小説「僕が、警察官ですか? 4」

十八

 家に帰ると、学校に電話をして、無事に家に戻ってきたことを副校長に伝えた。

 副校長は「大事に至らずに良かったですね」と言った。

「ええ、そうですね」と僕は応えた。

 それで電話を切った。

 

 きくに「ききょうは風呂に入れさせろ」と言った。

「あなたは」と訊くので、「ちょっと出かけてくる」と言って、納戸に入り、ショルダーバッグの中に入れておいた皮手袋を取り出し、竹刀ケースを持って家を出た。

 新宿駅から北世田谷駅まで乗った。島村勇二の家は世田谷区****にある。そこに行くためだった。

 駅で降りると、島村勇二の家に向かって歩いた。

 途中から時間を止めた。人に見られたくなかったのと、防犯カメラに写りたくなかったからだった。

 島村勇二の家に着いた。門札を確認した。ちょっとした邸宅だった。庭も広々としていた。

 皮手袋を嵌め、門を乗り越え、窓に向かった。防弾ガラスだった。竹刀ケースから定国を取り出した。窓の鉤近くのガラスを定国で切った。柔らかな飴でも切るかのように簡単に切れた。三角に切って、錠を外して窓を開けた。

 警備会社と契約をしているだろうから、窓を開ければ、当然警報は鳴るはずだが、時間が止まっているので、何も鳴らなかった。

 台所には、島村勇二の妻がいた。その目の前で、食器棚からワイングラスを取り出して、テーブルに並べた。

 それから二階に上がっていった。

 中学生の娘と息子がいた。

 彼らは携帯で対戦式のゲームをしていた。机の上のマジックペンで二人の顔に大きな二重丸を書いた。

 それが終わると、島村の家を出た。北世田谷駅に着いた時に、時を動かした。

 今、島村家は大変な騒ぎになっているだろう。

 僕は電車に乗って新宿駅で降りた。そこで公衆電話を探して、島村勇二の携帯にかけた。

 島村はすぐに出た。

「鏡か」と訊いた。

「そうだ」と答えた。

「お前がやったのか」と言った。

「他に誰がやるというのだ」と言った。

「今度こんなことをしたら」と島村が言ったので、それを遮って、「そう、ただじゃおかない。これはほんのお遊びでの仕返しだが、本気になったら、この程度では済まないぞ」と言った。

「ふざけた真似をしやがって」と島村は言った。

「それはこっちのセリフだ。いいか、狙うなら、私を狙え。今度、家族に手を出したら、お前の家族はこの世にいないものと思え」と言った。

「わかった。今度はお前を狙うよ。絶対、外さない方法でな」と島村は言って電話を切った。

 

 僕は家に歩いて帰ると、納戸を開けて、皮手袋をショルダーバッグにしまい、竹刀ケースを元のところに置いた。

 午後七時だった。

「ききょうは落ち着いてきているようです」と言った後、「京一郎も風呂に入りました。夕食にしますか」ときくは言った。

「いや、先に風呂に入る」と僕は言った。

 

 風呂から出てくるとダイニングテーブルに夕食のおかずが並んでいた。

 ききょうはいつもと同じ顔をしていた。トラウマにならなければいいがなと思ったが、こればかりはしょうがなかった。

「いただきます」とみんなが言った。

 僕は箸を取って、魚の煮付けを取って皿に運んだ。

 ききょうが気丈に振る舞っているだけに、子供だましの仕返しをしたが、島村は許せなかった。

 ただ、子供だましの仕返しだったが、島村の家族は驚いたことだろう。突然、顔にマジックペンで二重丸が書かれたり、ダイニングテーブルにワイングラスが並んだのだから、気味が悪いに違いない。

 警備会社の警報も役には立たなかった。

 こちらがその気になれば、何でもできることは分かっただろう。だから、間接的にだが、家族を島村から守ることはできたと思った。

 だが、奴のことだ。今度は僕を狙ってくるだろう。それでいい。僕を狙ってくれば、それだけ島村を見つけやすくなる。

 

 次の日のテレビは、警察官の娘の少女が誘拐され、それを父親が救い出したというニュースがトップだった。

 新聞の一面もそれだった。

 テレビを消して朝食をとった。

 食べ終わると、ききょうもいつもと変わらず学校に行く用意をしていた。

「今日は休んでもいいのよ」ときくが言うと、「平気。だって、パパが助けに来てくれるんだもの」とききょうは言った。強がりに聞こえたが、強がりだけじゃないと思うと、目頭が熱くなった。

「そうだな。パパはいつでも助けに行くからな」と言った。

「うん」とききょうは言った。

「じゃあ、行ってきまーす」と京一郎と一緒に玄関を出て行った。きくは見送りに行った。

 きくは戻ってくると「ききょうは気丈ですね」と言った。

「そうだな」

「あなたに似たんですね、きっと」と言った。

「そうか。きくに似たんじゃないのか」と僕は言い返した。

「まさか」ときくは笑った。

「俺も出かけなければならない時間だ」と僕は言った。

「そうですね」

 僕は寝室に入って、着替えた。机からひょうたんを出して鞄の中に入れた。

 きくが弁当と水筒を持ってきてくれたので、それも鞄の中に入れた。

 きくの見送りで家を出た。

 

 黒金署に着くと、安全防犯対策課に行った。

 緑川が「おはようございます」と言った後、「昨日は大変でしたね」と言った。

 やっぱり、その話題か、と思った。メンバーの顔がみんな僕を見ていた。

「まあ、心配はしたけれどね。何とか助けられたから、良かったよ」と言った。

「どうやって、お嬢さんが連れていかれた所がわかったんですか」と滝岡が訊いた。

「もともと、奴らのたまり場になっていた家を知っていたんだよ」と答えた。

「へぇー、課長はさらった奴らのことを知っていたのか」と滝岡は言った。

「ああ、見当はついていた」と答えた。

「相手は七人でしたよね。どうやってやっつけたんですか」と鈴木が訊いた。

「ここは取調室か。仕事をしろ」と僕は怒鳴った。

 そこに品川署から電話がかかってきた。岸田信子からだった。

「ニュースを見て、びっくりしました。大丈夫でしたか」と言った。

「ご心配をかけましたが、大丈夫です」と答えた。

「そうですか。それならいいんですが」と心配そうに言った。

「本当に大丈夫ですから。それより高橋丈治は落ち着きましたか」と訊いた。

 高橋丈治は一命は取り留めたが、留置場内で首吊りをしたのだった。

「ええ、落ち着いています。今は素直に罪を認めているようです」と言った。

「そうなんですか」と僕は驚いた。

「首吊りをしたことで腹が決まったんだと思います」と岸田信子は言った。

「そういうもんなんですね」と僕は言った。

「あのう、誘拐の件では、お嬢さんは心に傷を負っていると思うんです。気を遣ってあげてください」と岸田信子は言った。

「そうですね。心しておきます」

「忙しいところを失礼しました。大丈夫そうだと聞いて安心しました。これで失礼します」と言って電話は切れた。

 その電話が切れるのを待っていたように、緑川が「署長がお呼びです」と言った。