小説「僕が、剣道ですか? 6」

 次の日は、朝餉をとると、すぐに中庭の草刈りを始めた。僕の格好は昨日と同じだった。

 中庭は草と薄が覆い茂っていた。小木も何本もあった。小木は斧で切り、薪と同じぐらいの長さに切り揃えると縄で縛った。小木の根元は鍬で掘り起こした。これも昨日と同じだった。中庭の小木や草の方が、全体的に太かった。風車も草を刈るのが大変だったろうと思われた。

 半分も刈り取らないうちに、昼になった。

 きくが呼ぶので、作業をいったん中止した。躰の屑をはたき落として、井戸で手を洗い、居間に向かった。

 居間の卓袱台には、昼餉の用意がしてあった。

 僕は、ご飯を盛った茶碗に梅干しを入れ、お茶をかけた。梅干し茶漬けにして食べたのだった。

「ほぅ、そんなふうにして食べると美味しいですか」と風車が訊くので、「美味しいですよ」と答えた。

「拙者も真似してみるかな」と同じように茶漬けにして食べた。

「なるほど、美味しいもんですな」と言った。

 鉄瓶の湯が空になったので、後は普通に食べた。おひつは空になった。

「洗い物が終わったら、出かけますね」ときくは言った。

「おきくさん、一人で出かけるんですか」と風車が言った。

 僕が「煮売屋とか八百屋などに行くようですよ」と言った。

 きくは黙ったまま、茶碗などを片付けていた。

 

 中庭に向かう時、風車が「拙者は何か変なことでも言ったのでしょうか」と言った。

「何故、そう思うんです」と訊くと、「だって、何も言わず片付けを始めましたから」と答えた。

「きっと恥ずかしかったんだろうと思いますよ」

「恥ずかしい。何のことです」

「料理ができないことですよ」

「そんなこと気にすることないのに」

「女中をしていた時に、炊事場には立たせてもらえなかったそうです。だから、料理の作り方も知らないんです。それを煮売屋や八百屋や乾物屋で聞いてこようとしているんです」

「そうなんですか。おきくさんも大変ですね」

「きくはきくで少しでも、私たちに美味しい物を食べさせたいと思っているんですよ」と僕は言った。

「そうですか。では、今夜の夕餉が楽しみですな」と風車は言った。

「あまり期待しない方がいいですよ。本人にしても荷が重いでしょうから」

「わかりました」と風車は言った。

 

 中庭に着くと、先が思いやられた。半分ほどは終わったかな、と思ったのに、まだ、これから作業を始めようとしているかのように見えたからだった。

 やれやれと思いながら、「始めましょうか」と風車に声をかけた。風車も「そうですね」と言った。

 草や薄を刈り取っては、束にして縄で括った。それらが幾つもできた。作業は果てしなく続いた。小木は全部切り取った。鍬で根元を掘り起こす作業が終わると、僕は、小木がなくなったので、裏庭に回った。

 裏庭には、草よりも小木が沢山生えていた。それを斧で切り取っていった。裏庭は狭いので、切り取った小木は中庭に運んだ。そこで、薪と同じぐらいの長さに切り揃え、縄で縛った。

 中庭の草刈りも半分が終わると、先が見えてきた。

「もう少しですね」と風車に声をかけた。

「ええ」と風車が応えた。

 時々、井戸場に行き、水を汲んで飲んだ。躰中に汗をかいていた。

 

「おやつを買ってきましたよ」ときくが声をかけた。

 僕らは、躰を叩いてゴミを落とすと、井戸で手を洗い、縁側に座った。

 そこに、きくが皿に盛った羊羹を持ってきた。竹の爪楊枝が添えられていた。そして、冷えたお茶も。

 羊羹の甘さが躰に染み渡っていった。そして、少し苦みのある冷たいお茶が美味しかった。羊羹はすぐに食べてしまった。

 僕らがまだ食べたそうな顔をしていたのだろう。きくは「お代わりもありますよ」と言って、もう一皿ずつ羊羹を出してきた。

「そうこなくちゃ」と僕は言った。

「ありがたいことです」と風車は言った。

 

 一息つくと、俄然、元気が出て来た。風車の刈り取った草や薄を縄で束ねて転がすと、終わりも近くなった気がした。まだ、全部は終わってはいなかったが、空が暗くなってきたので、風呂焚きにかかった。僕は何度やっても上手く火がつけられないのに、風車は一発で火をつけてしまった。こればかりはどうしてなのか、分からなかった。風車の手元をよく見て、同じようにやっているつもりなのだが、どこか違うのだろう。

 風呂に火をつけると、また少し草刈りをした。しかし、今日で終わらせるのは無理だった。

「上がりましょう」と僕が言うと、風車も頷いた。

 鎌や鋤、斧などを井戸の水で洗って、湯屋の壁に立てかけて干した。

「さぁ、湯に入りましょう」と僕は風車に言って、母屋に向かった。

 

 昨日と同じようにして、湯に入ると、母屋に戻ってきた。

 きくはいろいろなことを教えてもらったようで、まだ夕餉の用意はできていなかった。

 時間が余った。碁盤と碁石があれば、「一局、どうですか」と風車が訊いてきたことだろうと思った。明日、裏庭まで、草刈りが終わったら、両国まで買物に出ようかと考えた。まだ、表札も付けていなかった。

「できましたよ」と言うきくの声が聞こえてきた。僕らは、早速、居間に向かった。

 卓袱台には、いろいろな物が載っていた。手の込んだ物は、茄子の素揚げぐらいなものだろうか。しかし、品数が増えていた。豆腐を久しぶりに見たような気がした。それと枝豆があった。キュウリは切られて、味噌が添えられていた。ほうれん草も湯通しして、切られていた。

 ショウガや胡椒があればいいのに、と思ったが、贅沢は言っていられなかった。

 キュウリは味噌で食べ、茄子の素揚げと豆腐とほうれん草は醤油をかけて食べた。

 枝豆の塩加減が足りなかったことを除けば、概ね、美味しかった。

「少し多めに焚いたんですけれど」ときくは言ったが、おひつは空になった。それだけ美味しかったということだ。

「ごちそうさま」と言うと、僕は立ち上がった。

 寝室の布団を敷くためだった。

 現代ではベッドが主流で、布団の上げ下ろしはあまりしないが、昔は起きれば布団は畳んで押入れに入れ、夜になると押入れから出して敷いたものだった。

 

 きくは食器を洗った後、風呂に入り、ついでに洗濯をしていたのだろう。

 しばらくして、濡れた髪をタオルで包み、ききょうを抱っこして、寝室に入ってきた。

「お疲れ様」と僕が言うと、「いやですわ。わたしは京介様のお世話係ですもの、当然のことです」と言った。

「でも、今日は大変だったね」と僕は言った。

「結構、いろいろなことを覚えてきたんじゃないのかな」と続けた。

「そうですね。明後日、また出かけることにします」と言った。

「そうなんだ」

「ええ。若嫁だと思われたようですわ」ときくは言って、嬉しそうに笑った。