小説「僕が、警察官ですか? 4」

 NPC田端食品株式会社の本社を出ると、新宿駅に向かった。

 新宿駅から北大井駅に向かった。大石庫男が言っていた建築中のビルは、電車からも見えた。

 電車を降りると、その建築中のビルに向かった。

 建築現場の歩道で警備に当たっていた人に、警察手帳を見せて、大石庫男を呼んで欲しいと頼んだ。

「ちょっと、お待ちください。責任者に訊いてきます」と言った。

 しばらくして、大石庫男が来た。

 大石は「仕事中だから、簡単にして欲しいな」と言った。

 僕は「分かっています。次の質問に答えてくれればいいだけです」と言った。

 そして、僕は時を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いて、「あやめ。さっきと同じようにしてくれ」と言った。

「わかりました」

 僕は時を動かした。

「二〇**年**月に起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件は覚えていますよね。その関係者にお話を伺っています。その事件では、「飲めば頭すっきり」という製品が出荷される三日前に製造した品川工場のあるロットだけだということが判明し、そこから、混入可能な者のリストが作られたのです。そのリストにあなたも載っていたのです。そこで、訊きます。あなたが覚醒剤を混入しましたか。それとも混入した人に心当たりはありますか」と僕は訊いた。

「その時も答えましたが、わたしじゃありませんよ。それに心当たりのある人も知りません」と言った。

 時を止めた。

「あやめ。彼の頭の中で考えていたことを流してくれ」と言った。

「はい」とあやめは言って、大石の意思を流してきた。

『しつこいよな。俺がそんなことをするはずがないじゃないか。誰がやったかは知らないが、そのために工場は閉鎖され、俺は解雇されたんだ。警察には、もういい加減にして欲しいな』

 僕は大石の意思を受け取ると時を動かした。

「もういいですか」と大石は言った。

「お手数をおかけして済みませんでした。ご協力、ありがとうございました」と言った。

 大石は仕事に戻っていった。

 大石も覚醒剤混入には、関係していなかった。

 

 時沢靖史が当時住んでいたのは、ここから十分ほどのマンションだった。そこに向かった。しかし、時沢靖史はそこから引越しをしていた。管理人の話によると、フィリピンに行くと言っていたそうだ。

 事件当時にマンションを引き払って、フィリピンに行くというのは、いかにも不自然だった。彼が覚醒剤混入に関係していて、逃亡したのかも知れないと思えてきた。だが、行き先がフィリピンだとなると、彼に直接会うのは無理だった。

 管理人に頼んで、管理人と一緒に彼の住んでいた部屋の前に行った。

 無駄だと思ったが、時間を止めて、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「ここに住んでいた時沢靖史の霊気が読み取れるか」と訊いた。

「駄目です」とあやめは言った。

「そうか」

 僕は時間を動かし、管理人に礼を言って、そのマンションを出た。

 

 後は、石原知子と凉城恵子だった。

 時計を見た。午後一時だった。石原知子とは午後二時に会うことになっている。

 公園を探した。マンションの先に公園らしい所があった。そこに向かった。

 小さいが公園だった。そこのベンチに座って、昼食をとることにした。鞄から愛妻弁当と水筒を取り出すと、弁当の蓋を開けた。鮭のふりかけでハートマークが作られていた。

 弁当を食べ終わり、水筒のお茶を飲むと、公園を出た。

 そして、石原知子の所に向かった。

 午後二時少し前だったが、石原知子の家のドアホンを押した。

 ドアが開けられ、玄関にガウンを着た石原知子が立っていた。

「電話してきた警察の方?」と訊いた。

「そうです」

「で、何を聞きたいの。もう終わった話でしょ」と言った。

「こうして直接聞くことが重要なんです」と僕は言った。

「そうなの。早くしてよ」と石原は言った。

 僕はズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

 時を止めて、あやめに「石原の頭の中を読み取るように」と言った。あやめは、「わかりました」と答えた。

 時を動かした。

「聞きたいのは、二〇**年**月に起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件についてです。その事件の関係者にお話を伺っています。その事件では、「飲めば頭すっきり」という製品が出荷される三日前に製造した品川工場のあるロットだけだということが判明し、そこから、混入可能な者のリストが作られたのはご承知ですか」

