小説「僕が、警察官ですか? 2」

十二

 安全防犯対策課に戻ると、滝岡の解析は終わっていた。

「この二つの自転車は同一のものです。メーカー名まではわかりませんでしたが、同じメーカーでおそらく六、七年ぐらい前に作られたものです。ここのマークを見てください。この二つを重ねると、一致するでしょう。それだけじゃないんです。このフレームについた傷の位置もぼんやりとしてはいますが、一致しているんです。ですから、この二つの自転車は同じものだということがわかります」と言った。

「よくやったな」と言うと、滝岡は「おそらく日本製ではありません。中国製でしょう。それとタイヤの径は二十六か二十七インチです。多分、二十七インチでしょう。他に映っている物との比較なので、誤差が出るんです。二十六か二十七かは非常に微妙なんですが、ここにポストが映っているんですが、ポストとの比較から二十七インチかな、と思いました」と言った。

「ありがとう。二つの自転車が同一であることが分かればいいんだ」と僕は言った。

「じゃあ」と滝岡が立ち上がろうとしたので、「この自転車に乗っている男をプリントアウトしてくれないかな」と言った。

「わかりました」

「なるべく鮮明な奴をな」と付け加えた。

「はい」と滝岡は言った。

 

 これで犯人が犯行時に自転車を使っている可能性が高くなってきた。公園周辺なら自転車は止めやすいし、人目にもつきにくい。犯行現場からも逃げやすい。

 雨の日に事件が起こらないはずだ。

 

 退署時刻になった。

 僕は早々と鞄を持って、安全防犯対策課から出た。

 鞄の中には、今日買った、ヘアリキッドと制汗美容スプレーが入っていた。

 今夜、あやめを呼び出して、確認してもらうつもりだった。

 

 午後五時半過ぎ、家に帰ると、きくとききょうと京一郎が待っていた。

「お帰りなさい」と言う声が一斉にした。そして、きくに鞄を渡すと、ききょうと京一郎に手を引かれるように家に上がる。

 ダイニングルームのソファでききょうと京一郎をそれぞれを抱き上げると、僕は寝室に入っていった。

 背広とワイシャツと肌着を脱いで、上半身裸になった。そこに紺色のTシャツをきくが「これでいいですか」と言いながら、渡してくれた。

「これでいい」と言って着た。

 ズボンと靴下を脱ぐと、やはり紺色の膝くらいまでの短パンをきくが渡してくれた。腰のところがゴムになっている奴だった。それを穿いた。

 きくは背広とズボンをハンガーに掛け、WICのハンガー掛けに掛けた。そして、ワイシャツと肌着は腕に掛け、靴下を拾うと、階下に降りていった。多分、洗濯籠に入れるためだろう。

 僕は裸足のままダイニングルームに入って行った。素足にスリッパを履くのが嫌いだったのだ。

 

 ききょうと京一郎とを風呂に入れると、夕食になった。

 今日はかにコロッケだった。普通のコロッケも作っていた。そして、山盛りのサラダだった。下に細かく刻んだキャベツがあり、その上にちぎった普通のレタスと紫のレタスが覆っていた。

 コンソメスープもついてきた。

 見ているだけでお腹がいっぱいになった。

 

 寝室に入り、ベッドに横になると、「何を考えているんですか」ときくが訊いた。

「何か考えているように見えるのか」と訊くと「はい」と答えた。

「それはなぁー、きくをこうするんだ」と言って、きくに抱きついていった。

 本当は、ヘアリキッドと制汗美容スプレーのことを考えていた。早くあやめに確かめたかったのだ。

 きくと抱き合った後、シャワーを浴びた。そして、きくが眠るのを待った。

 

 きくが眠ったのを確認すると時を止めて、机からひょうたんを出し、鞄からヘアリキッドと制汗美容スプレーを取り出すと、ダイニングルームに行った。

 長ソファに横たわると、ひょうたんの栓を抜いた。

 あやめが現れた。

「今日は大変でしたね」とあやめは言った。

「そう、冷やかすなよ」と僕は言った。そして、「これなんだが」と言って、ヘアリキッドと制汗美容スプレーをあやめに見せた。

「ああ」と言い、ティッシュボックスを取りながら、ティッシュを取り出した。まず、ヘアリキッドの蓋を開けて、ティッシュに吸わせた。それをあやめに嗅がせた。

「これです」とあやめは言った。

「そうか」と僕は明るい気持ちになった。

 今度は別のティッシュを取り、そこに制汗美容スプレーを吹き付けた。

 あやめに渡すと、匂いを嗅いだが、すぐに「違います」と言った。

「違う」と訊き返すと「ええ、違います」と答えた。

「違うのか」と僕は言った。

「これより、もう少しはっかのような匂いがしました」

「ミントか」と僕は呟いた。

「さぁ、楽しみましょうね」とあやめは言った。

「もう、シャワーを浴びたんだぞ」と言うと、「わたしたちにシャワーは関係ないでしょ」とあやめは言った。

 それはそうだが、と思う間もなく、あやめは抱きついてきた。

 

 次の日、僕は気怠さを感じながら、安全防犯対策課のドアを開けた。あやめが僕に頼りにされているので、張り切るのは分かるが、張り切り過ぎても困ったものだ。

 デスクに座ると、緑川がやって来て、「これが鈴木と並木作ったアンケートの原案です」と言って、A4判の用紙、表裏に印刷されているものをデスクの上に置いた。

 僕はそれを読んだ。可もなく不可もなかった。アンケートなんて、こんなものだと思った。

「これでいいんじゃないか」と言った。

「そうですか。では、これでいきます」と緑川が言った。

「そうしてくれ」と僕が言うと、緑川はアンケートの原案を持って離れていった。

 僕はドラッグストアが開くのを待っていた。だから、午前十時少し前に、安全防犯対策課を出ようと思っていた。

 

 午前九時五十分になった。僕はデスクを立ち上がった。

 鞄の中には、昨日買った制汗美容スプレーを入れていた。

「どこかに行かれるのですか」と緑川が訊いてきた。

「ああ、ちょっと用を思い出してね」と答えた。

 そのまま安全防犯対策課を出た。そして、新宿駅に向かった。

 新宿駅周辺には、ドラッグストアは沢山あった。そのうちでも、大きいところに入った。

 昨日、デパートで制汗美容スプレーを探したら、あまり種類がなかったが、ドラッグストアで制汗剤を探したら、それこそ山のようにあった。どれを選んでいいのか分からないほどだった。

 僕は女性店員を呼んで、昨日買った制汗美容スプレーを取り出し、それをスプレーして匂いをまき散らし、「これに似た匂いのものが欲しいんだけれど、選んでくれる」と訊いた。

「ああ、シトラスミントですね」と女性店員は言って、「それなら、これとこれと……」と言って、五種類の制汗剤を取り出した。

「それで全部」と訊くと、「ええ、うちにあるシトラスミント系のものはこれで全部です」と答えた。

「だったら、それを全部もらおう」と言った。

「わかりました」と言って、女性店員はレジに向かった。

 僕は五種類の制汗剤を買うと、念のため、もう一件のドラッグストアにも行って、同じようなことをした。そして、探し出してくれた制汗剤を見ると、さっき購入してきたものと同じだった。

「お手数をおかけして済みませんでした」と言って、その店を出た。

 帰り道に、これほど大きくないドラッグストアを見付けたので入ってみたが、制汗剤の品揃えは大きなところと大して違わなかった。ここでは見るだけにして、店を出た。