小説「僕が、剣道ですか? 5」

   僕が、剣道ですか? 5


 学年末試験が終わった。
 僕は自分の能力を遺憾なく発揮して、いい成績を取った。富樫が「勉強もしていないお前が取れる点じゃないよな」と耳元で呟いた。
 富樫は落第すれすれで進級したのだった。

 学年末試験が終わって卒業式も終業式も終わった。これで二年になって登校するまで休みだった。
 満月が二日後に迫っていた。その夜、嫌な夢を見た。
 きくとききょうが家老の屋敷から、引き立てられて、町奉行所に連れて行かれたのだった。
 幕府から白鶴藩に、鏡京介についての問い合わせがあったのだ。僕がいなくなってしまったから、事情を知っていると思われているきくが家老に追求されて、それでもきくには現代に来たことを話すしかなく、それを信じてもらえず、町奉行所の手に渡されたのだった。町奉行の拷問にかかれば、真実でも分かると思っているのだろうか。
 次の日、僕は白鶴藩に行く覚悟を決めた。
 ドラッグストアでききょうのキューブミルクを大量に買った。連行される時に哺乳瓶などは没収されたかも知れないと思い、それら一式も買いそろえた。念のため、おむつカバーも抱っこ紐も、取り上げられていると思い買った。デパートでは恥ずかしかったが、きくの穿くショーツも何枚か買った。数もサイズも覚えてはいなかった。適当にMサイズを買ったように思う。きくならSかも知れなかった。しかし、しょうがなかった。それからチョコレートも買った。エネルギー切れになるのを心配したのだった。
 家に帰り、大小のナップサックに詰め込んだ。それらの買物だけで、ナップサックはいっぱいになった。僕はトランクスや肌着を、そして向こうで着る着物を何とかショルダーバッグに詰め込んだ。草履も入れた。簡易ゴルフバッグには、定国を入れた。ナックルダスターや折たたみナイフなどもショルダーバッグに入れた。
 そして夜になると、ダイニングテーブルで食事の後に、父と母に明日、江戸に行くことを宣言した。
 母には明日、西日比谷高校の校庭に一緒に行って欲しいと言った。
「満月は明日なの」と母が訊いた。
「ああ」と僕は答えた。母には、何となく満月と江戸時代との繋がりが分かっているようだったが、父は蚊帳の外だった。
「今度は、きくもききょうも連れてくる。きくもききょうも向こうには居場所がなくなったようなんだ」
「そうなの」と母が言った。
 僕は立って、窓の外を見た。月が出ていた。赤くなっていた。明日、行くことは決定したようなものだった。
「夢の中に、きくとききょうが現れてきた。助けを求めてきたんだ」
「わかったわ」
「また、雷に打たれるのか」と父が言った。
「そうなる」
「死んだらどうするんだ」
「そうするしか、江戸時代に行けないんだよ」
 食後の話はまだ続いたが、僕が江戸時代に行く決心は変わらなかった。
 最後はほとんど宣言するような形で自室に引き上げてきた。