小説「僕が、警察官ですか? 4」

十五

 高島研三が起こした警察官発砲の事件では、島村勇二は殺人教唆が問われ、実刑二年の刑が言い渡されている。ということは、その捜査資料が西新宿署にあるということだった。島村勇二の逃亡先が、その捜査資料から分からないものかと思いついた。

 思いつくとじっとはしていられなくなった。

 緑川に「ちょっと、西新宿署まで行ってくる」と言って、鞄を持って安全防犯対策課を出た。

 西新宿署の犯罪資料課に行って、高島研三が起こした警察官発砲の事件の資料を取り出してもらった。犯罪資料課も地下にあった。未解決事件捜査課の隣だった。

 隅のデスクに資料箱を持って行って、蓋を開けた。

 その中から、島村勇二の携帯の履歴が載っているファイルを捜した。高島研三の携帯履歴のファイルと一緒のファイルに綴じられていた。

 三十二ページに及ぶファイルを携帯で写真に撮った。一ページが六十行だったから、千九百二十もの履歴を写真に撮ったことになる。重複しているものも多いだろうから、絞り込むのは、そう難しくはなさそうだった。

 もっと、時間がかかるかと思って鞄を持って来たが、西新宿署を出て、黒金署に戻った時には、お昼だった。

 そのまま屋上に上がり、隅のベンチに座った。

 

 昼食を済ますと、安全防犯対策課に戻った。

 携帯を取り出し、撮ってきた写真を拡大してプリントアウトした。

 重複している電話は重要なものなのだろう。それらの電話番号を抜き出していった。

 抜き出した電話番号は二百四十八になった。

 それらに片っ端から電話をしていった。

 午後五時までに百六十八件電話ができた。

 出ないところがほとんどだった。出たところは、バーや料理屋やレストランが多かった。いくつかの会社も出たので、メモしておいた。

 残り八十件は明日するつもりだった。

 退署時刻になっていたので、安全防犯対策課を出て家に帰った。

 

 家に帰ると、今日の午後は電話をかけ続けていたので躰を動かしたくなった。

 納戸から竹刀ケースを取り出して、定国を掴んだ。そして、屋上に上がった。

 定国を鞘から抜いて、素振りをした。そんな時、こちらの建物を見ている奴を見付けた。素振りを止めて、そいつを見た。向こうも気付いたらしくて、逃げ出そうとしたので、時間を止めた。

 定国を竹刀ケースに戻して、鞄からひょうたんを出して、ズボンのポケットに入れた。

 玄関を出て、逃げ出そうとした男のところに行った。

 ひょうたんを叩いて、あやめに「こいつの頭の中を読み出せ」と言った。

「はーい」とあやめは言った。

 しばらくして意識が送られてきた。

 もうクラクラすることはなくなった。

 男は中沢喜一、二十六歳だった。

『ここが鏡京介の家か。デカいな。押し入るには、難しいな。がきでも誘拐するか』と考えていた。

 誰に頼まれたのかを読み出すと、鷹岡伸也だった。知らない奴だが、鷹岡は島村勇二に頼まれたのだろう。

 中沢の仲間は、井上康夫、武下紀夫、悟堂清、村田靖史、相沢公夫の五人だった。中沢喜一を入れると六人だった。彼らの家の住所はみんな黒金町だった。鷹岡伸也の家もそうだった。

 子どもをさらったら、悟堂清の家に連れて行くつもりだった。悟堂清の家は一人住まいで2LDKと広かった。悟堂の家がこいつらのたまり場になっていた。悟堂の家は、黒金町北三丁目****にあった。

 それと中沢喜一の携帯を取り出して、井上康夫、武下紀夫、悟堂清、村田靖史、相沢公夫と鷹岡伸也の携帯番号を覚えた。もちろん、中沢喜一のも覚えた。

 携帯を戻して、僕は家に戻り、時間を動かした。

 中沢喜一はどこかに逃げて行った。

 

 風呂に入った。

『がきでも誘拐するか』というのが気になった。鷹岡伸也が島村勇二に、僕の家に押し入るか、子どもを誘拐しろと指示されているのだとしたら、近いうちに行動を起こすだろう。

