二十六-2
玄関を出た後も、角まで歩いた。
たえは、袖を口元に持って行き、少し笑った。
僕が怪訝な顔で見ると、「おきくさんはかわいらしい娘さんですね」と言った。
「どこがですか」と訊き返すと、たえは「お気付きになりませんか」と言った。
僕が首を捻っていると、たえは「鏡様らしゅうございますね」と言った。
僕は余計に分からなくなっていた。
座敷に戻ると、きくが待っていた。
「玄関まで見送るのに、随分とお時間がかかったこと」と言った。
角まで見送ったとは言えなくなっていた。
「今日は、どんな御用でしたの」と訊かれたが、お金を返しに来たとは言えなかった。
きくが立って座敷を出て行く時に、本人は意識していなかったかも知れないが「あんな大女のどこが……」と呟いているのが聞こえてきた。
午後になると、中年の女中が上の肌着と厚手のシャツが縫えたと言って持ってきた。
きくもいた。上の肌着を着る時、着物の上をはだけるように脱ぐと、きくは目を覆った.。
中年の女性は、そんなことはなく、僕の肌着がちゃんと合うかどうか見ていた。肌着の紐を結ぶと、着心地は良かった。
厚手のシャツは生地がいまいちだったが、これも上手に縫えていた。
「ありがとう」と言うと「お役に立てて嬉しゅうございます」と言った。
中年の女中が出て行くと、きくは「肌着はともかく、上着は、それを着て外を歩くのはお止めください」と言った。
「分かっている」
こんな、この時代にない服装で外を歩いたら、目立つだけでなく、誰(すい)何(か)されるに決まっている。
「これから町に出ないか」ときくに言うと、きくは顔を輝かせて「お待ちになっていてください」と言って、奥に引き込んだ。
しばらくして着替えてきた。
僕は道場に寄って、木刀を一本持ってきた。道場で使われている木刀には、鍔がなかったので、それを作ってもらおうと思ったのだった。
町に出ると、僕は目立つらしくて、人目を引いた。
「あのお寺参りの……」と言って通り過ぎていく人もいたし、「溺れている男の子を助けた人よ」と言う女もいた。
当然、隣を歩くきくも誰かと詮索された。
道具屋に入り、木刀を見せ、鍔が欲しいと言った。
「いくつ入り用で」と訊くので、「百」と答えたら、「そんなにはございません」と言われた。
「幾つならある」
「ちょっとお待ちください」と店の者が中に入り、「八つございます」と言った。
そのうちの一つを木刀に付けて見た。うまく柄の部分を残す形で嵌まった。
「全部もらおう」と言って、代金を払った。
「ありがとうございます」
「それと後、これと同じものを九十二個、作ってくれ」と言った。
「わかりました」
「いつ頃できる」
「六日、お時間を頂けますか」
「では、六日後にまた来る」
「お待ちしています」
店を出て、しばらく歩くと、きくの櫛を買った店を見つけた。
「あそこだよ、きくの櫛を買ったのは」
そう言うと、きくは駆け寄るようにして中に入っていた。
自分が今している櫛はさほど高くはなかったが、漆塗りのものはさすがに高く、「こんなにするんですか」と言ったきりだった。
屋敷に戻ってくると、僕は早速、購入してきた鍔を木刀に付けた。
鍔のついた木刀が八本できた。
「鍔を叩くような感じで小手を打って見ろ」と言った。
今までは、直接手を打つことを禁じていたから、踏み込んでの小手の感触がいまいち湧かなかったようだ。しかし、鍔を叩くように打つ小手は違っていた。