小説「僕が、警察官ですか? 1」

十三

 午後九時から二時間パトロールをした。

 午後五時から飲んでいるという男性の高齢者が酔い潰れて道路に寝ていたので、介抱して自宅まで送り届けた。そのことを日誌に書いた。

 午前一時半に北村巡査が来たので引き継ぎをして、西新宿署に向かった。

 

 西新宿署に向かう時、つけてくる者がいた。

 あやめが「誰かつけてきていますよ」と言った。

「知っている」

「どうするんですか」と訊くから、「時間を止めるから、あやめに頭の中の映像を読み取ってほしい」と答えた。

「わかりました」

 僕は時間を止めた。そして、後ろに向かって歩き出し、物陰からこちらを見ているフルフェイスの男からヘルメットを脱がせた。若い男だった。二十代後半だろう。

「あやめ、読み取ってくれ」と言った。

「はい」と言って、しばらく時間が過ぎた。

「読み取りました」と言う声が聞こえた。

「では送れ」と言った。

 映像が送られてきた。クラクラとした。長いものではなかった。あやめも慣れてきたのだろう。必要な部分を読み取ればいいことが分かってきたようだった。

 再生した。男は高島研三、二十六歳。山奥で銃の練習をしてきたヒットマンだった。まだ、実戦の経験はなかった。今日は下見だった。この時間、僕が西新宿署に歩いて行く道筋で狙えるところを探していたのだ。依頼主は、島村勇二だった。関友会の関連会社、堺物産の部長だった。

 躰には、拳銃は携帯していなかった。今日のところは帰そうと思った。

 フルフェイスのヘルメットを被せて、その場を離れ、元の位置にまで戻った。そこで時間を動かした。

 高島は僕が西新宿署に入るまでつけてきた。

 

 西新宿署に着くと、係員に報告をした。指示はなかった。

 西新宿署を出て、家に帰り着いたのは、午前二時半だった。

 きくが起きていて、出迎えてくれた。

 その時、携帯が鳴った。すぐ録音を始めて、携帯に出た。

「鏡京介だな」とボイスチェンジャーの声がした。

「そうだ」

「スタンドプレーもほどほどにしとけよ。家族が心配じゃないのか」と言った。

「別に心配はしていないさ。私が守るから」と言うと、相手は笑って、「威勢のいいことだ。だが、これ以上、首を突っ込むな」と言った。

 ここで時間を止めた。

 ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「あやめ。この電話の相手の映像が読めるか」と訊いた。

「相手が遠くにいたら、無理ですよ」と答えた。

 しかし、「ちょっと待ってください。その相手はこの家の近くにいますよ」と言った。

「そうか」と言うと、僕は止まっているきくを避けて、玄関を上がり、納戸の竹刀ケースを取った。そこから定国を取り出して、外に出た。

「どの辺りだ」とあやめに訊いた。

「上の方です」と答えた。

 この家が見下ろせるところまで行くと、黒ずくめの男が携帯をかけていた。

 あやめが「この男です」と言った。

 僕は定国でその男の両腕と足を峰打ちにした。骨は折れなかったが、ひびは入っただろう。それから頭を刀の峰で叩いて気絶させた。

 家に戻り定国を竹刀ケースにしまって、黒ずくめの男のいるところまで戻った。

「この男の頭の映像を読み取ってくれ」とあやめに言った。

「はい」と言うと、しばらくして「読み取りました」と言ってきた。

「映像を送れ」

「はい」とあやめは言った。

 目眩と一緒に映像が送られてきた。

 黒ずくめの男は、相崎賢治、三十歳だった。

 堺物産の部長室が見えた。そこには、島村勇二もいたが、僕の知っている人もいた。剣道のインターハイで戦った倉持喜一郎(「僕が、剣道ですか? 7」参照)だった。

 倉持喜一郎は僕に剣道のインターハイ三連覇を止めらていた。それだけでなく、全国学生剣道大会においても、二連覇していたのを三連覇目で止められた。

 倉持は僕と同じように時を止めることができた。剣道大会を連覇できたのも、その能力のおかげだったが、僕の方が時を止める能力では上回っていたのだ。それで試合では、敗れていった。

