小説「僕が、剣道ですか? 4」

二十八

 きくとききょうの所に行き、風呂敷包みを持って山道を歩いた。

 山道を抜けると宿場に出た。

 宿を探した。個室を取った。温泉が出る宿だった。

 早速、きくとききょうと入りに行った。頭を洗い髭も剃って、ききょうに頬ずりをした。ききょうを抱いて風呂に浸かった。その間、きくは洗濯をした。

 僕はききょうを抱きながら、ここには僕の居場所はないんだ、と思うと涙が出て来た。せめて、きくとききょうが白鶴藩で幸せに過ごしてくれることを願うのみだった。

 

 布団を敷くと、いつもは眠ってしまう僕だったが、何故かその夜はすぐには眠れなかった、躰は疲れ切っていたのだが。

 ききょうを少し離して置いて、手を叩くと這いずりしてやってくる。また、遠くに置いて手を叩く。ききょうはにこやかな顔をして這いずりをしてくる。僕は繰り返しそんなことをしていた。そのうち、きくも這いずりしてやってきた。

「馬鹿」と僕は言った。

「ききょうだけではずるいです」ときくは言った。

「お前は赤ちゃんか」ときくに言うと、きくは「はい」と答えた。

 僕はきくを抱こうとしたが、そのまま眠ってしまった。

 

 宿を出ると山道に入った。僕はすぐにジーパンを穿き、安全靴を履いた。

 しばらく歩いて行くと、定国が唸り出した。近くに敵がいる証拠だった。

 きくとききょうと風呂敷包みを木の陰に隠した。

 僕は定国を抜き、定国が放つ光の示す方向に走った。二十人ほどの忍びの者がいた。

 時間を止めた。定国でその二十人の腹を裂いた。

 そして、少し離れると、時間を動かした。血が飛び散った。二十人は何が起こったのか、分からなかっただろう。突然、自分の腹が切られたのだ。そして、腸が飛び出た。

 定国はまだ唸っていた。

 その示す方向に走った。そこにも忍びの者が二十人ほどいた。

 時間を止め、その二十人の腹を裂いた。最後の者の袖で定国の血を拭うと定国を鞘に収めた。で、少し離れてから、時間を動かした。立っていた二十人の者が倒れ、或いは崩れた。

 山道に戻ると、また定国が唸り出した。鞘から抜いて光の方向に走った。山道からそれた林の中に三十人ほどがいた。

 時間を止めて、定国で彼らの腹を裂いた。そして、その最後の者の着物の袖で定国を拭って鞘に収めようとすると、またしても定国は唸った。

 時間を動かして、僕は定国が示す方向に走った。背後では三十人が倒れていった。

 今度は数が多く、林の中に五十人ほどいて、今まさに分かれようとしていた。時間を止めて、その五十人の腹を定国で裂いていった。

 最後の者の袖で定国を拭って鞘に収めると、少し離れた。時間を動かすと、五十人は崩れるように倒れていった。

 山道に戻ると、また定国が唸り出した。鞘から抜いて、その示す方向に走った。ここにも三十人ほどの忍びの者がいた。

 時間を止め、定国で彼らの腹を裂いていった。

 少し、離れて時間を動かし、懐紙を取り出そうとすると、またしても定国が唸り出した。その示す方向に僕は走った。

 五十人ほどが、林の中にいた。時間を止めて、彼らの腹を裂いていった。

 だが、まだ、定国は唸っている。その示す方向を見ると、近くにも二十人ほどがいた。彼らもその腹を切り裂いた。最後の一人の袖で定国を拭うと、走りながら離れ、時間を動かした。腹を切られた七十人は倒れていった。

 山道に戻った。定国の唸りは止んだ。

 これで二百二十人もの忍びの者を斬ったことになる。彼らが総攻撃を仕掛けてきたことは、明らかだった。

 きくとききょうの隠れている木の陰に戻ると、風呂敷包みを取って、ききょうをおんぶしているきくの手を引いた。そして、歩き出した。

 しばらくは、隠密も襲ってくる気配はなかった。先手を取られてやられてしまったからだった。

 攻撃されてから戦うのと、攻撃をされる前にやっつけてしまうのとでは、エネルギーの消耗度が桁違いに差があった。だから、僕は何度も時を止めたが、それほど疲れてはいなかった。

