小説「僕が、警察官ですか? 4」

三十二

 次の日、安全防犯対策課に行くと、鈴木が「何がいいか決まりましたか」と訊いた。

「哺乳瓶とキューブ型のミルクがいいって妻は言っていた」と言った。

「それじゃあ、明日までに買っておきますね」と鈴木は言った。

 鈴木は忘年会のことで頭がいっぱいのようだった。

 午前中は、集まってきていた防犯安全キャンペーンのキャラクターを見ていた。力作が多かった。もう少しほのぼのとしている方が使いやすいな、と思った。

 お昼はコンビニの弁当で済ませた。ハートマークがないので寂しかった。

 午後、区役所に出生届の用紙を貰いに行った。その後は、防犯安全キャンペーンのキャラクターを見て過ごした。

 五時になったので、「お先に」と言って帰った。

「明日の忘年会は忘れないでくださいね」と鈴木に言われた。

 黒金署の前でタクシーに乗り、病院に行った。

 

 きくの病室のドアをノックした。「どうぞ」と言うきくの声で中に入った。

 赤ちゃんは眠っていた。

 きくは四分の一ほどベッドを起こして、赤ちゃんを見ていた。

「先程まで、お義母様とききょうと京一郎が来ていたのよ」と言った。

「そうか」

「午前中もお義母様は来てくださったわ」と言った。

「ふーん。で、赤ん坊の様子はどうだ」

「元気よ。さっきまでおっぱいを吸っていたわ。そのうち、眠ってしまったの」

「ここに出生届の用紙を持って来た。後で看護師に渡しておくよ。医師に書いてもらう欄があるんだ」

「あっ、それなら、看護師さんからもらいました。医師の記載欄にも書いてもらっています」

「そうか、産婦人科の病院でももらえるんだ」

「ええ、用意してあるそうなんです」

「そうなんだ。初めてだから、何も知らなかった」と言った。

「そうですよね。現代で生むのは、初めてですから(「僕が、剣道ですか?」シリーズ参照)」

「明日は、忘年会があって、会いに来られない。そのように母には言っておくよ」と言った。

「わたしも赤ちゃんも元気ですから、気にしないでいいですよ」ときくは言った。

「ああ」

「赤ちゃんの名前は決まりましたか」

「京二郎にしようと思う」

「そうですか。あなたがそう言うなら、それでいいです。これからは京二郎って呼びます」ときくは言った。

 それから三十分ほど病室にいて、家に帰った。

 

 家に帰るとまず風呂に入った。五階に上がって、ダイニングルームでビールを一人で飲んだ。

 午後七時になって、四階に降りて行った。肉の焼ける良い匂いがして来た。

「美味そうだな」と僕は言った。

「酒がいいかな、ビールがいいかな」と父が訊いた。

「酒で」と答えた。

 酒でビフテキを食べるのも悪くはなかった。僕はご飯の代わりにポテトサラダを沢山食べた。

「お袋、明日は忘年会だから、遅くなる。きくのお見舞いには行けないので頼む」と言った。

「わかったわ」と母は言った。

「あっ、そうだ。あなたに手紙が来ていたわ」と母が渡してくれた。岸田秀明と峰岸康子の結婚式の招待状だった。

「誰か結婚するの」と母が訊いた。

「ああ、知合いのね」と僕は言った。

「いつなの」と訊いた。

「一月五日だよ」と答えた。

「年が明けて早々ね」と言った。

「そうだね。その翌日に区役所に出生届を出しに行く」

「赤ちゃんの名前は決まったの」

「京二郎にした」と言った。

「京二郎ね。京一郎がいるから、いいかも知れないわね」と母は言った。

「京二郎か。いい名前だ。どう書くんだ」と父が言ったので、いらない紙にペンで書いて見せた。

「そう書くのか。次じゃないんだな。二なんだな。わかった」と言った。

 京次郎にしなかったのは、亡くなった京太郎を思い出すからだった(「僕が、剣道ですか?」シリーズ参照)。

 食べ終わったので、「ごちそうさま」と言って僕は五階に上がって行った。ききょうと京一郎はまだ四階に残っていた。

 

 次の日、安全防犯対策課に行くと、鈴木を中心に忘年会のことで盛り上がっていた。

 緑川が「今日は大掃除ですからね。各自、机の周りは整頓してくださいね」と言った。

 僕も書類の整理を始めた。

 この仲間と忘年会を開くのも、これが最初で最後かと思うと、感慨深かった。

 毎年やれば良かったと、ちょっと思った。

 お昼はコンビニの弁当だった。まずくはなかったが、美味しいとも思わなかった。

 午後になると、鈴木を中心に二次会の話になった。

 僕は鈴木を呼んで「私は二次会には出席しないからな」と言った。

 鈴木は「わかっていますよ」と応えた。

 そうしているうちに、午後五時になった。

 僕はみんなに「これで今年も終わりです。みんな、お疲れ様でした。これから忘年会に行きます」と言った。

 忘年会の場所は黒金駅近くだった。みんな歩いて行った。

 居酒屋チェーン店の一つで、席に着くと、何を注文するか、鈴木が決を採ろうとした。

 僕は「この飲み放題、食べ放題の税込み五千円、三時間コースでいいんじゃないか」と言った。それが一番高いメニューだった。食べ放題では、すき焼き、しゃぶしゃぶ、焼き肉がどれも注文できた。

「わーっ」と言う歓声が上がった。

 誰かが「よっ、大統領」と言った。

 まずは生ビールとおつまみが来た。

 鈴木が立って、「一年の締めくくりと、課長の赤ちゃんの誕生に乾杯」と言った。みんな乾杯をして、一度ビールを飲むと、並木が手提げ袋を持って来て、「細やかですけれど、ご出産のお祝いです」と言って、僕に手渡してくれた。みんなから拍手が起こった。

 僕は「ありがとう」とみんなに言った。

「課長も何か言ってくださいよ」と言われたが、安全防犯対策課が来春無くなることを思うと、言葉が出なかった。

「済まん。うまく言えない。でも、感謝している。みんなとやって来られて良かったと思っている」とやっと言って座った。また、拍手が起こった。

 それからは食べ物が次々と運ばれて来た。

 僕にメンバーが次々とビールを注ぎに来た。僕は飲みながら、このメンバーとも来春までか、と思った。

 料理の味が分からなかった。年明け早々にもメンバーにも内示が行くだろう。その時、みんなはどう思うのだろう、と思った。

 考えてもしょうがなかったから、ビールから酒に変えた。今日は酔いたかった。

 鈴木は二次会の手配をしているようだった。

「二次会はカラオケですよ。課長以外、みんな参加でいいですよね」と言った。

「いいぞー」と普段無口な時村が叫んだ。

「わたしも付き合うわよ」と緑川も言った。

 それで、私以外、全員カラオケに行くことになった。

 三時間が経った。

 忘年会はお開きになった。僕は三万五千円を払った。

「ごちそうさまでした」とみんなが言った。

「それじゃあ、また来年」と言って、僕は一人で家に向かった。残った連中はカラオケ店に行った。