「知りません」と石原は言った。

「そのリストにあなたも載っているのです。そこで、伺います。あなたは覚醒剤を混入しましたか。それとも混入した人に心当たりはありますか」

 僕は石原知子の目を見た。濁っていた。

「わたしじゃあ、ないですよ。そして、心当たりのある人も知りません。前にもそう答えました」と言った。

 時を止めた。

「あやめ。彼女の頭の中で考えていたことを流してくれ」と言った。

「はい」とあやめは言って、石原の頭の中を流した。

『今さら、何よ。もう、済んだことじゃないの。わたしが覚醒剤なんか混入するはずがないじゃない。何のメリットがあるの。誰がやったのかなんて、知っているはずがないじゃない。知っていたら、とっくに話しているわよ』

 僕は石原の考えを再生させると時を動かした。

 石原知子ではないことがはっきりした。

「どうもありがとうございました」と言った。

「もう、来ないでね」と言うと、石原知子は玄関のドアを閉めた。

 僕は家から出ると、最後の凉城恵子の所に行くことにした。

 凉城恵子は品川区****に住んでいた。ここからは、歩いて行ける所だった。

 品川区****は住宅街だった。凉城恵子の家はすぐに分かった。ドアホンを押しても誰も出て来なかった。

 隣の家を訪ねた。年老いた女性が出て来た。

「お隣の凉城恵子さんにお会いしたいんですが、今はいないようなのですが、どこかで働かれているのでしょうか」と訊いた。

「ご存じありませんの」と逆に訊かれた。

「ええ」

「お亡くなりになりましたよ」と年老いた女性が言った。

「えっ、亡くなられた」と僕は驚いた。

「ええ、二年半前か、三年前だったか、交通事故で」とその女性は言った。

「交通事故ですか。それはどういう事故でしたか」と訊くと「轢き逃げでしたよ」と答えた。

「で、轢き逃げした人は捕まりましたか」と訊くと、「それがまだ捕まっていないんですよ」と答えた。

「ありがとうございました」と言って、その家を出た。

 凉城恵子の家にもう一度行った。ズボンのポケットのひょうたんを叩いて、あやめに「霊気を感じるか」と訊いた。

「ええ」と返ってきた。

「読み取ってくれ」と言った。

 しばらくして「読み取りました」とあやめが言った。

「読み取ったものを送ってくれ」と言った。

「わかりました」

 意識の映像は、自分の意識と衝突する。だから、目眩のようなものが起こる。分かってはいたものの、こればかりは慣れることはなかった。

 凉城恵子は貯金が底をついてきた。これから、子どもの受験もある。お金の工面に困っていた。そこにつけ込んできたのは、島村勇二だった。関友会の関連会社、堺物産の部長だった(「僕が、警察官ですか? 1」参照)。

 覚醒剤を「飲めば頭すっきり」に混入することで、五千万円の現金を渡すと言ったのだ。

 もちろん、凉城恵子は最初は断った。しかし、島村勇二の誘いはしつこかった。そして、凉城恵子もお金の工面に疲れたのだ。島村勇二の誘いに乗ってしまった。

 そして、「飲めば頭すっきり」への覚醒剤混入が実行されたのだ。

 だが、いざ実行してしまうと、凉城恵子は自分の犯した罪に苛まれることになった。そこに、島村勇二から、「しゃべるとお子さんの命の保証はしないぞ」と言う脅迫が追い打ちをかけた。

 警察の事情聴取は何とか持ちこたえたが、彼女がしゃべる危険を常にはらんでいたのだ。

 だから、島村勇二は誰かに凉城恵子を轢き逃げに見せて、殺させたのだ。