小説「僕が、警察官ですか? 5」

 救急車で病院に向かった。

 僕に致命傷はなかったが、気付かない擦り傷が上半身に沢山あった。ワイシャツはボロボロだった。

 秋山は打撲している程度で、入院するほどのことはなかった。

 秋山は逃走したことで現行犯逮捕した。岬から飛び込んだことで、村川由希子の刺殺も自白したようなものだった。

 明日、北部署の覆面パトカーで秋山祐司の身柄を西新宿署に移送することになった。

 

 僕はホテルに着くと、ボロボロになったワイシャツは捨てて、ズボンと下着と靴下をコインランドリーで洗った。その間に、風呂に入った。

 夕食は食堂で取る形式だった。

「課長も大変でしたね」と杉山は言った。

「ああ。もう少しで死ぬところだった」と僕は冗談めかして言った。しかし、実際、あのままだったら、秋山祐司は死んでいただろう。僕も時間を止められなかったら、危なかった。本当に死と隣り合わせだったのだ。

「そうですよね。あそこから飛び込んで助かったという人を知らないと、上川さんも下山さんも言ってましたもの」と杉山は言った。

「秋山はともかく、課長も飛び込んだ時は、わたしはどうしたらいいかわかりませんでした」と続けた。

「それは私もだよ。勢いで、飛び込んだもののこうして生きているのが不思議なくらいだもの」と言った。実際、時を止める力が無ければ、死んでいただろう。

「そうですね。ところで、秋山祐司についてですけれど、村川由希子刺殺事件の容疑者として逮捕したということでいいんですよね」と杉山が言った。

「ああ、そういうことになるな」と僕は答えた。

 手続き上に多少の瑕疵があっても、秋山祐司が村川由希子刺殺事件の犯人であることは、僕は知っている。明日、西新宿署に秋山祐司を移送して、指紋を採れば、明後日には、ナイフの指紋と一致する。それで、事件は解決する。

 面倒なのは、秋山祐司の移送だった。公共の交通機関を使えば簡単だが、手続きがいる。それで、上川勇治と下山貞夫の二人と覆面パトカーでの移送になった。狭い空間での八時間ほどの移送時間は、考えただけでもうんざりとする。

 

 朝、八時に迎えに来ると言うから、早めに寝ようと思ったが、あやめが許してくれなかった。

「久しぶりの旅ですから、今日はゆっくりしましょうよ」とあやめは言った。

 僕は疲れているんだからと思いながら、あやめをむげにするわけにもいかなかった。今回も、あやめの力があったからこそ、解決できたのだから。

「断崖から飛び込んだ時は、わたしも死ぬかと思いましたよ」とあやめは言った。

「そうか。ひょうたんはズボンに入れたままだったからな」

「そうですよ」

「でも、霊は死ぬはずがないものな」と言うと「ばれましたか」とあやめは言った。

 あやめと交わっている時には、家にいるときのように時間を止める必要がないので、その分楽だった。夜更けまで、あやめと戯れた。さすがに風呂に行く元気もなく、そのまま眠ってしまった。

 

 次の日、ドアの外から「課長、起きていますか」と言う杉山の声で起きた。

「今、起きたところだ」

「もう七時ですよ」

「そうか」

「朝食、食べないと間に合わないですよ」と杉山は言った。

「そうだな。先に行っていてくれ」と僕は言った。

「わかりました。早くしてくださいね」と杉山は言った。

 僕は起きると、シャワーを浴びて、頭を洗い、髭を剃った。そして、浴衣を着て、朝食場に向かった。朝食はバイキング形式になっていた。

 杉山は食べ終わっていた。

「わたしは部屋に戻ってもいいでしょうか」と訊くので、「いいよ」と答えた。

 僕はサラダとオムレツとトーストにジャムを塗って、コーヒーでささっと食べた。

 すぐに部屋に戻って、着替えをして、旅行鞄を持って廊下に出た。

 杉山が待っていた。

「行きましょう」と杉山が言った。

 会計をして玄関を出ると、上川勇治と下山貞夫はもう来ていた。覆面パトカーのトランクに旅行鞄を入れると、後部座席に座った。

 上川の運転で、車が動き出すと「鏡警部は、華奢に見えてもタフガイなんですね」と下山が言った。

「あの断崖から落ちて助かった者は今までいないというのに、秋山まで助けてしまうんですからね」と続けた。

「本当にそうですよ。見てる方は生きている気がしませんでした」と上川が言った。

「それはわたしもそうでしたよ。無事でしたから良かったものの」と杉山が言った。

「ご心配をおかけしました」と僕は言った。

 

 覆面パトカーは、北部署に向かった。

 秋山祐司を留置場から連れ出してくる間に、僕は署長に挨拶に行った。

「この辺りには事件らしいものはないものでね。昨日は驚きました」と署長は言った。

「お騒がせをして済みませんでした。これから秋山祐司を西新宿署に連れていくので、こちらの上川さんと下山さんをお借りします」と言った。

「ああ、それはわかっています。西新宿署の署長にもよろしく伝えてください」

「分かりました。では、これで失礼します」と言って、僕は署長室を出た。

 玄関を出ると、覆面パトカーの前に手錠をかけられた秋山祐司に、上川勇治と下山貞夫と杉山照美がいた。

 覆面パトカーには、僕が後部座席の奥に座り、秋山祐司を真ん中に下山が挟むように座った。杉山照美は助手席に座ることになった。

 覆面パトカーに秋山祐司を乗せると、手錠を下山が外した。

「じゃあ、行きますよ」と上川が言って、覆面パトカーが動き出した。

 

 北部署を午前八時四十分頃出て、九時間ほどかけて、午後六時前頃に西新宿署に着いた。

 秋山祐司の指紋を採って、彼を留置場に入れた。これで移送が完了した。すると、上川勇治と下山貞夫はこれから和歌山に帰るという。

「こちらに泊まっていくのではないのですか」と僕が訊くと、「そんな費用は出ません」と上川が言った。

「こういうことには、慣れていますから大丈夫です」と下山が言った。

「そうですか。気をつけて運転していってくださいね。では、お疲れ様でした」と僕が言い、杉山照美と二人で頭を下げた。

 二人は覆面パトカーに乗って、西新宿署を出て行った。

 

 僕は旅行鞄を持って午後七時に家に帰った。

 きくを始めとしてききょうと京一郎、京二郎が出迎えてくれた。

 

 次の日、秋山祐司の取調が午前十時から始まった。

 僕と杉山照美が取調を行った。

「二〇**年四月**日、午前十時十分。これから秋山祐司の取調を始めます」と僕はマイクに向かって言った。

 僕は秋山祐司の被疑事実について、ファイルに書かれている文章を読み上げた。

「あなたが、二〇**年**月**日**時頃、東京都港区二田****の明慶大学の旧講堂入口付近で、村川由希子さんをナイフで刺し殺したことに間違いないですか」と僕は訊いた。秋山祐司は明確に「間違いありません」と答えた。杉山がこっそりと拳を握っているのが見えた。

 昨日取った秋山祐司の指紋もナイフに残されていた指紋と一致した。これで自白と共に物的証拠も揃った。

 事件は解決した。