十七
ききょうが寄ってきた。
「そうだ。学校に電話をしなくちゃ」と僕は言った。
自分の携帯で学校に電話をした。
副校長が出た。
「北園小学校、副校長の前川です」と言った。
「鏡京介です。やっと主犯格を捕まえました。警察に言ってもいいですよ」と言った。
「ききょうちゃんの声を聞かせてもらえますか」
「待っててください」と僕は言って、携帯をききょうに渡しながら、「副校長先生がききょうの声が聞きたいんだって」と言った。
「副校長先生」とききょうは言った。
副校長は何か言ったようだ。
「うん、大丈夫です。少し怖かったけれど、パパが助けに来てくれたから、それからは怖くはなかったです」と言った。
担任に代わったようだ。
「ええ、怖くはありませんでした。パパが助けに来てくれたからです」と言った。
そう言ってから、ききょうは携帯を僕に差し出してきた。
「警察の人がお話ししたいんだって」と言った。
「分かった」と言って、携帯を取った。
「代わりました。鏡京介です」と言った。
「西新宿署の中西です。鏡さんですか」
「はい」
「今、どこにいますか」
「黒金町北三丁目****にある悟堂の家です」と言った。
「わかりました。すぐに向かいますから、お待ちください」と言って、電話は切れた。
ききょうが「ママにもう一度、電話をしたい」と言った。
「分かった。ママも心配しているだろうから、電話をしよう」と言って、僕はきくに電話をした。きくはすぐに出た。
「きくか」
「はい」
「俺だ。警察には連絡した。もうすぐ来る」
「わたしも行きましょうか」
「そうだな。来てもらった方がいいかも知れない。メモはあるか」
「はい」
「これから住所を言うから書くんだぞ」
「わかりました」
「黒金町北三丁目****だ。タクシーで来い」
「そうします」
「ききょうに代わるぞ」
ききょうが携帯を取った。
「ママー」と言って泣き出した。
きくが何か言っているようだった。ききょうは、「うん」「うん」と返事をしていた。
最後に「早く来てね」と言って電話を切った。
ききょうは携帯を僕に渡した。
そうしているうちに警察が来た。
何人かが、靴にビニール袋を被せて、ズカズカと入り込んできた。
僕はききょうを抱きしめていた。
女性の鑑識員が「あなたが鏡京介警部ですか」と訊いた。
「ええ」
「抱きしめているのが、誘拐されたお嬢さんですね」と女性の鑑識員が言った。
「はい」
「お名前はききょうさんですね」と女性の鑑識員が言った。
「そうです」
もう一人の男性の鑑識員が「あそこから入られたんですか」と訊いた。
「はい」
「七人も倒されたんですね」と驚いたように言った。
「一度にではありませんよ。最初は四人でしたから、簡単に倒せました。倒した後は、あいつらが持っていたスタンガンで気絶させて、後ろ手にあいつらの持っていたガムテープで縛ったんです」と言った。
「後の三人はどうされたんですか」
「そこにいる悟堂に呼び出させたんです」と言った。
「最初からいたわけじゃないんですか」と男性の鑑識員は言った。
「いや、後から合流するつもりだったんです。だから、最初からいたのと同じですよ」
「そうですか」
「そして、そこにいる鷹岡伸也が今回の主犯格です。他の六人に私の娘を誘拐させたのは、そいつです。そして、それを指示したのは、今逃亡中の島村勇二です」と言った。
鑑識は写真を撮っていた。
ききょうの写真も撮った。
女性の鑑識員が「何か変なことはされなかった」と訊いた。
ききょうは首を左右に振った。
「ききょうちゃんに様子を訊きたいので、鏡警部は離れていてもらえますか」と女性の鑑識員が言った。
「分かりました」と言って、僕は居間から出た。
ききょうが不安そうな目で見ていた。
「安心していいよ。遠くには行かないから」と言った。
家の外に出ると、タクシーが止まるところだった。中から、きくが降りてきた。
「きく」と声をかけると、きくは抱きついてきた。
「ききょうは大丈夫なんですか」と訊いた。
「ああ、大丈夫だ」と答えた。
「ききょうに会いたいんですけれど」ときくは言った。
「訊いてみるよ」と僕は言った。
「母親が来たので、ききょうに会わせたいんですが、いいですか」と中に声をかけた。
女性の鑑識員が「靴にビニール袋を被せて入ってきてください」と言った。
側にいた鑑識員がゴムの付いたビニール袋を二つ渡してくれた。きくはそれを受け取るとローヒールに被せて玄関から中に入った。
午後二時半を過ぎていた。お腹が空いていた。お昼を食べていないことに気がついた。
鞄は居間にあった。鑑識の人に鞄を取ってもらった。
庭の隅に行った。
塀に背をつけて、立ったまま弁当を食べた。そしてお茶を飲んだ。
学校から携帯に電話が来た。
今度は校長からだった。
「校長の今泉です」
「鏡です」
「この度は大変な目に遭われましたね」
「ええ」
「ききょうさんはどうしていますか」
「元気ですよ。今、警察の尋問を受けていると思います」
「そばにいないんですか」
「ええ、少し離れたところにいます」
「そうですか」
しばらく沈黙があって、「お嬢さんがご無事で何よりでした。では、失礼します」と言って電話は切れた。
それから三十分ほどして、きくとききょうが家から出て来た。
尋問していた警察官が頭を下げた。
「ご協力、ありがとうございました」と言った。
家の外に出ると、疲れがどっと押し寄せてきた。
通りがかったタクシーを止めると、家の住所を言った。
三人でタクシーに乗ると、タクシーは走り出した。