 やがて、定国が唸り出した。きくとききょうと風呂敷包みを木の陰に隠して、定国を抜いた。その光の示す方向に走った。山道を離れた林の中に七十人もの忍びの者がいた。

 時を止めた。定国で七十人の腹を裂いた。そして最後の者の着物で定国の血を拭うと鞘に収めた。少し離れて、時間を動かした。

 彼らは僕を見て驚いた瞬間、自分の腹が裂かれていることに気付いた。

「何故だ」と叫んで死んでいった。

 またしても定国が唸り出した。定国を抜いてその方向に走ると、五十人の忍びの者がいた。時間を止めて、定国で彼らの腹を裂いていった。

 彼らから離れると、時間を動かした。

 彼らは僕を見ると、「ここにいたぞ」と叫んだ。その瞬間に自分が斬られていることに気付くのだった。

 定国はまだ唸っていた。さっきの者が叫んだということは、近くに仲間がいるからだった。僕は時間を止めたまま、定国の示す方向に走った。

 そこには五十人の忍びがいて、今、僕らがやってきた方向に向かおうとして、分かれるところだった。その五十人の腹も定国で切り裂いていった。

 少し離れると、懐紙で定国の刃の血を拭い、鞘に収めた。そして時間を動かした。彼らは向かおうとして動き出したところで、次々と倒れていった。

 何人かが指笛を吹いた。

 すでに倒した七十人に知らせるためであったのだろうか。それとも、まだ敵は残っているのだろうか。

 僕にはどちらでもよかった。

 きくとききょうと風呂敷包みを隠した木の陰に戻ると、山道を歩いた。

 

 山道を抜けた所でジーパンと安全靴を脱ぎ、風呂敷に包んだ。

 もはや追ってくる者はいなかった。

 僕はとにかくお腹が減っていた。食事処を見付けると、中に入って、親子丼と掛け蕎麦を注文した。きくは盛り蕎麦を頼んだ。

 きくは蕎麦を少しずつ切っては、ききょうに食べさせた。庖厨を借りてミルクを作った。

 代金を払って外に出ると、しばらくは街道を歩いた。

 人とすれ違う時は注意した。短剣で刺されるかも知れなかったからだ。

 

 そして再び、山道に入った。ジーパンを穿き、安全靴を履いた。

 すぐに定国が唸り出した。

 近くの木陰に、きくとききょうと風呂敷包みを隠して、定国を抜いた。定国の示す方向に走った。山道から外れた広場に百人ほどの忍びの者が集まっていた。

 僕は時間を止めて、定国でその百人の腹を裂いていった。

 そして、少し離れると時間を動かした。

「これから、鏡京介をどう追うかだ」と言った途端に、その者が崩れるとともに他の者も倒れた。

 懐紙で定国の血を拭うと鞘に収めた。

 とうとう、相手の底が見えてきた。

 僕はきくとききょうと風呂敷包みを隠した木の陰に戻ると、風呂敷包みを持ち、ききょうをおんぶしたきくの手を引いて、山道を歩いた。

 すると、すぐに定国が唸り出した。近くの木の陰に、きくとききょうと風呂敷包みを隠すと、僕は定国を抜いた。そしてその光の示す方向に走った。

 六十人ほどの忍びの者がいた。時間を止めた。

 そして、その六十人の腹を裂いた。最後の者の着物で定国を拭くと鞘に収め、その場を離れた。時間を動かすと六十人は倒れていった。

 木の陰から、きくとききょうを連れ出し風呂敷包みを掴むと、山道を歩いた。さすがに疲れてきた。

 遠くに宿場が見えて来た。

 山道から出た。

 ジーパンと安全靴を脱ぎ、風呂敷に包んだ。