小説「僕が、警察官ですか? 2」

二十

 お昼を食べ終えると、早速ネットで男鹿にある旅館を探して、親子四人が泊まれるところを予約した。金生閣という旅館だった。四人で六万円ほどかかった。夕食と朝食がついていた。それから、新幹線の指定席も取った。東京駅から秋田駅までだった。

 きくと江戸まで旅をしたことを思い出した(「僕が、剣道ですか? 5」参照)。

 早く自宅に帰って、きくに今度の土日に男鹿に行くことを伝えなければ、と思った。

 男鹿は南秋田市を通り過ぎた先にあった。だから、土曜日は、早く家を出て、男鹿に行き、そこを満喫したら、日曜日は南秋田市に行くつもりだった。男鹿から秋田まで電車で行き、秋田駅で車をレンタルしようと思っていた。

 

 僕は暇そうにしている時村と岡木を呼んで、ソファに座らせた。

 僕は身を乗り出して、「これから五件の殺害状況について話す。情報源は秘密だ。他言無用だ」と言った。

 二人は頷いた。

 僕は、北府中市の三件の絞殺事件と新宿で起きた二件の絞殺事件について、その殺害時の状況をあやめから得た情報を基に細かく話した。

 全部話し終えるのに、ほぼ一時間かかった。一件あたり、十分ほど話していたことになる。あやめから受け取っていた映像を基に話すと、どうしても長くなってしまった。

「どうだろう」と僕は訊いた。

「どうだろうと訊かれても、話の通りに犯行が行われていたとすれば、同一犯ですね」と時村は言い、岡木の方を見た。岡木も頷いた。

「何か気付いたことはないだろうか」と僕は訊いた。

 二人は、唸ったまま躰をソファに深く沈めた。

 やはり駄目だったか、と思った。その時、時村が「犯人は左利きなんじゃないでしょうか」と言った。僕は犯人は右利きだと思っていた。それは、最初に被害者の口をハンカチで塞いだ手が右だったからだ。

「最初に犯人は右手で被害者の口を塞いでいますよね」

「そうだ」

「だから、誰しも右利きだと思いますよね」

 僕は頷いた。

「でも、絞殺の主役はロープですよね」と時村は言った。

 僕は頷いた。

「課長の話を前提に考えるとすると、口を塞ぐより、ロープを首に巻き付ける方が難しいですよ」と言った。

 目からうろこだった。考えもしなかったが、言われてみれば、あの首にロープを巻いた手際は鮮やかだった。口を塞いでいる腕をどかしてロープを首に巻き付けていた。口を塞ぐよりも、ロープを巻く方が遥かに難しいように思えた。

 仮に犯人が右利きだったら、利き手でない左手であんなにも鮮やかにロープが巻けるものだろうか。それは、否、だった。

 盲点だった。

「なるほど、言われてみれば犯人は左利きかも知れない」と僕は言った。

 岡木も「わたしも時村さんの話に同意します」と言った。

「分かった。他に気付いた点はないか」と訊いた。

 二人は首を左右に振った。

「どうもありがとう。席に戻ってくれ。何か気付いたことがあったら、教えてくれ」と言った。

 二人を席に戻すと、僕も自分のデスクに戻った。

 そうか、犯人は左利きだったか。

 犯人が左利きだったということを念頭に、もう一度映像を再生してみた。どの犯行も左手でロープを巻いていた。その巻き方は鮮やかだった。映像で確認する限り、犯人が左利きである可能性は高かった。

 遺体の写真、特にロープ痕は撮られているはずだから、鑑定すれば左手で巻かれたかどうかは分かっているはずだ。この事件を捜査している人たちには、分かっている情報なのだろう。だが、それは公表できない。犯人を捕まえたときの証拠の一つになるからだ。

 そんなことを考えている時、緑川がやってきた。

「アンケートの集計が終わりました」と言った。

 そして、デスクの上にアンケートの束と一枚の用紙を置いた。

「これがアンケートとその集計したものです。確認、よろしくお願いします」と言って戻っていった。

 緑川は僕が嫌いなのだろうか。まるで素っ気なかった。冷たくされると、妙に気になるものだよな、と思っていると、いやいや、これはセクハラかパワハラになる。考えるな、と僕は思った。