 その倉持がヤクザの世界に足を踏み入れていたとは、知らなかった。しかし、考えてみれば、そんな能力を持っていたら、かたぎになるよりヤクザになった方が遥かにその能力を効果的に使える。倉持がヤクザになったのは、そんな考えからだったのだろう。

 倉持は「鏡京介に関わることは止めておいた方がいいですよ」と言った。倉持は僕の真の恐さを肌身で知っていた。倉持は自分の能力のことは、隠してヤクザの世界を駆け上がって行ったのだろう。

「でもね、倉持さん。うるさい蠅は叩いておくに越したことはないんですよ」と島村が言った。僕のことを知らないからこんなことが言えるのだ。そのうちに、倉持の言った意味が分かる時が来る。

「相崎、鏡に警告の電話をしろ。それでも、止めないようなら、高島を使う」と言った。

 僕は相崎のズボンのベルトを外して、相崎を後ろ手に縛った。それからズボンを半分ほど下ろして、足のところを結んだ。これで目が覚めても逃げ出すことはできなくなった。

 玄関に戻り、時間を動かした。携帯を切って「きく、近くに不審者がいるから捕まえに行く」と言って外に出た。

 携帯で西新宿署を呼び出した。

「警察官の鏡京介です。住所は四谷五丁目**です。脅迫電話をかけてきた者がいたので捕まえました。警察官を寄こしてください。深夜ですので、覆面パトカーはサイレンを鳴らさないで来てください」と言った。

「わかりました」とオペレーターは言った。

 パトカーが来るまでに、ズボンを縛ったのを解いて、ちゃんと穿かせた。

 十分ほどで覆面パトカーは家の前に来た。僕は、「こっちです」と、相崎が倒れているところまで、パトカーを誘導した。

 降りてきた警察官に、僕は録音していた会話を聞かせた。

「なるほど、確かに脅迫電話ですね」と一人の警察官が言った。

 もう一人が「でも、どうしてこの男が脅迫しているってわかったんですか」と訊いた。

「私が午前二時半に自宅に帰ってきたところに、携帯が鳴ったんですよ。近くで見ているのに違いないと思って、相手に見つからないように玄関から出て、外を見たら携帯をかけているこいつを見付けたんですよ。話しながら近付いていって、頭に手刀を打ち込んだんですよ。後は見たとおりです。こいつのズボンのベルトで後ろ手に縛りました」と答えた。

「携帯は持っていますか」と僕が訊くと、一人の警察官が「持っていますよ」と言って取り出した。

「今の録音内容をそちらの携帯に転送しますね」と言った。メールアドレスを聞いて、録音ファイルを転送した。

 覆面パトカーは相崎を乗せて、西新宿署に向かった。

 

 家に戻ると、きくに「心配しなくていい」と言った。

 だが、向こうに倉持喜一郎がいるというのは脅威だった。こちらは警察官だから、何でもできるわけではない。しかし、向こうはヤクザだから好きなことができる。犯罪を犯すことも平気だ。だが、倉持喜一郎自身は僕の家族には手を出さないだろうし、それを脅迫の種に使うこともしないだろう。僕が警察官を止める覚悟をすれば、一番の脅威になることを知っているからだ。

 倉持は、僕と同じように自分の能力を隠してヤクザの世界に足を踏み入れたのだろう。こんな能力については人に言えないことは、僕がよく知っている。だから、倉持は僕を避けようとするだろう。問題なのは、その能力を知らない周りのヤクザの連中だ。僕のことを、ただの交番勤務の警察官だと思っている。そこが倉持と違うところだ。

 だが、ただの交番勤務の警察官だとしても、実際に手出しをすれば、全警察を敵に回すことになる。それくらいは島村勇二も知っているだろう。それでも脅迫してくるというのは、僕が痛いところを突いているからに違いなかった。

 

 僕は風呂に入って、眠った。