小説「僕が、警察官ですか? 4」

十六

 ききょうのところに行った。目隠しを外した。

「パパ」とききょうは言った。

「もう、心配しなくていいからね」と言った。

 後ろ手に縛っていた鈴蘭テープをカッターナイフで切った。

 ききょうは抱きついてきた。

「怖かった。でも、パパがきっと助けに来てくれると思っていたの」と言った。

「そうか。こうして助けに来たよ」と言った。

「ききょうはね、防犯ブザーを鳴らそうとしたのよ。でも、その前に手を押さえられて、車の中に連れ込まれたの」と言った。

 そうしているうちに、玄関のブザーが鳴った。時間を止めた。

 ドアを開けると、村田靖史と相沢公夫がいた。

 二人を玄関内に入れると、靴を脱がせて、一人ずつ居間まで引きずっていった。そして、二人とも後ろ手にガムテープで縛って、スタンガンを首筋に当てて眠らせた。

 ききょうの前に行って、時を動かした。

 ききょうは、首を傾げて周りを見回した。

「あれ、二人増えている。いつ増えたの」と言った。

「つい、さっきだよ」と言った。

 きくに電話をするのを忘れていた。

 携帯をかけるとすぐにきくが出た。

「ききょうは助けたよ」と僕が言うと、きくは泣き出した。しばらく泣いて、「ききょうの声を聞かせてください」と言った。

 僕は携帯をききょうに渡した。

「ママ。ききょうだよ」と言った。

 きくが何か言ったのだろう。

「うん。大丈夫。パパもいるし」とききょうは応えた。

 僕が変わって欲しいというように手を出した。

 ききょうは頷いて「パパに代わるね」と言った。

「警察に連絡するのは、待ってくれ。こっちからするから」と言った。

「わかりました」

「ききょうは僕が連れて帰るから心配しないでくれ」と言った。

「はい」

「じゃあ、切るよ」

 携帯をしまった。

「これからどうするの」とききょうは聞いた。

「もう一人来るのを待つんだ」と言った。

「もう一人来るの」

「ああ」

「怖い人?」

「そうだね」

「早く帰りたい」

「今日は、そうはいかないよ。警察の人からいろいろ訊かれるからね」と言った。

 学校にも連絡するのを忘れていた。

 きくがしているかも知れなかったが、僕がした方が確実だと思った。

 学校に電話をすると、副校長が出た。

「北園小学校、副校長の前川です」と言った。

「鏡京介です」と言った。

「ああ、鏡さんですか。お嬢さんが誘拐されて、今警察も来ているんですよ」と言った。

 まずいなぁ、と思った。今、警察に来られては鷹岡をみすみす逃してしまう。

「副校長。頼みがあるんですけれど」と言った。

「何でしょう」

「これから言うことは、もう一度電話するまで、黙っていてもらえますか」

「どういうことですか」

「黙っていると約束してください」

「わかりました」

「実は娘はもう助け出しているんです。私が抱き締めています」

「それは良かった」

「でも、犯人が全員揃っていないんです。もう一人、後一時間ほどしたら来るはずなんです。それまで、娘を助け出したことを黙っていて欲しいんです。そうしないと主犯格を取り逃がしてしまうので」と言った。

「ききょうさんが助けられたことを黙っているんですか」と副校長は言った。

「そうしてください。お願いします。そうでないと、また誘拐される恐れがあるんです」と言った。

「わかりました。でも、いつまでですか」と副校長は言った。

「もう一度電話をかけますから、それまでです」と言った。

「早くしてくださいね」

「そうします」と言って、携帯を切った。

 ききょうが「副校長先生にお電話したの」と訊いた。

「ああ、した」と答えた。

「何て言っていた」

「警察の人が来ているんだって」

「そうなの」

「それで、警察の人に何て言えばいいのか、困っていた」と言った。

「わたしを助けたことを黙っていて欲しいって言ったんでしょう」

「そう」

「それじゃあ、副校長先生、困っていたでしょうね」とききょうは言った。

「そう、困っていた」

 

 それから一時間ほど待った。外に車の音がして、まもなく玄関のブザーが鳴った。

「椅子の陰に隠れて、目をつぶっているんだ」とききょうに言って、ききょうがそうしたら、時間を止めた。

 玄関のドアを開けた。鷹岡伸也が煙草を吹かして、立っていた。

 その煙草を口から取り出して玄関の外に捨てると、靴でもみ消した。今まで靴を履いたままだったのだ。

 それから、鷹岡伸也を玄関の中に引きずり込むと居間まで引っ張っていった。

 鷹岡伸也の両手を後ろ手にガムテープで縛ると、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「こいつの頭の中を読んでくれ」とあやめに言った。

 あやめは「はーい」と返事をした。

 しばらくして「読み取りました」と言ってきた。

 そして意識が送られてきた。

『全く、どうすりゃいいんだよ。島村さんに電話したら、娘を殺せ、なんて言うし、困っちゃうよな』

 僕はスタンガンで鷹岡伸也を眠らせると、ポケットを探って、携帯を取り出した。電話の履歴に島村勇二が出ていた。

 時間を動かした。そして、島村勇二に電話をした。

 島村が出た。

「やったのか」と島村は言った。

「やられたのさ」と僕は答えた。

「お前は誰だ」と島村は言った。

「鏡京介だよ」と言った。

「何だと」と島村は言った。

「お宅の住所は世田谷区****だったよな。やられたら、やり返す。今度、公衆電話からお前に電話がかかってきたら必ず出ろよ。そうでないと、本当にひどい目にあわせるからな。とにかく、次はないぞ。お前の家族を大切にしろよ」と言った。

「まるでヤクザのようなことを言うんだな」と島村は言った。

「倉持喜一郎に警告されただろう。私はただの警官じゃない。その気になれば簡単にお前以上の鬼になれる」と言った。

「知ったふうなことを言うな」と島村は言った。

「それはそのうち分かるさ。とにかく、どこに逃げても捕まえるからな」と言った。

 向こうから携帯を切った。