小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十九
 一晩ぐっすり眠った。
 洞窟は子どもたちでいっぱいだったから、女たちと外で寝た。女たちは寝られなかったようだ。
 朝食を作る女たちと一緒に僕も村に降りていき、朝ご飯をたっぷり食べた。そしておにぎりも作ってもらった。女たちはおにぎりを沢山作ると、山に運んだ。それを子どもたちが食べた。
 見張りの少年を三人選んで、三交代で見張らせた。
 それから網を用意させた。それは上から被せて相手を身動き取れなくさせるものだった。数枚あった。
「どうするんです」と訊くから、「これで相手の逃げ場を塞ぐ」と答えた。
 何枚かの網をつなげて、一つの大きな網にした。峠から、少し離れた場所を選んで、それを木の上に取り付けた。
「落としてみろ」
 網の何カ所かには、重し代わりに大きな石が結んであった。それが落ちると道を塞いだ。それだけでは足りなかった。すぐに網の下の方の綱を近くの木に結びつけるように言った。これで後ろに逃げ出そうとしても、網が邪魔をする。網をくぐろうとしたり、回り込んで逃げようとする者がいれば、竹槍で刺せと言った。
「おぅ」と子どもたちは叫んだ。
 女たちも竹槍を持った。

 昼前に指笛が鳴った。
 昨夜、弓矢を用意してもらっていた。相手が通る道の岩の上から、矢を射た。彼らは甲冑を着ていた。しかし、矢はその甲冑の間を抜けて、次々に命中していった。それで隊は崩れた。馬は後ろに走り出そうとしていた。その背に向けても矢を射続けた。五、六人は仕留めた。
 僕は岩から降りて、刀を取り出し、暴れ馬の上にいる者の足を斬り落としていった。足を斬り落とされた者は馬から落ちた。
 それでも峠を登ってくる者はいた。僕は彼らを容赦なく斬り捨てた。
 最初は先頭の二人を刺した。次に登ってくる者は首を斬った。血しぶきが上がった。
 その後に続く者は、甲冑ごと胴を斬った。こうして、次々と斬られていった。
 先頭の十数人が斬られると、山賊は逃げ出そうとした。
 しかし、逃げ出す山道に網が張られていた。僕は後ろから追いつき、彼らを斬っていった。
 横や下から抜け出そうとする者は、竹槍に刺された。
 半刻もしないうちに三十人近くの死体が転がっていた。
「網を引き上げろ」
 僕はそう言った。
 網が木の上に引き上げられた。
 網のあった場所から、峠まで死体がゴロゴロ転がっていた。
 このままではまずかった。
「死体を隠そう」と言った。
 取りあえず、草むらに引き摺り、それから、村の端の荒れ地に大きな穴があり、そこに放り込んだ。
 一刻ほどはかかった。
 馬は戦利品として村に運ばれた。

 日が暮れようとしていた。
 その時、また指笛が鳴った。
 またしても山賊がやってきたのだ。
 網を落とす位置を通過させてから、網が落とされ、張られた。
 相手は自分たちが袋のネズミになったことも知らなかった。
 さっきと同じように僕は、岩の上から、矢を射た。矢は面白いように相手に命中していった。馬に乗っていた者に狙いをつけていたので、馬が暴れ始めた。山賊たちは統制が取れなくなった。そこに僕は切り込んでいった。先頭の者の左足を深く斬ると、次の者は腹を刺した。そして、刀を抜いた勢いで、次の者の胸から下に向けて斬り落とした。
 馬に乗っていた者は足を斬られた。手綱を切られた者は、逆さまになって馬に引き摺られていた。
 何人かが斬られて、慌てた山賊は逃げ出そうとしたが、すでに背後には網が張られていた。
 そこで、僕は左右に振り子のように刀を振るいながら、山賊たちを斬り捨てていった。もちろん、網を括ろうとしたり、回り込もうとした者は竹槍の餌食になった。
 今度の相手は、先程よりも少なかった。二十人ばかりだった。前と同じように死体は村の端の荒れ地の大きな穴に捨てられた。
 やはり、馬は戦利品として村に運ばれた。