  悟堂清の家は分かっているから、そこに仲間を呼び寄せて、先に潰してしまうのも手だが、警察官である以上、先に手を出すのはまずい。しかし、何かをやったら、ただでは済まさない覚悟はあった。

 

 次の日、安全防犯対策課に行く途中で、携帯に家から電話がかかってきた。

「どうした」

 きくがおろおろした声で「ききょうが登校中に、黒いバンで連れ去られたという知らせが友達からあったんです」と言った。

「分かった。すぐ帰る」と言って電話を切った。

 安全防犯対策課に電話をした。緑川が出た。

「子どもが誘拐された。だから、今日は休む」と言って電話を切った。

 そして、時間を止めた。

 中沢たちの仕業だと思った。そうだとすれば、悟堂の家に連れ込まれた可能性が高い。悟堂の家は黒金町北三丁目****だった。歩いて行ける所にあった。

 時間を止めたまま悟堂の家まで来た。悟堂の家は平屋で一軒家だった。

 時間を止めたまま、門の中に入って、家をぐるりと回った。窓にはカーテンが引かれていた。しかし、隙間があった。縁側に上って、その隙間から中を覗いた。ききょうが居間で、目隠しをされ、後ろ手に縛られていた。

 僕は躊躇なく窓硝子を割った。そして、サッシの鍵を開けると、中に入った。

 悟堂清の他に中沢喜一、井上康夫、武下紀夫がいた。

 悟堂清は別の部屋で携帯をかけていた。井上康夫は台所でパンを食べていた。

 中沢喜一と武下紀夫が見張り役として、ききょうの側にいた。

 周りを見回した。カッターナイフにガムテープがあった。それにスタンガンもあった。

 ガムテープを取ると、まず、台所にいる井上康夫を居間にまで引きずってきて後ろ手にガムテープで縛った。次に中沢喜一と武下紀夫もガムテープで後ろ手に縛った。そして、その三人はスタンガンで眠らせた。

 悟堂清はこちらを見ていなかった。カッターナイフを持って、悟堂清のところに行き、携帯で誰にかけているかを見た。村田靖史だった。時を動かした。

「それでさぁ」と言ったところで、異変に気付いたのだろう。こちらを見た。首筋にカッターナイフを当てて、耳元で「声を出すな」と言った。

 携帯からは村田靖史が「どうしたんだよ」と言った。悟堂に「何でもないと言え。そして、こっちに来いと呼び出せ」と言った。

 悟堂の首筋にカッターナイフを押しつけた。引けば動脈が切れる。

「何でもない」

「何かあったと思ったぜ」

「子どもが騒いだんだ」

「そうか。大人しくさせておけよ」

「早く、こっちに来いよ」

「わかった。すぐ行く」と言って携帯は切れた。

 僕は悟堂に「相沢公夫も呼び出すんだ」と言った。

「わかりましたよ」と言って、携帯で相沢に電話をした。

 僕は耳を携帯に押し当てて、相手の声を聞いていた。

「清か。何だよ」と相沢は言った。

「鏡の娘を誘拐した」と悟堂は言った。

「本当か」

「ああ」

「じゃあ。すぐ行く」と言った。

「待っている」と悟堂が言って携帯を切った。

「鷹岡伸也も呼び出せ」と僕は言った。

「鷹岡さんは無理ですよ。俺たちとは違うんだから」と悟堂は言った。

「それは分かっている。でも、呼び出せ。これからどうしたらいいのか分からないから、来てください、って言うんだ。そう言えば必ず来る」と僕は言った。

 悟堂は渋々鷹岡のところに電話をした。

「何だ。こんな朝から」と鷹岡は言った。もう午前十時半を過ぎていた。

「鏡の娘を誘拐してきたんです」と悟堂は言った。

「本当か」

「はい。でも、これからどうしたらいいのか、わからないんですよ」と悟堂は言った。

 鷹岡は笑って「お前たちでは荷が重いかな」と言った。

「そうなんですよ。来てくれませんか」と悟堂が言った。

「わかった。お前の所にいるんだな」

「そうです」

「じゃあ、これから行くから待ってろ」と言った。

 携帯が切れると僕は時間を止めた。そして、悟堂を後ろ手にガムテープで縛ると、居間に引きずっていった。そして、スタンガンで眠らせた。

 それから、時間を動かした。