 緑川の置いていったアンケートに目を通しているうちに、退署時間になった。

 僕は、ハンガーに掛かっていた背広を着、鞄を掴むと、「お先に」と言って、安全防犯対策課を出た。

 

 家に戻ると、玄関にきくとききょうと京一郎が待っていた。

「ただいま」と言うと、「お帰りなさい」と声を揃えて言った。

 きくに鞄を渡すと、いつものように、ききょうと京一郎に手を引かれて玄関を上がった。

 寝室に入り、Tシャツと短パンに着替えると、きくが「今日はどうでしたか」と訊いた。

「特に何もなかったが、きくに話がある」と言ってベッドに座った。

「何ですか」ときくも隣に座った。

「今度の土日に男鹿に行こうと思っている」と言った。

「男鹿、ですか。そこはどこですか」

「秋田だ」

「秋田ですか。遠いですね」

「だから、一泊二日の旅行になる」と言った。

「あなただけじゃなく、わたしたちも行けるんですか」ときくは言った。

「そうだ。旅行だからな」と僕は言った。

「嬉しい」ときくは言った。

「男鹿ってどんなところですか」ときくが訊いた。

 僕はベッドから立ち上がり、パソコンデスクに座ると、パソコンを立ち上げた。

 そして、インターネットで「男鹿」と入力して、男鹿の観光ナビゲーションを開いた。

 それをきくに見せた。

「こんなところだ」と言った。

 観光スポットをクリックして見せた。

「凄いですね」ときくは言った。

「だが、残念ながら純粋な旅行じゃないんだ」と僕は言った。

「わかってますよ。お仕事も兼ねているんですよね」ときくは言った。

「そうなんだ」

「それでも旅行に行けるんですから、嬉しいですよ」ときくは言った。

「そうか」

「何だか、江戸時代を思い出しますね」

「きくもか」

「あなたもですか」

「そうなんだ」

「そうですよね。いろいろなところを旅しましたものね」ときくは言った。

「今となっては、懐かしいな」と言うと、きくも「はい」と応えた。

「子どもたちに男鹿旅行のことは言ってもいいですか」

「いいよ」

「喜びますよ」ときくは言った。

「そうだろうな」

 きくが寝室から出て行くと、僕はパソコンで当日のスケジュールを組んだ。

 午前八時半頃に四谷三丁目駅からメトロに乗って、四ツ谷駅に出る。四ツ谷駅から東京駅に出て、午前九時八分の新幹線こまち九号秋田行きに乗る。そして、秋田には、午後一時二分に着く。それから秋田駅から午後一時三十八分に男鹿線に乗って午後二時三十三分に男鹿駅に着く。駅には、旅館から車が来ているだろうから、それに乗って、金生閣という旅館に行き、荷物を預けたら、タクシーを呼んで、観光する予定だった。

 そして、次の日は、いよいよ捜査だ。

 午前十時二十分に男鹿駅を出る電車に乗って、午前十一時十九分に秋田駅に着く。

 ここでレンタカーを借りる。そこから南秋田駅まで行き、万秋公園に車を止めて、きくとききょうと京一郎はそこで降ろして、僕は捜査を開始する。

 秋田駅から東京駅まで新幹線で四時間ほどだから、家に帰って来るのは、午後九時ぐらいだろうか。もう少し遅くなるかも知れなかった。

 検索してみた。

 午後五時十分秋田発のこまち三十六号に乗れば、午後九時四分に東京駅に着く。その一本前は、午後四時三十四分。こまち三十四号だった。これだと午後八時三十二分に東京駅に着く。

 向こうの捜査状況次第だが、どちらかに乗れればいいな、という感じだった。

 

 ダイニングルームに行くと、ききょうと京一郎が駆け寄ってきた。

「パパ、旅行に行くの」とききょうが訊いた。

「そうだよ」

「ほんとなんだね」と京一郎が言った。

「パパは嘘はつかないよ」

「やったー」と二人は飛び跳ねた。

「じゃあ、風呂に入りに行くか」と言うと「はぁーい」という二人の返事が返ってきた。