 夜になった。
 村の真ん中の広場に木を集め、たき火をした。女たちは夕食の準備をし、僕はおにぎりを食べ、お茶を飲んだ。そして、たき火の近くで眠った。

 三度目の指笛が鳴ったのは、次の日の昼頃だった。
 今度は大勢だった。颯爽と先頭を切っていた頭領らしき人物を岩の上から、矢で狙い撃ちした。そして、次々に矢を放った。先頭が混乱しているうちに、僕は刀で馬上の盗賊の腹を刺していった。馬は当然、暴れ、手綱を切られた山賊は馬から落ちた。その山賊たちの腹を次々と刺していった。
 山賊たちはたまらず逃げ出した。しかし、背後には網が張られていた。だが、今度の山賊たちは数が多かった。遂には、その網も破って逃げ出した。
 山賊たちを逃がすわけには、いかなかった。僕は先回りをして、逃げてくる山賊たちを斬り捨てていった。下には逃げられないと知った山賊たちは、峠を越えて村に向かった。
 そこには、網を張っていた所から回ってきていた竹槍を構えている女衆がいた。だが、網に絡みついている山賊とはわけが違って、思う存分力の発揮できる山賊たちだった。そのまま、竹槍隊とぶつかれば、竹槍隊が蹴散らされるのは、目に見えていた。
 僕は何とか後ろから追いついて、山賊たちに「相手にするのはこっちだ」と怒鳴った。振り向いた山賊たちは、僕の方に向かってきた。まだ三十人近くいた。
「へへ、たった一人で何ができるってんだ」
 中の一人が言った。誰もがそう思っていた。
 最初に三人が斬りかかってきた。その三人を簡単に斬り捨てると、彼らの顔つきも変わってきた。
 近くにいた女が人質にされた。
「おい、それ以上刃向かうと、この女を殺すぞ」とその男は怒鳴った。
 しかし、怒鳴り終えると同時に、僕の投げた刀がその男の額を貫いていた。
 山賊たちは慎重に陣形を取り出した。そして、一斉に刀を振り上げてきた。僕は、がら空きの胴を円を描くように斬っていった。
 そして最後の一人を斬った時、僕は倒れ込んでいた。

 どこかの家に運ばれて、僕は寝ていた。
 目が覚めると「私はどうしていたんですか」と、側にいた若い女性に訊いた。
「ぐうぐう、眠っていましたよ」
「そうですか。あれから山賊はどうしました」
「あなた様が全部、お斬りになられたじゃありませんか」
「そこまでは覚えているんだが、その後、どうなりました」
「どうともなりませんよ」
「もう、山賊は来なかったのですか」
「そうです」
「でも、まだ来るんじゃあ」
「あの頭領は近隣の藩の村を襲っている山賊たちと言ったんですよね」
「そうです」
「それなら、これで終わりです」
「どうしてですか」
「山賊たちにも縄張があるし、近隣の藩で、すぐにこの村に向かえるのは三藩しかありません。そのすべてをやっつけたのだから、当分、此所には山賊は来ません。それに、山賊たちも馬鹿ではありません。自分たちがやられたという話も自然に伝わるものです。飛田衆にやられたという話が伝われば、手出ししようとは思わないでしょう」
「そうですか。今は何時ですか」
「もう夜です」
「そうですか。ご主人はいないのですか」
「鏡とかいう人に殺されました」
 僕はゴクリと唾を飲んだ。
「あなたはもの凄くお強いですね」
「…………」
「まるで、鏡とか言う人のように」
 振り向いた若い女は包丁を手にしていた。
「あなたが眠っている時、こうして何度も突こうかと思いました」
「どうしてそうしなかったんですか」
「できなかったのです」
「どうしてです」
「村を救ってくれたからです」
「そんなことで私怨が晴れますか」
「いいえ」
「では、何故」
「主人は命令により、あなたのお命を狙いました。あなたはそれを避けただけなのでしょう」
「それが理由ですか」
「あなたが悪い人ではないからです」
「でも、ご主人を殺した男ですよ」
「わかっています。わかっているから苦しいんです」
 僕は起き上がり、「他の家で寝ることにします」と言った。
「それなら、どこに行っても同じですよ。あなたがみんな殺したんだから」
 僕は座った。
「なるほど、そうでした。でも、私には殺す理由はなかった。殺されそうになったから、自衛のためやむなく殺したのです」
「わかっています」
 若い女は先程と同じことを言った。
「そんな命令を出した奴が悪いんです」と僕は言った。
「そうですね」と女は言った。
 僕は布団を被り、眠った。女に殺す気がないのは、分かっていた。