事もなかったかのように公園を出た。そして、家に向かって歩いた。途中でサイレンを鳴らして、公園の方に向かう救急車に出会った。

 一台じゃあ、乗り切らないだろうな、と思った。

 

 家に着いた。きくが出迎えてくれた。

「少し遅かったですね。何かありましたか」と訊いた。

「いいや、何もない。ちょっと署を出る時間が遅くなっただけだ」と答えた。

「そうですか、それならいいんですけれど」ときくは言った。

「今日、ききょうは普通に帰ってきたか」ときくに訊いた。

「ええ、いつも通りでした。何も変わったふうはありませんでしたよ」と答えた。

「そうか、それならいい」

 

 僕は着替えると、着て来たスーツを「これ、クリーニングに出しておいてくれ」ときくに言って、すぐに風呂に入った。

 髭を剃り、頭と躰を洗って浴槽に浸かった。

 久しぶりに躰を動かしたので、お湯が気持ち良かった。

 島村勇二が追い込まれていることは事実だった。これだけ矢継ぎ早に襲ってくることがそれを示していた。

 焦っているのだろう。

 次は何を仕掛けてくるのかは、予想もつかなかったが、接近戦なら何人でも相手にできる。こっちは、時を止められるんだから、怖いことはなかった。

 考えてみたが、思いつかなかったので、風呂から出た。

 それよりも明日の実況検分の方が気になった。なにしろ、時間を止めることで、ききょうを救い出せたのだから、状況に説明が付かないことが起きていることは事実だった。それをどこまで、ごまかせるかが課題だった。