四
次の日、出署して安全防犯対策課に行った。
デスクに着くと、早速携帯を取り出した。
まず、石原知子に電話した。
「はい、石原です」と気怠そうな声が聞こえてきた。
「私、黒金署の安全防犯対策課の鏡京介と言います」と言った。
「警察の方?」
「はい、そうです」
「何の用なの」
「二〇**年**月に起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件について、関係者にお話を伺っているんですけれど」と僕は言った。
「ああ、あの件ね。あの件は、当時わたし何度も事情聴取を受けたわよ。それは知っているんでしょうね」
「ええ、分かっています」
「だったら、何で今さら電話をしてくるの」と石原は言った。当然の主張だった。
「あの事件を調べ直しているんです」と僕は言った。
「わたしは何も知らないわよ」
「それは分かっています。お会いするだけでもいいんですが、会っていただけますか」
「今さら、会ってどうするの」
「ただ、お話を聞ければいいんです」
「夕方から仕事なんだけれど、昼二時過ぎ頃なら、会ってもいいわ。わたし、あの会社止めてからホステスをしているの。今は眠いから、もういい」と石原は言った。
「住所は変わっていませんよね」と僕は訊いた。
「前のままよ。じゃあ、切るわよ」と言って、電話は切られた。
石原知子は、北大井駅から歩いて十分ほどの所にあるアパートに住んでいた。携帯の電話で聞いている分には、彼女は白に思えた。もし、お金を貰っていたら、同じ所には住んではいないだろうし、ホステスなんかしていないだろうと思った。だが、会って、確認はした方がいいのには違いなかった。
次に、大石庫男に電話した。
「もしもし、大石です」と言った。
石原知子の時と同じように「私、黒金署の安全防犯対策課の鏡京介と言います」と言った。
「警察?」
「はい、そうです」
「警察が、何の用?」
「二〇**年**月に起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件について、関係者にお話を伺っているんですけれど」とこれも石原知子にしたのと同じだった。
「何で、今さらそんな事件について、聞くことがあるわけ。もう済んだ話じゃないわけ」と言った。
「あの事件を調べ直しているんです」と僕は言った。
「俺に聞いてもしょうがないよ。関係ないんだから」
「そうでしょうが、会うだけでもお会いできませんか」と言った。
「会ったって話すことなんかないよ」と大石は言った。
「会うだけでいいんです」
「なら、仕事場に来てくれ」
「どこですか」
「北大井駅前のビルの建築現場で作業員をしている」
「なんていうビルですか」
「まだ建築中だから、言ってもわからない。来ればわかるよ。忙しいんだ。これで切るよ」と言って、電話は切られた。
次は凉城恵子だった。だが、携帯は繋がらなかった。彼女の所には、直接行くしかなさそうだった。
次に、時沢靖史に電話した。彼の携帯にも繋がらなかった。彼の所にも行くしかないようだった。
最後に、中橋知子に電話した。
「はい、中橋です」と言った。
ホッとした。
「私、黒金署の安全防犯対策課の鏡京介と言います」と言った。
「警察? 何の用なんですか」と訊いた。
「二〇**年**月に起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件について、関係者にお話を伺っているんですけれど」と僕は答えた。
「ああ、あの事件ね。いろいろ訊かれたけれど、知っていることはみんな話したわよ」
「それは分かっていますが、調べ直しているんです」
「今、仕事中なので、終わってからにしてもらえますか」
「いいですけれど、どこでお働きになっているんですか」
「NPC田端食品株式会社の本社です」と言った。
「そこなら近いんで、今から行きます。五分でいいんです。会うだけ会ってください」と言った。
「仕事の後では駄目ですか」
「そこをなんとかお願いします」
「じゃあ、少しだけですよ」
「分かりました。また後で」と言って、電話を切った。
NPC田端食品株式会社の本社は新宿区南新宿三丁目にあった。ここから、歩いて三十分ほどの所だった。
まず彼女に会うことにした。
緑川に「出かけて来る」と言って、鞄を持って、安全防犯対策課を出た。
僕は、真っ直ぐに NPC田端食品株式会社の本社に向かった。
受付で、中橋知子を呼んでもらった。
「あのう、どちら様ですか」と訊くので、警察手帳を見せて、「黒金署の安全防犯対策課の鏡京介です」と言った。
「ご用件は」と訊くので、「本人に話します」と答えた。
受付の女性は、社内電話を取り上げて「受付ですが、経理の中橋知子さんですか。警察官が受付にいるので、来てください」と言った。
そして、僕に「少々、お待ちください」と言った。
中橋知子は経理に行っていたのか、と思った。
しばらくして、中橋知子はやって来た。
「中橋です。あちらの席にどうぞ」と言った。
ロビーのテーブルに案内された。
ソファを勧められて座ると、「あの事件のことなら、もう何もかも話しましたよ」と言った。
「電話でも話しましたが、もう一度、調べているんです」と僕は言った。そして、時を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。
「あやめ、これから彼女の頭の中を読み取ってくれ」と言った。
「わかりました」とあやめは言った。
時を動かした。
「二〇**年**月に起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件について、関係者にお話を伺っています。その事件で、「飲めば頭すっきり」という製品が出荷される三日前に製造した品川工場のあるロットだけだということが判明し、そこから、混入可能な者のリストが作られました。あなたもそのリストに載っていました。ずばり訊きます。覚醒剤を混入しましたか。それとも混入した人に心当たりはありますか」と僕は言った。
「当時も言いましたが、わたしは混入していませんし、混入した人も知りません。この話はこれだけですか」と言った。
僕は時を止めた。
「あやめ、彼女の頭の中を読み取れたか」と訊いた。
「読み取れました」と答えた。
「流してくれ」と言った。
頭には今の会話の間の彼女の頭の中に浮かんだことが流れてきた。
『失礼しちゃうわね。わたしは関係ないわよ。誰がやったか知らないけれど、そのために工場が閉鎖されたのよ。警察には、もういい加減にして欲しいわ。せっかく、本社勤務になれたんだから、ここまで来て欲しくはないわ』
僕は時を動かした。
中橋は「もう、いいですか」と言った。
僕は「お手数をおかけしました。これで結構です。ありがとうございました」と言った。
中橋は「もうこれだけにしてくださいね」と言った。
僕は「分かりました」と言って、頭を下げた。
中橋知子が関係ないことははっきりした。