小説「僕が、警察官ですか? 3」

   僕が、警察官ですか? 3

                                              麻土 翔

 

 新年度になった。

 ききょうは小学五年生で、京一郎は四年生だった。今日も元気よく、学校に行った。

 僕は、その後で家を出た。家から歩いて三十分ほどにある黒金署に行くためだった。僕はその署の安全防犯対策課の課長で、階級は警部だった。

 

 その日も午前九時に安全防犯対策課に入って行くと、メンバーはもう揃っていた。

 僕を補佐するのは、係長の緑川亜由子、警部補だった。眉毛に特徴のある、近寄りがたい美人だった。四十三歳のバツイチの子持ちで、その男の子は、今春、小学校に上がった。

 次は時村才蔵、六十四歳、巡査部長。来年、退職を迎える。前は捜査一課にいた。太ったおじさんだった。

 その次は、岡木治彦、四十六歳、巡査部長。前は捜査二課にいた。本人の希望で、安全防犯対策課に去年移動してきた。

 中堅どころは、滝岡順平、三十五歳、巡査である。コンピュータに強く、去年の連続絞殺殺人事件(「僕が、警察官ですか? 2」参照)でも、度々、力を借りた。

 若手は、鈴木浩一、二十七歳、巡査である。とてもハンサムで、交番から配属されてきた。

 最後は、並木京子、二十三歳の、去年採用された巡査である。

 このメンバーで、今年度一年やっていくことになる。

 

 今、僕らは今年の二月二十六日と三月二十八日に黒金町で起きた放火事件について、捜査一課から捜査協力を求められて、膨大な監視カメラの録画映像を見ていた。ただ、放火しているところの映像はないので、その前後の通りを映し出した映像から、同じ人物が映っていないかを見つけ出しているところだった。だが、それらしい人物を見つけられないでいた。滝岡順平に監視カメラの映像に同一人物が映っていないか、コンピュータ解析させたところ、三十五人がヒットしたが、その中で十七人はこの地区の住人で、この二つの日の該当時刻に防犯カメラに映っていてもおかしくはなかった。この残りの十八人は、この辺りに良く飲みに来ている客のようだった。

 捜査一課の方は、この放火映像を携帯で撮っている者の携帯を任意で提出させて、その映像の中から、見物人を探しているようだった。放火魔は、放火現場に戻るという習性がある。そのためだった。放火することに快感を感じるのだ。

 もちろん、こちらで解析した映像とも照らし合わせていることだろう。しかし、捜査一課が持っている映像は安全防犯対策課には、渡してはくれなかった。

 安全防犯対策課のメンバーは不満に思っているようだが、僕は気にならなかった。自分の仕事を増やしたくはなかったからだ。もちろん、それはやれと言われてやる仕事はするが、こちらから、進んで首を突っ込むこともなかった。しかし、例外もあった。去年の連続絞殺殺人事件がそうだった。

「何度見ても同じですよ。僕の解析した結果がすべてですね」と滝岡が言った。

 その通りかも知れなかった。滝岡のおかげでパソコンでも、監視カメラの録画映像が再生できた。僕はCD--RAM(RAMは、何度でもデータを書き換えることができる媒体である)に録画されていた映像を、退署時間まで見ていた。

 今日は月曜日ではないので、西新宿署に行って剣道の稽古をする必要がなかった。そして、今春から警察学校での射撃訓練はなくなっていた。それが何故かは分からなかった。

 僕は定時になったので、鞄を持ち、安全防犯対策課を出た。署を後にすると、家まで歩いて帰った。

 自宅に着くと、きくとききょうと京一郎が「お帰りなさい」と言って、出迎えてくれた。

 午後五時半だった。

「お風呂にしますか」ときくが訊くので、「そうする」と答えた。

「僕も入る」と京一郎が言うので、僕は京一郎と一緒に風呂に入った。京一郎が風呂から出ると、僕はゆっくり浴槽に浸かりながら、思った。

 愉快犯だとすると、またやるだろう。捜査一課が持っている携帯の映像が欲しかった。それがあれば、犯人を特定できるかも知れなかったからだ。

 風呂から上がった。入れ替わるように、ききょうが風呂に入った。

 僕は躰を拭くとバスローブを着て、ダイニングルームに行って、きくに「ビールを」と言った。きくはコップに注いだビールを渡してくれた。僕はそれを一気に飲んだ。美味かった。

 それから長ソファに座った。躰から汗が噴き出してきた。それをバスタオルで拭いた。

 残りのビールを飲むと、Tシャツと半ズボンに着替えた。

 ききょうが風呂から出て来た。

 一休みして夕食になった。今日はたらこスパゲッティだった。最初に卵サラダを食べて、それから、たらこスパゲッティを食べた。

 その時、携帯が鳴った。出ると捜査一課の中村係長だった。今回の放火事件を担当していた。防犯カメラの映像の解析も彼からの依頼だった。

「どうしたんですか」と訊いた。

「また放火がありました。今度は民家が焼けています。黒金町四丁目三十三番地二号の一軒家です。大火事になっています。伝えましたよ」と言って切れた。

「あなた、何かありましたの」ときくが訊いた。

「黒金町の民家が焼けているそうだ」と答えた。

「行かなくてもいいんですか」ときくは言った。

「俺が行ってもすることがない。今は消防活動で精一杯だろうし、その後は鑑識が入る。そして鑑識が終わったら、捜査一課が入る。俺にできることはない」と言った。

「そうですか」

「ああ。だから、ゆっくり食べよう」と僕は言った。

 現場の状況は午後九時からのニュースが、映像とともに伝えた。

 現場の家は激しく燃えさかっていた。ニュースでは、中にいる二人の生存が確認できていない、ということだった。

 それは、明日、黒金署に行けば分かることだろう。