小説「僕が、剣道ですか? 3」

十四

 また、きくが玄関に待っていた。

「沙由理さんとのデートはどうでしたか」

「良かったよ。誤解も解けたし」

 そう言うと、きくの機嫌は悪くなった。どうやら、僕は地雷原を踏んだようだ。

「良かったですね。楽しそうで」

「まあまあかな」

「お気を遣っていただかなくても結構ですよ」

「はい、はい」

 僕は自分の部屋に入った。当然、ききょうがベビーベッドにいる。今は眠ってはいなかった。つぶらな瞳を開いて、僕を見ている。

 抱き上げた。結構、重くなってきている。

 また、ベッドに寝かせた。

 

 僕もベッドに横たわった。

 今日、沙由理から聞いた話をまとめるためだった。

 まず、沙由理は真紀子という女から、僕を現代美術展に誘うように依頼された。沙由理は僕との接点がなかったから、友人の絵理を使って、僕を現代美術展に誘った。帰りの道は、真紀子に言われたことが頭に残っていて、ついその道を通ってしまった。すると、僕らは後ろからナイフを突きつけられて、十人が待ち伏せている路地まで、連れて行かれた。

 こういうことになる。

 レストランからの帰り道については、真紀子に言われたことが頭に残っていて、ついその道を通ってしまったという言い訳は、少し引っ掛かる。それよりも、あの修羅場で、沙由理には余裕があったように思える。確かに、沙由理を襲おうとしていた者はいた。しかし、沙由理は震えてはいたが、悲鳴はあげなかった。失禁していてもおかしくない状況だったが、沙由理には切迫感が薄かったように思える。

 翻って考えると、沙由理が真紀子という女から、僕を現代美術展に誘うように依頼された時点で、ターゲットは僕だったことになる。すでに相手に、鏡京介の名前は知られていることになる。

 そうだとすれば、相手は僕の情報を得ようとするだろう。その役に沙由理が選ばれているのかも知れない。いや、そう思っていた方が賢明だ。そうだとすると、沙由理はどんどん近付いてくることだろう。

 間違いなく、近いうちにこの家にもやってくる。

 とすると、裏で糸を引いている者がいるっていうことになる。それは誰だろう。今まで相手にしてきた連中は、皆、黒金高校の生徒だった。ということは、糸を引いているのは黒金高校にいるというわけか。

 黒金高校は、一学年、選抜クラスが六十名、一般が百二十名の百八十名、つまり三学年だと五百四十名からなる男子高校だ。ネットで調べると、定員オーバーしているので、現在の在籍数は六百四十二名にもなる。選抜クラスはともかくとして、一般クラスには不良も多いと聞く。半数が不良だとすると、三百二十一名が、六割だとすると三百八十五名が相手になるというわけだ。

 これまでに戦ってきた相手に比べると、三倍近くも数が多い。それに、現代は法治国家だ。まず、殺すことができない。怪我を負わせるとしても、治せる範囲が限度だろう。半身不随のような目にあわせることができない。そして、こっちが暴力を使うにしても、正当防衛が認められなければ、警察に捕まる。今までにない、苦しい戦いを強いられることになる。

 一方、相手は警察に捕まることなど、屁でもないだろう。勲章ぐらいに思っているかも知れない。もっともやっかいなのは、相手は、僕を狙ってくるとは限らないことだ。父や母はもちろんのこと、きくやききょうも危険にさらすことになる。

 家だって、下手をすれば付け火をされるかも知れない。

 そういうことが分かっていても、もう始まってしまったことだ。相手は僕を半殺しにするか殺すまで止めないだろう。

 そして問題なのは、こっちも警察に泣きつくわけにはいかないことだ。そんなことをすれば、きくとききょうはどうなる。警察あるいは行政の力で、引き離されるに決まっている。そうなれば、もう僕とは会えなくなるかも知れないし、元の世界に帰れなくなるかも知れない。いずれにしても、きくとききょうと一時的にならともかくも離れることはできない。

 とすれば、孤独な戦いをするしか道はない。

 

 次の日、とある町のナックルダスターみたいな武器を専門に売っている店に行った。

 今のナックルダスターは自分の指にマッチしていないので、合う物を選んだ。右手だけでなく、左手用の物も買った。それから伸ばすと警棒のようになる物も買った。これなら、持ち歩けるし、いざとなれば、脇差のような使い方もできる。それには専用のホルスターも付いていた。それから折たたみナイフと留め具の付いた何種類かのチェーンも買った。

 こんな物を持っていること自体、銃刀法違反か軽犯罪法違反だが、そんなことは言ってられなかった。

 それから痴漢退治用の催涙スプレーも二ダース買った。二ダースという数字は持ち帰れる数で決まった。

 次に、安全靴を買った。つま先から甲のあたりを鉄パイプで叩かれても安全な物を選んだ。その靴はくるぶしを包むぐらいまでクッション性の高い外側だった。

 そして動きやすく、内ポケットの多い皮のジャンパーを買った。そのジャンパーは外はペン用の胸ポケットに両ポケットがジッパー付きで、内側には大きなジッパー付きのポケットが両胸のあたりに付いていて、その他にその外に小物入れのポケットが二つ付いていた。

 最後に、本当に安物だが防水加工のしてあるショルダーバッグを買った。これには、催涙スプレーを詰めて、振り回すつもりだった。だから、ベルトの強度だけは確認した。

 

 家に帰ると、買ってきた物を出して整理した。

 安全靴はくるぶしの上までカバーされるようになっていたので、一時的に折たたみ式ナイフを差し込むのに便利だった。

 催涙スプレーを箱から取り出して、ショルダーバッグに詰め込むと、十二本ぐらいが丁度いい感じだった。

 警備棒は収納時は二十五センチ、長くすると六十五センチになり、鍔(つば)付きの物。重さは約五百四十グラム。シャフトが四一四〇カスタムスチールでクリップは合皮製、振り出すとロックするタイプ。ホルスターが付いていても、吊るして歩くわけにもいかなかったし、ジャンパーのポケットには入らないので、ショルダーバッグにしまうことにした。

 ナックルダスターは革ジャンパーの両方のポケットに入れた。

 チェーンはジーパンのポケットに近いところのベルト通しに留め具で留めた。それを両方のポケットに付けた。

 太いチェーンは革ジャンパーの左右の内ポケットに入れた。胸を狙われたときに多少の役には立つだろう。本当は鋼版を入れたかったが、動きにくくなるので止めた。

 これで一応の準備はできた。

 相手がクロスボウや模造銃を使ってくる可能性もあるが、その場合にはしょうがないと思うしかない。

 問題は接近戦で、スタンガンを使われた場合だ。これは当てられたら避けるしかない。当ててからボタンを押すコンマ何秒かの勝負だった。スタンガンをまともに食らったら、さすがに戦えなくなるだろう。どこかに吊るされて嬲り者になるのがオチだった。それだけは避けなければ、ならなかった。

 逆に相手がスタンガンを持っていたら、それを奪えば、こっちが使える。一発で気絶させられるから効果的な武器になる。ストラップが付いていて、それが抜けるとセキュリティーピンが付いていて使用できなくなるタイプがあるから、相手から奪うときはストラップごと奪わなければならない。だが、これを持っているということは相当強力なスタンガンを用意しているということになる。

 とにかく、一応準備はできた。今は待つしかない。仕掛けるのは、その後だった。